第21話自己紹介

「俺を含めて、遠巻きに眺めているあいつら全員お前に興味があるんだよ。理由は高須たかすの想像通り、鎌倉菜月かまくらなつきさんだ」


 ど真ん中ストレートを投げてくる。西郷さいごうの根性に俺は思わず、尊敬の眼差しを向けるてしまいそうになるものの声音だけは、呆れ声を絞り出した。


「随分と開けっ広げに言うんだな……」


 愛想笑いで誤魔化すと思ったのだが、西郷さいごうの反応は予想外のものだった。


「嘘を付いてどうなる? 恋愛的な意味で好むと好まざるとて、あれだけの美貌だ。気になる奴は多いと思わないか?」


 確かに自分が彼女の恋愛対象ではなかったとしても、その相手が気になるのが人間の性だ。

 分からなくはない。

 むしろ激しく理解できる。

 押しの声優、アイドル、女優、モデルなどが結婚や熱愛報道がでると無性に気になる。特に『一般男性』と言う名のどこにいるのか、分からない男となると『一般男性』にどうすれば成れるのか? と夢想する。

 芸能人も一般人も最近はSNSで出会うことが多いらしいが、一体どうすれば高嶺の花に出会えるのだろうか? 「相手の属性見てるだけ」と言われればその通りだが、大なり小なりは仕方がない部分だと思う。


……そんなことを考えながら俺は、YOSHIKIぐらい激しく首を振った。


「まぁ分からなくはないが……それって俺に訊く必要あるか? 女子とか……同中おなちゅうの奴から訊けば良いだろう……」


 クラスメイト達からの俺の評価は少々過大するぎる。

 義理の姉弟と言うことを知っているのならば、理解できなくはない行動なのだが、高々クラスLIMEに招待しただけにしては過大なのだ。


「まぁそれはそうなんだけどさ、彗星の如く突如として鎌倉菜月かまくらなつきが招待した人物ともなれば注目を集めるのも納得だろ?」


「確かに注目を集めるとは思っていたし、彼女へアプローチするための踏み台に使われることも想定の内だが、初日のそれもHLホームルーム前の段階でここまで詰められるとは思っても見なかったよ……」


「でも、俺が予め質問してクラス……否、学年中にこの話を広めて置けば高須たかすくんの平穏は守られるって寸法さ」


 清々しいまでに俺を……否、菜月なつきさんを利用するつもりのようで……その様子はさながら、捨てる所がないと評されるクジラや豚のようだ。


西郷さいごうは俺と学年全員の男子に恩を売り、一目置かれるようになっるって訳か……考えたな……」


 少し意地悪な言い回しをしてしまったが、こういう小ズルい奴は相手が自分を「どうお思っているのか?」と言うことを、気にする奴が多いので釘を刺すには丁度いい。


「その通り、まぁ俺は鎌倉菜月かまくらなつきを狙うほど無謀なことはしないさ……俺は自分の身の程を弁えて居る積りだからさ……」


 そう言った西郷さいごうの顔は先ほどまでのおちゃらけた雰囲気から一遍し、暗い影のある表情をしていた。


「そこまで自分を卑下することはないんじゃないか? 何があったか知らないし、その部分に深く関わるつもりも言及する積りもないが……ありきたりな言葉だけどまだ可能性はあるだろ? 自分で自分の可能性にフタするなよ……」


 とありきたりな慰め方をする。


「ありがとな、気ぃ遣ってくれて……高須たかすとは仲良くなれそうだ」


「俺も西郷さいごうぐらいグイグイ来てくれると正直助かる……」


 俺は照れ笑いしながらそういった。

 この言葉に嘘、偽りはない。

 元々積極的に話に行くような社交的な性格ではないので、こういう風にグイグイ引っ張ってくれるような奴といると気楽でいい。


「そう言ってもらえると助かる……」


 俺達が話しているを見て、俺達の様子を窺っていた男女が俺の机の周囲に集まりだす。

 

「俺も自己紹介いいかな?」


「あ、ずるい私も、私も!」


 ――――と身動きが出来なくるほどに俺の周囲を人が囲む。

 その様子はさながら、人の石垣のようだ。

 だけどこの現状は俺の人気ではない。

 全ては菜月なつきさんの御威光によるものなんだ。と自分に強く言い聞かせる。

 そうでもしないとイタい勘違い野郎になってしまいそうだからだ。


 そんなことんなもあって一応クラスには打ち解けることが出来た。

 そんな彼ら彼女らと他愛のない会話をしていると……


「全員、そろっていますか?」


 そう言って教室に入って来たのは、担任と思われる。若い女教師だった。

 出席簿らしきモノを持っているから多分間違いはない。


 身長は平均的と言える範疇はんちゅうに収まってはいるもののその容姿は、少女と大人の間に見え服装も配色も可愛い系で纏めている。

 簡単に言えば、若く見える。

 童顔なのだ。


 茶色に染めた長髪を襟足付近で二つに縛っている。

 ロリポップな髪型もその原因の一つと言えるかもしれない。


「取り合えず席について下さい。今からLHRロングホームルームを始めますよ」


 その一声で教室中がざわざわとする。


「え、教師……若すぎじゃね?」


「一体幾つだよ……仮にもここ進学校だろ?」


 なんて声が聞こえてくる。

 年若い教師に対して不信感を持つのは分かるが、三年後には成人を控えた我々はいぶかしむような視線を投げかけつつも、教師の号令で立っていた生徒達は、とろとろと自分の席に戻っていく……


「じゃぁ俺も戻るわ……」


 そう言って西郷さいごうは、俺の斜め右隣りの席に腰を下ろした。


お前の席ソコだったのかよ……


 直接話をしたクラスメイトは約十数名、早くから登校していても遠巻きに珍獣を見るようにしている奴もいれば、会話に混ざりたくても混ざれなかった奴もいるため、クラスメイトからの射殺さんばかりの視線を背中で感じる。


「こ、これは……想像以上にキツイ……」


 苗字順になっているせいで俺の座席はほぼ真ん中の最前列。教団はほぼ目の前で滅茶滅茶めちゃくちゃ目立つ上に、数日前のLIME招待事件に加え、入学早々クラスメイト十数人に囲まれている奴と他の奴は見る訳だ。

 視線を集めない道理はない。

 幸いなことに視線は菜月なつきさんにも向いている訳だし、最大の被害ではないことだけが不幸中の幸いと言える。


 そういえば、「当校では担任の発表は入学式ではなく、始業式なですので当日をお楽しみに……」と言っていたがこういう事か……要約合点がいった。


「それでは自己紹介をお願いします。じゃぁ出席番号順で……」


 少しおどおどとしたところはあるものの、新人教師であるのならば及第点と言える。


 自己紹介なんてクラスが変わる度の恒例行事、程度としか思っていなかったが入学当初の挨拶と言うモノは大切だ。

 自分が所属するスクールカーストに影響する。

 例えばおどおどしてしまえば、陰キャという印象を与えるし、過度に巫山戯ふざけたた挨拶をすれば馬鹿な奴だ。という印象を与えかねない。


 教師の号令で順々に生徒が自己紹介をしていく……氏名、出身中学と趣味や好きな食べ物なんかをボソボソと、あるいは元気に、あるいは滑って浮いていることに気が付かず。教室の空気を微妙なものに変えながら、次第に俺の番が近づいて来る。


 定番の出来事で、覚悟を決めていたから大丈夫。と思ってはいたものの菜月さんが挨拶する番に段階で急に自分もこうなるんだ。と変な実感が湧いて来ると緊張感は頂点になった。


 さながら、毎朝死刑を言い渡されるか不安な死刑囚か、断頭台の階段を昇り聴衆からの罵詈雑言を浴びながら、刃が落ちるのを待つ権力者のような気分だ。

 人はこれに居似た状況を、『絶体絶命』とか『一触即発』とかと表現するのか……と漢検を受験した時に覚えた。熟語達が脳裏を駆け抜ける。


「XX中学出身の鎌倉かまくら……“高須” 菜月たかすなつきです。趣味は……特にないです。一年よろしくお願いします」


 菜月なつきさんが挨拶すると、教室中がざわざわとする。


「コラ! 静かにしなさい?」


 と教師が声を張るも威厳のない彼女では、どうする事もできないようだ。

 南無三なむざん


「あれ、鎌倉かまくらじゃないの?」


 女子達の一部から声が上がった。


「母が春休みに再婚したの……LIMEはそのままだったんだけど……皆には一応知って置いて欲しいなって、あっ! 学校では鎌倉かまくらで通すことになっているんだけどね……苗字だと色々ややこしいから、出来れば名前で呼んでくれると嬉しいな?」


 と簡潔に理由を説明する。

 菜月なつきさんのインパクトのある挨拶のせいで、前後数人の挨拶は覚えられることなく終わりを告げ……貰い事故を起こしたのは俺だった。


「XX中学出身の高須容保たかすかたもりです。趣味は料理と読書……それに映像鑑賞とゲームです。これから一年よろしくお願いいたします」


 そういうとペコリと頭を下げ椅子を引いて席に座ろうとするも……周囲の視線は俺を見ていた。

「もっと色々喋れよ」とか「まさかこれで終わり?」と言いたげな視線と空気は、一瞬。俺の動きを鈍らせる。


「? 何か言いたいことがあるのかな? 高須たかすくん」


 と担任が言葉を発した。


こんんのォクソアマぁぁぁぁああああああああああ!!


 俺は内心で絶叫した。

 しかし、表情にも態度にも出すことはない。


「いえ、特には……」


 そう言って誤魔化すか、正直に俺の義姉が菜月なつきさんであることを語る以外の選択肢はないのだが、無駄に目立つことは避けたかった。


「あれ……高須たかすって鎌倉かまくらさんにグループに招待されていたよな」

「……でも親同士が仲がいいって……」


 ――――と先ほどまで俺を取り囲んでいた男女が、情報を互いに口にして誰でも推理が出来るようにする。


「……」


 先生も己のミスに気が付いたのか無言を付き通す。


「以上です……」


高須たかすくん……?」

 

 先生が俺に呼びかけるが敢えて無視する。


「以上です……」


 強引にこの場を治めるしかすべしか俺には思いつかなかった。

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