第2話 Who are me
谷嵜先生の歓迎の言葉と共に現実に戻る。
「私は
「ちょっと待って! 僕、部活に入るつもりなんて……! そもそも此処はどこなんですか! 僕、三つの谷高校の受験会場に行かないといけないんです。警察に行けって言うなら後で絶対に行くので、解放してください!」
彼が訴えると「あ、君。ウチの受験生なんだ」と新形が言うと暁はさらに不機嫌な顔をした。この世の物ではない程に眉間に皺を寄せて嫌悪した表情は気の弱い子供ならば号泣してしまう。
「お前ら、本当に一切の説明もしないで来たのか」
「そうです。特に新形さんに関しては、先生に会いたいが為に連れてきたようなものですね」
どうしようもない二人に、あとで説教だと考えながら、今は混乱している彼に必要なことを説明するべく「解放してやれ」と暁に彼を自由にするように言う。
「とりあえず、君は何も心配しなくていい。此処は、三つの谷高校の旧校舎で、俺は三つの谷高校の教師だ。こいつらは、お前の先輩にあたるガキどもで『吸血鬼部』の部長と副部長だ」
「え、三つの谷高校?」
新校舎で今頃受験試験が開始されている。今から行っても多分間に合わないことを告げれば彼はこれ以上なる事のない顔面蒼白さを濃くした。もう死人のようだ。
「そんなにこの高校に賭ける?」と新形は不思議な顔をする横で「ここが名門であることを忘れてませんか」と突っ込む暁。
名門の男子高、女子高、共学が一つに合併して出来たのが三つの谷高校。
約三年前に校舎の一新を行い、旧校舎は資料館として使われている。
浜波市の方面には、港に浮かぶ人工島に、学生の楽園と呼ばれる最新設備を整えた学校がある。それには劣るが、三つの谷高校は財力に物を言わせた学校ランキングで言えば、七位には入るだろう。
記念で入学試験に参加する学生も多いほどに競争率の高い高校として受験シーズンでは入学願書が山ほど届く。
彼も同じよう記念ではないが、受験をする予定だった学生があの事件に巻き込まれてしまったのだ。災難以外の何物でもない。
「こちらの手違いで君を巻き込んでしまった場合、責任は完全にこちらにある。君があの事件に巻き込まれて、迷い込んでしまった空間に関しても説明していない中、君を危うく死なせてしまうところだったんだ」
「先生、それじゃあまるで俺のイマジナリーが誤作動を起こしたことになります」
暁は頑なに自分は間違っていないのだと主張する。
「僕、どうなるんですか」
「一応、願書が届いているか確認を取る。出身中学と受験番号は?」
彼が覚えている範囲のことを言えば谷嵜先生は「お前らは此処での事を説明してろ」と言って吸血鬼部の部室である部屋を出ていこうとした束の間くぎを刺すように「喧嘩すんなよ」と言ってぴしゃりと扉が閉められた。
「よろしく。谷嵜先生が仲良くしろって言うならするよ。後輩君」
「ほら、暁も謝りなよ」と新形が暁を肘を突くと本人はカッと目を見開いて訴えた。
「俺は何も間違っていない! 規定通りの行動をとっていると言うのに、なぜ彼が処罰されないんですか」
「うわぁ、始まったよ」
癇癪を起してガーッと文句を口にする。
「納得できない。納得したくもない。彼は俺の空想で吸魂鬼と出た。即ちそれは、揺るぎない事実であり、人間に扮した吸魂鬼は、人に害を及ぼすに決まっている!」
「機械だって壊れるんだし、空想が万能じゃないって先生も言ってたと思うけど?」
「俺の空想は、大規模な測定は不可能だとしても、小規模。彼のように小さなものを測定するに置いては寸分の狂いもなかった。新形さんだって、見てきたでしょう」
意思が固い暁に新形は「はいはい」と受け流した後、彼を見て言う。
余りにも暁の扱いが雑ではないだろうかと嫌悪されている間に同情する。
「分からないこと、当然あると思うから説明するよ」
ホワイトボードに近づいて、きゅぽっとマジックペンのキャップを外す。不機嫌な暁は、彼を睨みながら口出しはして来なかった。
「まず、此処は三つの谷高校。旧校舎で吸魂鬼部。私が部長で、暁が副部長」
「此処まではOK?」と尋ねて彼は素直に頷いた。
キュッキュッと音を立てて、『三つの谷高校』と黒いペンで書いて、赤いペンで理解した証拠に囲み次のワードを書いた。
『吸血鬼部の目的』
「私たちは、普通の生徒とは違う。所謂訳アリ生徒。表向きは普通の生徒でしっかりと三つの谷高校の在校生として登録もされてる。私たち以外にも訳アリ生徒で結成されているのが、この吸血鬼部であり、吸血鬼部は君が今朝遭遇したような怪奇事件。厳密には違うけど、そう言った事態に少しだけ詳しい集団。そして、もう二度とそんな不幸を引き起こさないよう原因を潰すために暗躍してる部活動」
「そ、それって……僕が見た、怪物たちを、どうにかするってことですか?」
「そんな感じ。一筋縄ではいかないけど、近年増してる怪事件の大半は、私たちが未然に怪物の動向を防げなかったその怪物の仕業ってことになる」
「あの、怪物たちは……いったい」
「吸魂鬼。私たちはそう呼んでる」
きゅぽっと赤いペンで『
「人間でも、犬や猫でもない、勿論鳥でもない。何にも属さない存在。実体を持たないから何にでもなれる。一言で言えば影の存在。そんな奴らで、吸魂鬼の生命活動に必要なのは、生きた人間の魂。魂だけを吸い上げて、廃人にする。死ぬよりも酷い最後を迎えることになる」
「っ……そ、そんな。でも、それじゃあ今朝の事件は、魂を取られているなら何も殺さなくても……」
魂を生命活動に必要としているのなら、廃人のまま放置してくれた方がまだいいと彼は口にする。殺す必要なんてない。
「そこは、個体差があるの。魂だけを吸って放置する吸魂鬼と食べ終わった後に抜け殻を滅茶苦茶にする吸魂鬼。あんたが遭遇したのは後者だったみたいね。それだけ吸魂鬼はたくさんいる」
「じゃ、じゃあ……貴方たちは、あんな怖い見た目の吸魂鬼と話をして解決しているってことですか?」
「うんうん。そう……ん? なんて?」
新形は聞き間違いかと目を丸くした。聞き間違いではないとため息を吐いた暁が「吸魂鬼と対話するわけないでしょう」とどうしてその解釈になるのか心底理解できないと悪ガキも逃げ出すほどの形相で続ける。
「どうして、こちらを餌と思っている連中と話をしないといけないんですか? 自ら晩餐になるようなものでしょう」
「え、でもじゃあどうやって……争いごとは話し合いで解決できるものでしょう?」
「どんな生き方をしていたらそんな価値観になるのか知りたいですね。この世の全犯罪が話し合いで解決したら、戦争だって起こっていない」
「話し合いが一番平和的解決方法だけど、ちょっと違うかな」
彼がとんでもないほどに平和な思考回路をしていることに気が付いて新形は謝罪をした後に「目には目を」と苦笑しながらホワイトボードに『ゾーン』の文字を書いた。
「私たちの敵、吸魂鬼が生息する場所。人が稀に無心状態になる際に見える空間ってあるでしょう? 作業を無心でやると気が付いたら終わってる。無心でやれば云々のやつね。あの空間が、一般的にはゾーンって呼ばれてる。けど、私たちは、この世界の裏、鏡の裏の感覚でゾーンって呼んでる。此処とは違う別の現実。そこには通行料を支払うことで行き来が出来るようになって、ゾーンの中では吸魂鬼がたまに人間の前に現れる。……そして、私たちが支払った通行料のオプションの中に『
『ゾーン』から派生するように線を引いて『
「私たちの想像が空想を生む。例えば、谷嵜先生の彼女になりたい! とか、谷嵜先生と素敵なディナーをしたい! アロマキャンドルを見つめ合って愛を言い合いたい! って言う想像を叶えてくれる」
「それは想像ではなく妄想でしょう」と暁が口にすると額にイレーサーが飛んでくる。ゴッ! と言う音と共に暁は床に倒れる。見事な命中に「わぁ」と声が漏れる。遠い距離ではない為、命中はするがあまりにも綺麗に直線を描いて飛んだ。
「空想で吸魂鬼と直談判。実力行使をする」
「そんな……もしも何もしていない相手だったら? 事実無根の相手を攻撃するなんて……!」
空想がどういうものか、まだハッキリとは、分かっていないが、武力行使は良くないと彼は訴えるとジンジン痛む額を押さえて立ち上がる暁が「言ったでしょう」と続けた。
「
吸魂鬼からしたら、人間など鳥や豚、牛とひつじと言った家畜と同等で意味もなく勝手に増え続ける食べ放題のバイキングでしかない。そんな連中に誠意を見せたって家畜が媚を売っている程度の認識しかない。次の瞬間には、魂を吸い取られて腐っている。
「あんたにとっては朗報かな。どれだけ空想の威力が高くても、数日、長くて数か月程度の怪我しか相手にダメージを負わせられない。私たちは吸魂鬼を殺せない」
赤子の手をひねるように人間は殺されてしまうと言うのに、吸魂鬼にはかすり傷程度しか付けられない。
吸魂鬼相手にどうして死んだのかもわからない。死んでいるのかもわかっていない。ただ一度、吸魂されてしまえば、感情が欠如して、温もりも失い、悲しいと思うこともない。
「腐って死にたくないから俺たちは抗っているんです」
「僕は、どうなるんですか? もしかして、その吸魂鬼と、そ、その」
空想を使って吸魂鬼と対峙する。被害者を増やさないようにするために自ら危険に飛ぶ混む勇気が彼にはない。
「その気がないなら、幽霊部員で結構です。貴方は、通行料を支払っていると言う事実があるから吸血鬼部に入部できるわけですからね」
通行料。金銭を支払ったわけではない。
勇気はないが、もしかすると彼にも空想が備わっているかもしれない。吸魂鬼の足止めにしかならないが、誰も傷つかないのなら、吸魂鬼も結果として怪我をすぐに治るのなら、運が良ければ話し合いで解決が出来るはずだと彼は考える。
「……その、どうして、部活の名前が吸血鬼部なんですか?」
「吸魂鬼は同族意識が高いんだけど、その同族を裏切って人間側につくのを吸血鬼って呼んでるの。餌である人間と親しくするなんて純血主義の吸魂鬼にとっては邪魔な存在でしかない。もっとも吸血鬼が生まれる要因はプラスアルファあるけど、どんな生まれをしても、嫌悪している種族に出し抜かれるって最高に皮肉でしょう?」
吸魂鬼と吸血鬼は、水と油の関係であるため、吸魂鬼が嫌う吸血鬼を名乗ることで相手に認知させて、宣戦布告をする。
吸魂鬼が吸血鬼になる場合もあれば、人間が吸血鬼になる場合もあるという。
「何も絶対に戦ってほしいわけじゃない。私たちはいわば保護をしているの」
「保護?」
「そう。ゾーンの行き来が出来てしまえば、吸魂鬼に狙われやすくなる。迷い込みやすくなるの。現実とゾーンの境が曖昧になってしまうから。だから、ゾーン入りする際は、必ず二人以上。どれだけ実力があってもそれだけは守らなきゃならない規定の一つ」
行方不明の一種もゾーン入りして迷子になった者たちを意味していると言う。
吸血鬼部は少人数で結成されている組織だが、それでも身を寄せ合っている。
「一通り話したかな。勿論、まだまだ気になっていることはあるだろうし、不安に思うことも当然あると思う。一日で全部理解しろとは言わないよ。ただゾーン入りして生きて帰って来られたことで異常があったら教えてほしい」
真っすぐと見つめる新形に嘘はなかった。それはまるで現実ではないようだ。
吸魂鬼を空想で戦う秘密結社があるなんて思わない。それも此処はただの高校だと思っていたのに、旧校舎で暗躍しているなんて知られたら、どうなってしまうのか。
「それで、どうする? 多分、先生は君をこの学校に入学させるつもりなんだけど、もし嫌だって言うなら今すぐにでも取り消しが出来るよ」
「……この学校に入学はしたいと思ってます。だけど、なんかズルをしているみたいで……ちゃんと試験を受けたいです。僕、何週間もずっと勉強してきたから……」
「わぉ、真面目」
「貴方が不真面目なんですよ。……はあ、吸魂鬼の疑いがある限り俺は貴方を信用しませんが、規定通りに事が進むのなら文句は言いません。先生が戻り次第、追試が出来るか訊いてみましょう」
そう結論が付いて暫くすると谷嵜先生が戻って来る。その手には、今回の試験用紙が入れられた封筒だ。
校長に掛け合ったところ、受験日にそう言った話があるのなら試験をまずは受けてもらうのが先決だと言われて、受験番号云々を控えて、必要な書類などをもって戻ってきた。
「暁、鉛筆かシャープ、それと消しゴムを貸してやれ」
「……わかりました」
不服そうな顔をするが彼の荷物は血塗れで使いものにならない。受験票も番号を覚えていたお陰で何とかなったが本来なら受けられない。
新形と暁を連れて谷嵜先生は部屋を出ていった。疑似的であれ、試験は受けさせてくれるようで彼は安堵しながら机に向かった。
頭の中がこんがらがってどうにかなってしまいそうで、試験どころではなかった。カチコチと時計の音とシャープペンの音が響く。どこか現実離れしている。現実ではないような、夢を見ているのかもしれないと現実逃避出来てしまう事柄が並んでいる。
受験のストレスで夢を見ているのではと思うほどに、彼の頭の中は落ち着かない。
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