第11話 ヒロイン・3

「本当なら、ライオネルは攻略難易度の高いキャラで。こんなにすぐにヒロインにデレないんだよね。王族としての義務と自身の本当の感情との間で揺れ動く、みたいな葛藤があるキャラだし」


 これは私のイメージしていた殿下のルートにかなり近い。やはり、悪役令嬢は物語に緩急をつけるためと、そういったキャラクターの葛藤を増幅するトリックスターに近い役割なのだろう。


「それはディライアが嫉妬に狂って、殿下に王族としての義務という概念や語彙を吹き込んだからではなくって? 私がその役割をしていないもの」

「それはそうなんだけど。それでも王族なはずなのに、なんかそこらへん吹っ切れているんだよね」


 確かに番が複数いても問題がない王子という立場で、殿下が初手で私に婚約解消を依頼してきた。そういうイベントだと思って安易に了承したが、そうでもなかったらしい。


「まあ、ディルとの婚約解消に関しては、すでに『運命の番』に出会っているってライオネルは思っていたみたいなのと、私が……」


 そこでセレナの歯切れが悪くなる。愚痴混じりの相談の途中で、言うつもりのなかった言葉を言ってしまった、という印象だ。


「私が?」

「私が、煽ったというか」

「煽った?」

「その……婚約者がいる方とは一緒に居られない、って。ゲームだとただのランダム会話だし、全然シナリオ分岐に関係ないんはずだったんだけど。その後すぐにディルへ解消を申し込んだみたいで」


 殿下の挙動がゲームと若干違う、とセレナは言った。しかし、若干どころではない改変が起こっている。すでにゲーム本編の内容から、ヒロインであるセレナと悪役令嬢である私が逸脱している。そして、私たちのキーパーソンになりうる殿下が逸脱し始めた。


「そもそも、ディライアがヒロインをいじめていて、かなり好感度が高い状況じゃないと出てこない会話だったんだよね。フラグ管理ちょっとミスっちゃった」


 と、明るくセレナは言う。しかし、強がりにしか聞こえない。そこまで分かっていて、と思いかけて私は脳内の糾弾を止めた。

 セレナがあのハクトウワシと出会ったのは、セレナが私と会った時。つまり、この会話はセレナが自分の『運命』と出会い、王子のルートに入っているのを危惧した後に起こったこと。うまくかわすことも出来たろうに、それをしなかった理由は――きっと私。


「セレナ……私、ひとりでも上手く婚約解消してみせたわ」

「だよねー。でも一番あのタイミングがダメージないかなあって、あの時は思っちゃったんだよね。ヒロインと悪役令嬢って表裏一体だから。私のせいでディルに何かあったら嫌だし」


 にこやかに笑うセレナに、私はどう返していいか分からなくなった。

 何かあれば、彼女を利用しようとは思っていた。けれど、見返りを求めない無償の手助けを受けるとは思っていなかった。私が殿下と婚約破棄をしたところで、殿下ルートに入っている且つ他に好きな人がいるセレナにとってはデメリットしかない。


「言ったでしょ、結構好きなキャラだったって。ただの私のエゴだよ」

「あなたの好きなディライアは、私であって私ではないのよ?」


 セレナはぶんぶんと手を振る。


「いやいや、それはそうなんだけどね。でもディルに対しては、個人的に恩もあるんだよ。私が記憶を取り戻したのは、ディルのおかげだと思ってる。先生に会えたのもそう。先生は普段王立病院の方にいて、学園にはほとんどいないの。あの日は本当に偶然だったんだよね。だから、ディルがいなかったら、設定通りになっていたと思う。悪役令嬢ディライアがディルじゃ無かったら、そもそもの選択肢が無かったんだよね」

 

 少しだけバツが悪そうに、彼女が私を助けるべきだった理由をセレナは並べていく。私はため息をついた。

 これだから主人公ヒロインは。


「……それで?」

「え?」

「どうやったら、【ノーマルエンド】になるの?」


 セレナは私と違って記憶を取り戻したばかり。私と違って、何の準備もしないままゲーム本編にいる。殿下がゲームから外れたとはいえ、殿下はセレナのことが好きだ。ヤンデレを発動したら、シナリオ通りの結末を迎えることになるだろう。これでセレナも殿下を心から愛しているなら祝福するが、セレナはもう自分の『運命の番』を見つけている。

 殿下の暴走については、臣民として耳の痛い話だ。殿下はいつかこの国の王になる方だ。醜聞などあってはならない。もちろん、元婚約者としてだって、思うところはある。

 セレナは私の申し出を受け止めかねたようだ。ひとりでどうにかしようとばかり思っていたらしい。


「えっと?」

「私が協力してあげる、と言っているの。これで、あのハクトウワシと結ばれなかったら、私のせいみたいじゃない」

「お嬢!」


 今までずっと黙っていたルドルフが突然声を上げる。詳しいことは分からなくとも、私がセレナと殿下のことに首を突っ込もうとしていることはわかったようだ。


「お前は黙っていなさい。これは、私が決めたこと。お前もこれからセレナが言うことをよく聞いておきなさい。お前の主人が関わることよ」

 

 ルドルフは不満そうな顔をしているが、私が今言ったこと以上に言うことはもうない。それが分かっているからか、ルドルフは黙っていた。


「ありがとう、ディル!」


 セレナが大きな瞳に涙を溜めて、私に抱きついてくる。


「離れなさい。はしたないわよ」


 そうは言うものの、自分の心に素直なセレナが可愛くて妬ましくて、私は払いのけることをしなかった。

 これが攻略対象の気持ちなのかしらね?

 ルドルフを見るとまだ怒っているらしいのが分かった。飼い犬は後でケアするとして、さてどうしたものか。私はセレナが抱きついている間、考えを巡らせ続けた。

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