Who are me 〜ヒトの為になる者たち〜

赤い鴉

第1話 プロローグ

「ようこそ、今日から君は吸血鬼部だ。仲良くやっていこう」


 眼の下に隈を作り、無造作に伸びた髪をやる気なく掻いて「よろしくね」と言う男。

 そんな歓迎の言葉は、抑揚もなく、歓迎しているとは一切思えない程に顔は無愛想だった。不機嫌とか、不服とかではなく、心底興味がないと言った様子だ。そんな印象を受けるほどに男の容姿が余りに不摂生に見えた。全てに無頓着で情を宿さない。


 その言葉を向けられた張本人は、簡易椅子に座らされて縄跳びで縛り上げられ、拘束されていた。彼の両サイドには、不機嫌な顔をして縛られた人物を睨みつける少年と、先ほど歓迎すると宣言した男にキラキラと輝かしい瞳をさせ見つめる少女。


(な、なんだろう。この空間)


 居心地は最高潮に最悪だ。

 この混沌とした空間に身を置いている現象をその人は思い返す。


 ――事の始まりは、今から二時間くらい前のことだ。


 志望高校の受験を受けるために彼は電車に乗っていた。電車内には、彼と同じように緊張気味に受験会場である高校に向かう若者たちや知り合いなのか話をしている者たち、吊り革を握り単語カードを片手にする者たち。受験者とは関係なく会社に向かう会社員もいる。

 彼も、他の学生と同様に電車の出口付近に立っていた。自作の受験対策ノートを見返して、出るかもしれない問題を頭の中で解きなおす。

 背後で流れる景色に気を向ける余裕もない。高校に入学できなければ、都会に上京できずに田舎で親戚の世話になる事になる。親戚の事は嫌いではない。けれど、出来れば都会の空気に馴染んで、都会っ子と揶揄されたいと田舎者の精神が気を張る。

 不規則に揺れる電車内、アナウンスが度々聞こえるが、乗客は誰も気にしている様子はない。目的の駅までまだあるとわかっているからだ。


『次は、三つの谷駅、三つの谷駅~』


 目的の駅だとアナウンスが聞こえ彼はノートをリュックに押し込んだ刹那、電車が激しく揺れた。彼のようにノートや単語カードを持っていた若者たちはバランスを崩す。バラバラと知識が床に散らばる。突然のことに戸惑いながら、学生や会社員に揉みくちゃにされる。

 激しい揺れ。立っていた人たちは膝を曲げて立っていられなかった。

 いつの間にか電車が急停止していた。あと少しで駅、十五メートルほど、電車の頭がホームに入った辺りで電車は急停止していた。いったい何があったのか。どうしてこんな中途半端なところで停車するのか理解出来ない。

 学生、会社員がやっと立ち上がったところで彼はリュックを抱きしめながら出口の脇に座り込んでいた。立ち上がるのも大変なほどに人でごった返していたからだ。


『じょ、乗客の皆様に、お、お知らせします。い、いま私の前に見えているのは……。か、怪物です。た、ただ、直ちにお逃げください!! や、やめっァあギャアァ!!』


 運転手と思われる男性の声がスピーカーから聞こえてきた。緊張で震えた声でなんとか言い切ると同時に聞こえてきた耳に響くほどの悲鳴。それが嘘ではないと物語る。アナウンスが途絶えると数秒の沈黙の後、何の根拠もないと言うのに乗客は不安に煽られた。


 電車の突然停車、運転手の謎のアナウンス。


「なんの冗談だ?」


 学生がそう言う。急ブレーキをかけた際の言い訳を考えるのは嫌だと演技をしているには迫真すぎるし、そんなでっち上げをしたところで嘘はすぐにバレて、後々面倒になるのは運転手の方だ。


「早く電車動かせよ! 降りられねえだろうが!」


 会社員が痺れを切らして運転手がいるはずの運転席に向かった。

 彼から少し離れた所で、ダンダンっと窓を叩く音が聞こえる。先ほどの会社員が運転席の窓を叩いてるのが容易に想像が出来た。


「おい! 隠れてんじゃねえよ! いるのはわかって」


 会社員の怒号が突然ぴたりと無くなる。その代わり、水音のようなものが聞こえた。

 三秒だろうか。もっと経過していた場合もある。わからない。時間なんてものは、この際関係なかった。重要なのは、全てが赤だったと言うことだ。

 彼の視界に広がるのは、赤。窓の内側を真っ赤に染める。誰かが絵具を持っていたとか、大量の業務用ケチャップがあるだとか、そんな空気が読めないことが今ならば、求められてしまうほどに彼の視界には生臭く不快になるほどの臭いが広がっていた。

 この時ばかりは、そう言った言葉選びをしている人たちの気持ちが理解できた。そうであればいいという現実逃避だったのだ。

 客観的では理解できないことだが、当事者になれば嫌でも理解出来てしまう。


 怒号が消えたのを皮切りに運転席に近い人たちの上半身が柔らかくも爆散していったのだ。まるで空気を入れ過ぎた風船のようにパンッと変哲もないと言いたげにリアクションする暇も与えないほどに呆気ない。

 状況が理解したときには、乗客はみな一様に後ろの車両に逃げたがっていた。けれど、その先も同じような状態が起こっていた。後ろの車両は、奇妙な怪物が乗客を滅多打ちにしていたのだ。

 黒いビジネススーツを着たのっぽの男――と呼ぶには頭部がおかしいのだ。

 頭部が古い携帯電話の形をしていた。異形の怪物が口と思しきディスプレイを乗客に近づけて食べていた。むしゃむしゃ咀嚼する。

 その地獄絵図に目にした人たちは順当に顔面蒼白にさせた。


「退けよっ!?」

「きゃあっ!」

「早く開けてっ!!」

「ば、化け物が……ッ」


 パニックに陥った乗客は我さきにと安全圏を見つけようと躍起になる。誰かが転び、下敷きに遭い、骨が折れてしまって叫び出す人。極限状態の中、夢でも見ているのだと両手を握り込み「夢だ夢だ帰してくれ、早く覚めろ。起きろよ!」とぶつぶつ言い始める人もいる。彼は、ただ見ていることしかできなかった。

 最悪、下敷きになって圧死してしまうほど突然の重圧に耐えられなくなっていた。

 逃げ出そうとする者たちは、一様に爆散した。鮮血に濡れる車内は異臭を漂わせていた。

 彼が身を屈めていた車両にも怪物がいた。

 カエルの頭部をした高校生程の背丈をした怪物。


 脳内の処理が追い付かない。そして今ここは、現実ではないと彼は意識を失いかける。そんな中、聞こえてきた声。


「あれ~。どうしてこんなところにいるんですかー」

『まだだ。まだ彼らに会っていない』


 抑揚のない声と水音が聞こえた。その音が人の声のように聞こえたが彼はもう夢の中だった。





 次に目を覚ました時、まだ同じ景色だった。赤黒い液体が踏む場もなく広がっている。その色の所為で視界がおかしいのか外が灰色に見えてしまうのも気が動転しているからだろうと彼は身体を起こして戸惑う中、不意にぐちゃりと血だまりを歩く音が聞こえた。


「これまた酷い有様ですね。どうしますか?」

「痕跡なし。帰る」

「調査報告はしてください」

「そっちでやっといてよ。先生がいないなら、帰る。朝から調査なんて……睡眠時間調整がどれだけ大変なことか」

「はいはい」


 若い男女の声は、血生臭いこの場には不釣り合いなほどに軽かった。

 先ほど気絶する前に見たカエルではないことはすぐに分かったが、この場で平然としていられる方がどうかしている。


「生きてる人を見つけるとか、迷い込んだ人がいないかなどを調査するのが俺たちの役目だと言っていたでしょう?」

「先生がいないなら、調べたって意味ないしダルメシアンシンドローム」

「なんですかそれ。斑模様の蕁麻疹か何かですか?」

「わかってないなぁ~。怠いって言葉を適当に繋げただけだよ。堅物はこれだから、少しはユーモアのセンスを磨いたら」

「すいません。俺、貴方と違って無駄な知識は消し去っているんです」


 呆れ果てる男の声をよそに女は「誰かいるかなぁ~」と起伏のない感情を露骨に表してコツコツべちゃべちゃと足音を響かせて車内を彷徨う。

 彼は訳も分からず呼吸の音を漏らした。自分に気づいてもらおうなんて気はなく、息苦しさと悪臭に息を詰まらせていたのだ。

 気づかれてしまえば、この異常空間で何をされるかわかったものではない。もしかするとあの怪物の仲間かもしれない。でも、気づいてくれないと助からない。状況が分かっていない今、男女に頼るしかないのだが、恐怖で動かない。

 膝を曲げると彼は血で足を滑らせてドシンっと尻餅をついてしまった。


 その音を聞き逃さなかった女が明確に彼の傍に近づいてくると彼は恐る恐ると目を開き顔をあげると目を奪われてしまうほどの美女がこちらを見ていた。輝かしい茶色の瞳が彼を映す。

 尻を打った時の痛みも吹っ飛ぶほどの美しさに呼吸法を忘れる。


「生き残り? 暁、妄想して」


 こちらを凝視した後、興味をなくしたのか視線を逸らして一緒に来ていた男に向かって言うと男は呆れた声で訂正する。


「妄想ではなく、想像、空想。イマジナリーです。俺よりこの業界長いですよね? なんでいつも間違うんですか? あ、いえ。結構です。どうせ先生のことしか頭になかったって言うんでしょう」

「勿論! ほら、分かったら早くやっちゃって〜」

「……はあ、わかりましたよ」


 二人の言っている意味が理解できないままに男はこちらに近づいてくる。

 彼がその男の方に視線を向けると黒髪の少年がいた。

「本当に人使いが荒いんだから」と愚痴をこぼしながら、暁と呼ばれたその少年は、「失礼します」と手を叩き床に手を触れると彼の周りに青白い光が発生する。驚愕する彼をよそに光は不気味な文字へと幾何学模様で満ちた。幾何学模様は鎖のように連なり、彼を縛り上げた。


「ッ?! な、なにこれ」

「新形さん、彼……本命です」

「はぁ!?」


 赤く腐った車両内でスマホを傾ける新形と呼ばれる美女は信じられないとこちらを勢いよく振り返る。その所作までもが美しく見えるのはどういうことなのか。神は人に二物以上与えているのではないのかと無宗教ながらに頭の中に浮上する。


「待ってよ。こんなドジな吸魂鬼きゅうこんきがいるわけないじゃない! それとも、生まれたばかりとでも言いたいの? こんなほぼ人間に近い形態で?」

「事実、俺の空想が反応しています」


 イマジナリー、吸魂鬼とさっきから彼では理解できない言葉が連なる。

 置いてけぼりの彼をよそに新形は暁の身を案じる。


「体調は? 今朝、賞味期限切れのパン食べたとか!」

「ありえません。時間通りに起床して、しっかりと用務を熟していました。先生にも異常がないと言われていますし」

「先生に会ったことが意味わからなすぎるけど……異常がないのに、こんな変哲もない子供が? 見るからに取り柄も個性もなさそうな社会の闇をこれから享受するであろう受験生が!?」


 さっきから酷い言われようだと彼は身動きが取れないまま黙って聞いていた。反論しても彼らが何者なのかわからないし、言っている言葉も同じなはずなのに理解できない。何より彼自身コミュニケーションに長けているわけじゃない為、状況を理解するまで何も言葉が出てこない。

 そして、一番はこの血塗れの環境で平然としていられる二人の精神を疑っていた。もしかしたら、この状況を起こしたテロリストの可能性があるとまだ気を許せないでいる。靴底を血で汚して、かつて人であった者たちを容赦なく踏みつけていく。人の冒涜など関係ないとばかりにだ。

 挙句の果てには、魔法や魔術のような幾何学模様や不気味な文字と思しき模様を浮かばせて彼を拘束している。これで正常な判断が出来て、状況を理解できるのなら今すぐにでも変わってくれと居もしない誰かに慈悲を乞う。


「この間抜け顔が今回の犯人ってことで決定?」

「そのように俺は考えていますけどね。でなければ此処で一人だけ生き残っているなんてあり得ない。間違いじゃないと俺は断言します。この姿なのは、生まれたばかりなのかもしれません」

「ん……じゃあ、放置で良いかな。生まれたばっかで拘束されてるなら、このままハウスに見つかって回収されるでしょう?」

「この惨事はどうしますか? また怪奇事件として取り上げられてしまいますよ?」

「誰かが面白おかしくテロ事件としてアップしてくれるって、どう足掻いても、吸魂鬼はこちら側に干渉できない。ありもしない罪状を罪もない人に向けて並べてくれるでしょう」

「ですね。それじゃあ、報告内容はそのようにします」


 暁は何もない空間に手を伸ばして暫くするとブォンと青白い縦長の楕円が出現する。


「ゲート固定完了しましたよ」

「先生の部屋!?」

「んなわけないでしょう」

「ちっ……まあいいよ。お疲れ」


 そう言って新形は青白い楕円に右手を入れると抵抗なく飲み込まれる。こちら側に貫通することもなく、青白い楕円には、向こう側があるのだと自然と理解する。

 二人の会話の流れを見る限り、彼は拘束されたまま放置されるのが決定されている。そして、運が良いか悪いかわからないが、ハウスと呼ばれた人たちが彼を見つける事が出来れば彼の運命は変わる。

 ハウスがなんであろう、いまの彼が今思うことはこの血だまりから一刻も早く離れたいだけだった。


「っ……ま、待って!」


 彼はやっと声を絞り出した。このまま放置されたら、自分はこの惨状の犯人に仕立て上げられる。きっと他の連結車両も凄惨な有様となっているだろう。数十人以上を殺した虐殺犯として執行猶予もなく死刑となる可能性もある。


「ぼ、僕じゃないんです! 僕は、やってない! カエル頭の怪物が、いて! 後ろの車両には、のっぽの男が乗客を食べていたんです! 僕は、何もしてないんです! 信じてください。お願い、置いて行かないで!」


 相手がテロリストかもしれないのに命乞いをするしかない。情けなくも此処で置き去りになんてされた日には、想像するのだって絶望的だ。


「こいつらってこんな自我濃かったっけ?」


 青白い楕円に身体の半分を飲み込まれている新形は疑わしいと彼を見る。


「吸魂鬼なんてみんなこうでしょう。生まれたばかりで自分が本物だと気づかない。本当ならここで生かしているのだって俺は嫌なんですよ。でも、俺たちには、吸魂鬼奴らを処する権利がない」

「はいはい。……ね、君。本当にやってないって言うなら、君は迷子ってことになる」

「迷子?」


 暁の言葉を完全スルーして新形は楕円から身体を抜いて彼に近づいた。視線を合わせるように屈む。何か説明をしてくれる様子だったがすぐに暁が静止の声をあげた。


「ちょっと待ってください! それ以上は、ダメでしょう!? 此処に決定的証拠があるのに!! 貴方がしようとしているのは、規定違反に該当する行為になりかねませんよ!?」


 話が見えないと彼は困惑する中、暁は彼を擁護する声を許しはしなかった。


「でも万が一間違いだったら、私たちが人殺しになる。先生ならこの異例を知ってるかもしれないじゃない」

「貴方はただ、先生に会いたいだけですよね!?」

「そうだよ? なにか問題でも?」

「大ありですよ! 俺は反対です」

「ぎゃあぎゃあ言ってる暇があるなら、早く結界張って、連れていくよ」


 暁の意見は全部無視と却下されてしまい新形は「ほら、受験始まっちゃうから」と催促すると暁は、彼の拘束を外したと思えば、正方形の匣の中に閉じ込められる。


「隔離完了しました」


 心底腑に落ちない様子で暁が言う。

 青白い楕円が動き出し匣に閉じ込められた無抵抗な彼を飲み込むと彼は忽然と姿を消した。その場に残る青白い楕円の中に新形が慣れた様子で飛び込む最中「あんたも早く来なよ?」と言われてしまい暁は不機嫌を隠さずに後を追いかけた。





 青白い楕円から出てきた彼は、抵抗する間もなく縄跳びで身体を拘束されて簡易椅子に座らされた。顔を上げれば、ソファに横になった男がいる。暁や新形とは違い成人男性だ。

 ホワイトボードに本棚。簡易テーブルと簡易椅子が脇に片付けられている。


「なんだ。部室に繋がってたんだ。早く行ってよ」

「いつも部室だったでしょう? なんで今日に限って別の場所なんですか」


 勝手知ったる場所で新形は「なぁんだ」と興味をなくした。冗談だとわかっていても、もしかしたら先生と慕う人物の部屋に繋がっているかもと少し期待していたのか落胆している。


「それにいいんですか、そんなこと言って」

「え?」


 暁が指を向けるとソファで男が寝ている。

 その姿に新形は「んば、たっ!?」と意味のない言葉を反射的に出して驚愕した後、手櫛で髪を整えて暁に可笑しなところがないか無理やり確認を取らせる。棚に置かれた香水を手に取りシュッと衣服に吹き掛ける。電車内の血の匂いがしないかすんすんっと匂いを確認して男が起きて来ないのを確認して深呼吸する。


「こほんっ……谷嵜せんせーいっ!」


 突進とも言えるほどのスピードでソファで寝ている男に向かう。

 寝込みを襲おうとしている新形に誰もが寝ていると思っていた男は「そこから三ミリでも近づいてみろ。退部させるぞ」と低い声が発せられた。新形はピタリと器用に片足を浮かせて静止した。暁は額に手をやり呆れ果てのため息を吐いている。

 男は起き上がり乱れた髪をガシガシと掻いて顔を上げる。拘束された彼を見つけて「で? なにしてんの」と暁に尋ねる。その間も、新形は片足をあげたまま放置されている。「今朝の事件、知っていますよね? 三つの谷駅でのテロ事件」と言えば、男は寝起きの掠れ声で肯定する。


「新形さんと調査をしてきた際に、まだ生存している彼がゾーン内にいたんです。それで僕の空想で調べた結果、彼が奴らであることが判明しました」

「……ほぉ」

「生まれたばかりだから放置してハウスを待とうとしたら、彼は自分は何もしてないと言い、他の連中の仕業であると言うし、新形さんは連れて行こうなんて無茶苦茶なことを言って聞き入れてくれないしで、結果こうなりました」

「暁、お前は生まれたばかりの吸魂鬼が自我を形成してると思うのか?」

「そう言う特殊な例があるかと。どの道、現場に残っていた痕跡は彼のみ。ならば、状況証拠としては十分だと判断しました」

「見た目もまるっきり人間そのものだ。それも受験生の真似事をするほど余裕があるなら、現場からは遠退いていても可笑しくはない。どんな物好きがゾーン内で痕跡駄々洩れにして居座んだよ。連中の同族意識の件を排除した個人の私怨による見解だ、それは」

「し、しかし……!」

「はは~ん、つまり暁の所為で迷子を殺すところだったね~」

「新形。お前もお前だ。連れて来るのは一向に構わんが、通行料はどうした?」

「あ……そうだ。どうしたの?」

「俺が知るわけないじゃないですか。通行料なしでゾーンの行き来が出来るのは、やはり吸魂鬼のみ。例外は認められない。規定通りにするのなら、彼は処刑対象でしょう?」


 次から次へと言葉の羅列が流れる。まったくもって理解できない彼は頭痛が起こる。

 谷嵜先生と呼ばれた男は、ため息を吐いてどうしたものかと長考していると「せ、先生。さすがに辛いっ」と新形はふらふらと倒れそうになっている。


「あ、あの! 僕、何も知らないんです。突然電車が止まって、運転手が悲鳴を上げて、人の……血が飛び散って、揉みくちゃにあって……」


 その光景を再び思い出すだけで彼は顔面蒼白となる。喉よりももっと奥深くからせり上がって来る不快感。朝食を吐いてしまいそうになる。口の中が酸っぱくなるが此処で吐いたらいけないのだと頭が訴える。気休めにもならないが俯き気持ちを落ち着かせる。


「特殊な例、ね」


 谷嵜先生がそう呟いて立ち上がり彼に近づくと器用に片足立ちしていた新形は三ミリの接近が許されていないため後ろに下がり拘束された彼の横に立った。



「ようこそ、今日から君は吸血鬼部だ。仲良くやっていこう」



 それが彼の『吸血鬼部』入部の瞬間だった。

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