第29話 忠告

「失礼し――ホーククレスト先生でしたのね。申し訳ございません」

「やあ。こちらこそ不注意で失礼しました。先日ぶりですね。今日もご機嫌麗しく……」


 先生が私の怒りの表情に気づいたのか、その語気はどんどん小さくなった。

 セレナの飛行訓練は毎日あるわけでもない。やはり、セレナに会いたくて、学園の方へよく来ているようだ。しかも今週に入って先生をお見かけするのはこれで数回目。セレナに会えるように学園の中をうろうろしてすらいるのかもしれない。

 それとも、セレナが殿下のことを相談したのかしら。先生は恋人ではないから、と遠慮していたけれど。でもセレナなら、私に話すように先生にも話してしまっているでしょうね。

 私はつい髪をいじりながら、なんだかまた胸が焦げるような気持ちになってしまった。


「セレナなら、今日はもう帰りましたわ。それに、殿下も今週は学園にはいらっしゃらないとか」


 私はうまく隠したかったが、先程の駄犬との話もあり、つい刺々しい物言いをしてしまう。私の言葉に、先生は一瞬あっけに取られ、その後に少し照れたように頬を掻いた。


「……そんなに私は分かりやすいですかね。年甲斐もなく、お恥ずかしい」

「い、いえ、そんなつもりは」


 自分の無礼さに気がつき慌てて訂正するが、先生はいいんですと笑った。


「貴女たちからすれば、おじさんでしょうから」


 確かに少し歳は離れていることは否定できないが、年齢差なんて貴族同士ではよくあることだ。見た目からは分からないが、実は結構離れているのだろうか。それでも、『運命』なら些細なことでしかない。


「セレナは年齢なんて気にしていませんよ」

「いやあ。しかしあまりに若い可能性を奪ってしまうと言うのも気が引けるものです」


 先生はそう言ってから、言うべきことではないことまで口を滑らしたかとでも言うように一瞬顔を顰めた。私はその言葉の意味するところがよく分からなかった。

 セレナが先生を好きで、先生もセレナが好きなら。何が問題なの?

 特にセレナは、前世の最期の時のトラウマまで乗り越えて先生と結ばれたい、と思っている。そんな堅い気持ちを踏みにじってまで先生が尻込みしてしまう理由が分からない。


「先生の言う可能性とは、何ですか?」


 今まで黙っていたルドルフが私を飛び越えて、先生へ尋ねる。

 ああそういえばこいつも居たわね。

 先生は急にルドルフが口を挟んできたことに驚いたようだったが、ルドルフをしばらく見つめた後、はっきりと答えた。


「ルドルフさんはオオカミなんですね……。トリ型ハクトウワシの者は、生涯同じ相手と番うのです。普通の番であって後で『運命』と出会ったとしても、そのまま添い遂げます。ですが、彼女は王太子殿下が心惹かれるほどには魅力的な方で……」


 最後は言葉にしたくなかったらしく、先生の話は尻窄みになった。ここまで言われたら、さすがの私でも続く言葉は分かる。


「セレナはあれだけ可愛いもの。万が一貴方と結婚しなかったところで、他の者が放っておくはずがないでしょうね」


 先生は少し傷ついた表情で頷いた。


「そういうことです。自惚れたことを言えば、万が一にでも彼女と番になったら私には彼女しかいませんし、彼女には私以外の可能性を捨ててもらうことになります」


 先日のお茶会で垣間見た嫉妬深さは、前世にいたハクトウワシの本能由来のものだったのかと納得する。それでも、妙に動物の生態に詳しいセレナが前世のハクトウワシの番を見定める方法について話をしていた。つまりセレナとしてはそこまで分かっている。なら、一生涯添い遂げるのは願ってもないことなんだろう。

 それはもちろん、セレナがちゃんと先生に伝えるべきことだけれど。先生は他の男とセレナが結ばれてもいいっていうの? 今の先生のセリフが行きつく先には、そんなエンディングしかない。『運命』はとても特別なものだとみんなは言うのに、そんな程度なのかしら?

 先生が黙ってしまい、私もどう話をまとめていいのか分からなくなってしまった。ちらりとルドルフを盗み見ると、ルドルフは私を見ていたらしく目があった。その目線はゆっくりと逸らされ、先生へ動く。


「先生はセレナ様が他の男に取られて、気の狂わない自信がおありですか? 一人だけしか選べないのなら、余計に先生は勇気を出すべきです。自分ではない者がセレナ様を幸せにする。そのことをよく考えてみてください」

「…………」


 いつになくルドルフが強い口調で先生に発破をかける。しかし、先生はもうそれ以上何も言えなくなってしまったようだ。それを見て、ルドルフが私の方を向いた。

 さっきまでの変に突っかかってくるような態度はなく、自然に私の背に手を回し学園の入り口に向かって方向転換させてくる。


「お嬢、アスピスが呼んでいるから。もう行かないと」


 ルドルフに背を押され、私は歩きだす。振り返ると、呆然としている先生の顔が見えた。ルドルフは振り向きもしない。


「ちょっと言い過ぎたんじゃない?」

「ううん、俺たちはこんなこと重々分かってることなんだよ。先生に足りないのは――」


 そこで、ルドルフの言葉は途切れてしまう。その言葉の続きを聞きたかったが、私には素直に何が足りないのか尋ねることが出来なかった。

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