第20話ロングホームルーム

 教室に入ると少ないながらも疎らながらに、クラスメイトは存在しており彼ら彼女らの視線が俺に注目する。


「あれが “鎌倉かまくら” さんがグループに招待したって言う……」


「容姿は普通だな……むしろ少し悪いぐらいか?」


「おい! 聞こえるぞ……」


 などと、男女構わずひそひそとささやく声が聞こえる。


 残念だったな! 俺は自室にいてもインターホンの音を聞き取れるぐらいには耳が良いんだ。

 どうせならざわざわとしか聞こえないくらいに、噂話や陰口を叩いてくれれば聞こえなくて済むのに……

 

 俺はクラスメイト達のひそひそ話を聞こえていないフリをして、自分の席に付くと机の中に荷物を突っ込みスマホを弄る。


 文庫本を読めば自ずと “陰キャ” で “オタク” というレッテルを張られてしまうが、スマホを弄っている分にはマイナスにならない。


 見た感じだが同じ中学……否、学習塾でグループ形成がされているというべきだろうか? 見た目ではチグハグに見える男女が3,4人程度でグループを形成しているからだ。


 残念ながら俺の塾からここに入学できた奴もいるらしいが、このクラスに居るかわ分からん。

 塾の実績にしたいから撮影と合格体験記を書いて欲しいと言われたが、粘ってスカラシップへの優遇を条件にしたところ、OKがでなかったので塾での合格発表会に参加しておらず。目指して奴も合格した奴、両方合わせても両手で足りるぐらいしかしらない。


 スカラシップと言うのは、成績優秀者を囲い込むための優遇措置で、授業料の減額や免除の事を言う。

 そのスカラシップが取れていれば、今頃濡れ手にあわ状態で授業料を親からぶん取り、それを俺が使うという俺だけ一石二鳥状態だったというのに……あの学習塾は滅ぶべきだ。


 中間テストで高順位を取って、授業料一部免除から全額免除のところに乗り換えてやる! 後悔しても遅いんだからなと、なろう系タイトル見たいな妄想をするだけでも僅かながら心の安寧は保たれる。


 知り合いがいないというだけで、これほどまでの疎外感を味わうとは……

 学校生活で苦労しないように “3人” ぐらいは友達作らないと……


 内心でぎゅっと握り拳を作ると小さく、それでいて大きな決意した。


「……高須たかすであってるよな?」


 少しばかり自信なさげに話しかけて来たのは、いかにも高校デビューをかましました。と言わんばかりに漂白された頭髪をした男子だった。

 不慣れなのか金髪に近い程脱色してしまっている。

 

 何と言うか素材は悪くないのに、調理と調味で素材の良さを殺してると表現したくなるような……そんな格好だ。


春休み期間中に脱色を試さなかったのだろうか?


「合ってる。それで俺に何か用かな? ……えーっと……」


 まだHRホームルームなどで、自己紹介をしておらず、LIME上でしか顔と名前をしらないのだから、顔と名前が一致するハズもない。


はてさてどう乗り切るか……


 と思案していると……


「俺は、西郷さいごう西郷栖雲さいごうせいうん。名前分かんないよな……LIMEで顔晒してるやつも加工アプリやらで盛りまくりで、誰が誰か元の顔知らないと分かんねーもんな」


 ――――とフォローしてくれる。


 こいつ! いい奴だな……西郷さいごう西郷さいごうね……犬を連れた巨漢の陸軍元帥しかでてこないが正直覚え易くて助かる。

 その源流は公家である藤原北家ふじわらほっけを祖とするとされ、由緒ある家柄でもある。

 他には、会津藩家老の西郷頼母さいごうたのもが有名だろう。家系としては源氏になる。


 閑話休題それはさておき……


栖雲せいうんって言いずらいだろうから、『西郷さいごう』か『セイ』でいいぜ」


 距離の詰め方エグイんだけど……コレが本物の陽キャか……勉強が出来てオマケに陽キャとか強すぎだろ……


 それにいきなりあだ名で呼べとかハードル高すぎるだろ……高すぎてリンボーダンスすることもなく余裕で素通り出来そうだよ……


「配慮は正直助かるが、先ずは西郷さいごうと呼ばせてもらうよ。犬を連れた銅像で有名な偉人と同じ苗字だと呼びやすくて助かる……」


「同じ西郷さいごうとして鼻が高い偉人だぜ。確かに、いきなり名前で呼んだり仇名で呼ぶのはハードル高いもんな。あっ、でも『せごどん』だけは辞めてくれ……俺はあんなゴリラ体型じゃないからな……」


 少し毒のある言い方をしてしまったと内心後悔していたが、

西郷さいごうは気にも留めていないようで、カラカラと眩しい笑顔を浮かべている。

 『せごどん』で自虐風のネタをするところを含めてもポイントが高い。


 個人的にセイウンと聞くと逃げウマを育成するときには、ほぼ親にするウマが脳裏を過るので出来るだけ苗字で呼びたい。


「改めて俺は……」


 相手にだけ名乗らせるは礼儀が鳴っていないと思い。自分も名乗ろうとするが西郷さいごうは、俺が名乗り終わる前に俺の言葉をさえぎった。


高須容保たかすかたもりだよな……」


「どうして知ってるんだ?」


 心当たりがなくもないが……初見の人間にフルネームを覚えられている程度にはどうやら有名人のようだ。


「そりゃそうだろ、あの鎌倉かまくらさんがLIMEに招待したい男なんだからな」


「ああ……」


 つい吐息のように言葉が漏れたが、「やっぱりそれだったんだ……」と言う言葉だけは飲み込んだ。

 

「で、鎌倉かまくらさんとはどんな関係なんだ? 中学校とか?」


 少し喋っただけの直観に過ぎないが、西郷さいごうは鎌をかけてるような人物には思えない。直ぐばれるような嘘を付くとバレた時の信用問題になる。

 『嘘を付けない』というのは、一見美点に聞こえるが実際は『言いふらす奴』よりも悪質な、『善性を持った信用できない奴』に過ぎない。

 『義理の姉弟』という、進んで風潮するような物事を直ぐにバラしてしまえばそう言う問題が起きかねない。

 ここは純粋な嘘ではなく、真実を織り交ぜた嘘を付くべきだ。


「中学は違うけど知り合いで親同士が仲が良いんだ」


「へーっ親同士が……」


 俺の説明に一応納得したのか……同じセリフを繰り返す。


 少し疑っている見たいなだな……だったらそれっぽい理由の一つでも付けてやるか……


菜月なつきさんは優しいから、グループに所属していない俺に気を使ってくれたんだ」


 ここで菜月なつきさん上げをしておくことで、俺見たいな陰キャにも優しい聖人として印象付けることができる。という寸法だ。


「ふ~んそうなんだ。イメージ通り鎌倉かまくらさんって優しいんだね」


 西郷さいごうは確認するように繰り返す。


『ミラーリング』を狙ってのものか? ……否、誰かに言い聞かせているようにも見える……その対象は誰だ? 西郷さいごう自身か? それともクラスメイトか? ……今は考えても分からない。


分からないのならば聞いてみればいい。


 俺は直接訊いてみることにした。


「ああ、それで俺に何の用だ?」


 西郷さいごうの答えは予想外のものだった。

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