第10話 ヒロイン・2

「う、『運命の番』って? 殿下はセレナこそが『運命』だと!」


 声がひっくり返り、自分でも自分の声に更に驚く。立ち上がりかけたのを、ルドルフが抑えてくれたから良かったものの。無様を晒しかけたのをよく理解して、もう一度席に戻る。ひどい剣幕だったのだろう。セレナが若干怯えている。私は扇を開き、自分の口元を隠した。


「失礼したわ。ごめんなさい。……そうなの。『おりおり』ではになっているのね」

「はい」


 私がヤンデレ作品の脚本家だったら、攻略対象にはヒロインを心から愛するが『運命』ではない、という設定をつけて執着させる。ヒロインがいつか『運命』に出会って自分を捨てないように、と監禁・束縛させるだろう。

 このアイデアは、今まで幾度となく夢想してきた『おりおり』のテーマに近いと私は思っていた。セレナは小鳥――おそらくカナリヤの獣人。ヤンデレに籠の中に閉じ込められるのがよく似合う。だから檻というタイトルがついているに違いない。


「しかし、我々は『運命』を間違えませんよ?」

「いえ、普通はそうなんです。でも、ご都合設定ではあるんですが、ヒロインはそういう体質なんです」

「そんな話、四百年の王国史でも一度も聞いたことが……」


 ルドルフは半信半疑だ。それもしょうがない。しかし、この世界は、プレイヤーであるヒロインと攻略対象たちを中心に作られた世界なのだ。世界の常識だろうが、そこは歪められる。


「ルドルフ、貴方も覚えはあるんじゃない? セレナと初めて会った時、少なからず好意を覚えたはずよ」

「そ、そんなことないよ。俺にはお嬢がいるから、決して惹かれてなんか」

「そういう設定なのだから、仕方ないでしょう。お前が同世代の女性にああやって微笑むのは初めて見たわ。いつもああいう風に出来たら良いのに」

「お嬢、信じてよ……」


 ルドルフは情けない顔になった。それを無視して、情報を整理する。

 駄犬をいじめている間に落ち着いてきた。初対面の他人の前でこうやって私にいつものように話す時点で、ルドルフがリラックスして気を許しているのは間違いない。きっとその体質というものの影響だろう。親しみを覚えやすかったり、警戒心を解くような仕組みになっていると見受ける。

 扇を畳み、ティーカップを持ち上げる。セレナを見ると、またにやけた顔になっていた。


「お嬢、って呼ばれているのやば……ディライア似合いすぎ……極道パロとか……」


 私が冷たい視線を浴びせると、セレナは困った顔で頬をかいた。


「ご、ごめんね。つい。前世の影響というか、どうしても爬虫類とか鳥系とかのキャラが好きで好きで。ドララーというか。だからそもそもディライアが結構好きなキャラだったんだよね」

「私であって、私じゃないのだけれど。嬉しいわ」


 鳥はワニの近種だし、鳥と爬虫類というのも何となく分からないものではない。転生が分かった時から蛇の要素の入った自分というのはコンプレックスだった。悪い気分はしない。

 こほん、と咳払いをして本題に戻る。


「それで、どなたをお慕いされているの?」

「……お医者様のホーククレスト先生」


 ぽ、とセレナの頬が林檎のように赤くなる。

 ああ、あのハクトウワシの獣人ね。とまで考えて、頭が痛くなる。あの日、私が保健室に運び込ませたから出会ったんじゃない。


「お互いトリ型だから、イヌやネコ型ほど嗅覚はよくないけど。向こうも『運命』だって気づいているみたい」

「……そうなの」


 セレナの体質なら、セレナが本気で好きになりさえすれば、誰とでも『運命』のようになれるはず。とは思っても言えない。それに『運命』に出会ったことがない私には、相手がそうだと確信する感覚は分からない。

 しかし、この世界のヒロインがそう言うのであれば、間違いないのだろう。


「設定資料集とかにもヒロインの本当の相手については実は近くにいたとしか書いてなくて、絶対遭遇しない設定になっていたから。まあ、学園に通うのはルートによってはかなり短いし、ゲーム上では会えないってのも仕方なかったかな」

「でも『おりおり』は学園ものでしょう?」

「導入でしかないルートも結構あるよ。テキスト分量の半分以上はアレなシーンだったり、途中からどこかの家とか別邸とかで囚われたりもしてるし。攻略対象ってキツネとかネコやウサギもいて鼻が良いんだよね。だから学園内に自分じゃ敵わない『運命』がいるとしたら?」

「ヒロインを監禁するか、相手を排除するわね」


 私の言葉にセレナが頷く。こういう時に前世の価値観と同じような知識を持っていると、話が早い。どこかで聞いたり読んだりしたストーリーで想像していたものと実際の設定が繋がっていく。悪役令嬢役である私の知りたかった背景設定ばかりだ。ああだろうこうだろうと考えては、分からない、知らない、という恐怖と不安にずっと耐えてきた。


「セレナ様が王子と番にならない場合、お嬢や王子はどうなるんですか?」


 乙女ゲームの文脈を知らないルドルフは、現実に沿った事柄へ興味が強い。先ほどの言葉から察するに、攻略対象がヤンデレにならない平穏なエンドもありそうだ。


「王子に関しては【ノーマルエンド】で番にならない方向性を目指すことになるかな。このエンドだと、ライオネルは他国の王女と結婚することになるかな。それで……キャラとしてのディライアはライオネルのルートに入ると【トゥルー】、【グッド】、【バッド】、【メリバ】、【ノーマル】のどのルートでもヒロインと敵対するし、何らかの制裁を受けることになってる。本編だとはっきり明言はされないけど、示唆はされていて。設定資料集に載っている限りだと、無理やり結婚させられたり、ごろつきに襲われたりするのがまだ良い方、かな」


 これも思っていた通り。悪役令嬢なら、脚本上、そうなるでしょうね。私だってそうする設定するもの。殺されたり、犯されたり、拷問を受けたり。そういったエンドでも成人向けなら許される。ただ、本編で明言されてないのは意外だったけど。

 結局恋愛ゲームだと言うことを考えると、納得がいくのかもしれない。

 だって、ずっと不思議に思っていたもの。ストーリーのメインはヒロインと攻略対象の恋愛模様でしょうから。いくらムカつく敵役の女が出てきたとしても、徹底的なざまあの描写はそこまで必要じゃないはず。そんなテキストや立ち絵にゲーム容量を割くくらいなら、私なら数行で済ませておくわ。


「でも、この世界線のディライア――紛らわしいからディルって呼ぶね――ディルは穏便に婚約解消しているし、私に酷いことはしないでしょ?」

「もちろんよ」

「だから、ディルに関しては、もう規定の世界線から外れてしまっているから、問題ないと思う。あとは、ライオネル次第かな」


 そこまで言うと、セレナの表情が少し曇った。


「って最初は思ってたんだけど。ライオネルの挙動がゲームと若干違うんだよね……」

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