第28話 展開

 分かっていても驚くわね。居ないで欲しかったのだけれど。

 放課後、セレナの攻略メモに書いてあったジョナサンの固定出現位置に行くと、本当にその姿を見つける。殿下のいつもいる生徒会室の近くの空き教室で、確かに私が従者だったら控えているであろう場所でもある。結局、ジョナサンこそ【トゥルーエンド】攻略に必要な隠しパラメータがあるキャラクターと言うのは、間違っていなかった。

 こうなると、私たちの意思とは何なのか分からなくなってきたわ。

 ジョナサンは入室した私に気がつくと、挨拶をしてくる。待ち構えていたような態度に、なるほど私の耳に入るような話であればジョナサンが知っていないはずもないと私は気がついた。

 事実か噂なのか分からないような酷い話が上がってくるんだもの。しかもみな、私がまだ殿下と対話ができる状態だと思っているなんて節穴もいいところだわ。つくづく他人の目なんて信じられない。それでも頼まれると断れないところが、本当に私は病気じみた見栄っぱりだわ。本当に自分ながら呆れる。この間、あれだけ怖い思いをしたのに。

 駄犬はおいておいても、ヴァイパーも愚痴をぶつけてからというもの静観しているしで誰も助けてくれない。だからこうして、嫌々ながら私はジョナサンの目の前へ立つ羽目になっている。


「王子の名誉のために、ご足労いただきましてありがとうございます。そろそろいらっしゃる頃合いだと存じておりました。従者の方が嫉妬しているのでは?」

「殿下はいらっしゃる? お話をするお時間を頂けないかしら?」


 相変わらずネチネチと一言多いのを無視して投げかけた質問に、ジョナサンは首を横に振った。本当は殿下と話したくなんてなかった私はそれを見て正直ほっとする。


「残念ながら、今週はご不在です」

「……そうなの」

「おや、嬉しそうですね。今週はそういったお話がお耳に入ることはないかと。キールスの王女殿下がご訪問されていますので。」


 自分の主人の予定を漏らすなんて、と驚く。しかしその後にもっと驚くような言葉が続き、私は狼狽えた。

 隣国キールス王国の王女と言えば、【ノーマルエンド】のルートでセレナと結ばれなかった殿下が結婚する方だわ。その言い方なら、お見合いをされているってことかしら。じゃあ、殿下はおかしくてもセレナの方は上手くルートが進んでるってことなのね?

 そもそも、私が婚約していた時から外国の王室から正妃を娶る話はあった。だから婚約破棄でされることと同じくらい、側室候補に降りる可能性も考えていたものだ。


「なるほど、匂いがしないですね。いい兆候ですが、少し遅かったですかね」


 訳のわからないことを言いながら、ジョナサンは紋章入りのループタイをいじっている。このオナガザルの獣人が落ち着かない姿を見るのは珍しい気がする。それに殿下がジョナサンを重要な場に連れて行かないのも珍しい。

 セレナにあれだけ夢中の殿下がよくその王女様と会う気になったわね。もしかして、ジョナサンが殿下を騙しうちにでもしたのかしら。

 ジョナサンは私の視線にタイを触る手を下ろし、打って変わって謎めいた笑みを浮かべた。


「ふふ、その顔は考えを巡らせている顔ですね。貴女にはきっとお見通しなのでしょうね」

「もし私の考えている通りなら、おめでたいことでしょう? 私はただ正妃候補であったに過ぎませんから。みんな忘れるだけで、前々からそういう噂もありましたもの」

「この間は王子の言う『運命』を祝福されていましたが、そういうものですか」

「今更何も思いませんわ。初めて出会った時から、私は殿下の運命ではない、私ではなれないと知っていましたから」


 だって見るからに私のキャラデザや立位置が悪役令嬢だったんですもの。ついにお父様から婚約を告げられた時は青ざめたものだわ。そういえば、私以上にショックを受けて大泣きしていた駄犬も居たわね。

 ジョナサンがまたタイをいじり始める。その後、顔を見ながらため息をつかれた。


「……私はずっと思い違いをしていたのかもしれません。貴女は貴女で、王子のことをちゃんと好いてくれていたんですね」

「どうしてそんな話に――」


 私が怪訝な声をあげた瞬間、ジョナサンが指を立てる。その視線がドアの方へ動いた。私も振り向き、廊下へ耳を澄ますと、聞き慣れた足音が聞こえてくる。

 なんであれが学園に? 何かあったのかしら?


「匂いはしなくても、相変わらずお側には置いていらっしゃるんですか。……いや、貴女の立場なら必要でしょうね。ここで鉢合わせると事です。向かわれた方が良ろしいのでは?」

「え、ええ。そうしますわ。ごきげんよう」


 促されるまま廊下へ出ると、すぐにルドルフと出会した。顔を見た瞬間、その顔がむっとしたものに変わる。何か私に用事があって学園へ来たのだろうに、そんな顔をされる筋合いはない。その失礼な態度に私は無性に腹が立った。


「アスピスにお嬢を迎えに行くように言われたから来ただけだよ」

「あっ、そう」


 側で仕えるべき私は避けるくせ、アスピスの言うことは聞くのね。

 急に意地悪な気分になり、ルドルフのことは無視して歩を進める。すると、後ろから抗弁が飛んできた。


「だってお嬢からあいつの匂いがするんだもの。王子に会おうとしてたでしょう」

「……私が誰に会おうとしても、お前の許しなんて必要がないのよ」

「ヴァイパーから聞いたよ。どうせ後輩の女の子に泣きつかれたんだ。見栄っ張り。お嬢だって怖いくせに」

「お黙りなさい」


 久しぶりのまともな会話だと言うのにあまりに憎たらしい。ここが学園じゃなかったらどうなっていたか。ヴァイパーもとんだ見込み違いね。『運命』なら、すべての相性が完璧なのでしょう? なら、この駄犬はやっぱりそんなものじゃないのよ。

 イライラしながら廊下の角を曲がろうとすると、私はあやうくひととぶつかりそうになった。

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