第18話義姉と後輩は邂逅する。


 時刻は夕方もうすぐ夕飯と言う時だった。

 ピコン と珍しくスマホの通知が鳴った。

通知音が嫌いなのでサイレント&バイブ設定しているのだが、イヤホンの接続を弄ったためか、設定が無効になっていたらしい。


 二件の通知がありその内一件は父からだった。

 内容を要約すると、「今日は二人で夕飯をたべるから予算幾ら、までで外食してもいいから済ませておきなさい。」と言うものだった。


 もう一件は半年以上ぶりに来た。サラからのヘルプ要請で要約すれば、「今日暫く家に居させてほしい」と言うもの。義母に紹介する面倒さを考えればタイミングが良いと言える。


「二人ともタイミングが良いというか間が悪いといか……」


 キッチンに立つ俺の独り言が聞こえたのか、菜月さんがリビングから顔を覗かせる。


「どうしたの?」


「今日は二人とも外食してくるってさ……」


「じゃぁ私達もどっか行く?」


 駅から程近いと言えなくもないこの近くには、そこそこの数の飲食店がありその中でも菜月さんは、この前二人で行ったイタリアンがお気に入りのようだ。


「それが実は……」


 俺は後輩の事を説明した。


「ああ、例の後輩ちゃんが遊びに来るのね」


 遊びにと言うよりは避難が近いが概ね合っているので訂正はしない。


「それじゃピザでもと取ろうよ」


 予想だにしない一言に俺は声を漏らした。


「いいの?」


 すると菜月なつきさんは、太陽のような笑みを浮かべてこう言った。


「今日はピザ食べたい気分だったし、それに人数がいれば色んな種類が食べられるでしょ?」


「でも前に……」


 俺の言葉を遮るように、人差し指を突き出してこう言った。


「前は前、今は今。山の天気と乙女心は秋の空って言うでしょ? 私も数少ないであろう容保かたもりくんのお友達に一度は会っておきたいって言うのが本音ね。……合ってみないとどんな人なのかも分からないし……」


 漫画やアニメとは異なり、これだけ距離が近ければ幾ら小声でも声が聞こえない。なんてことは寝ぼけていなければあり得ない。

 だけど俺は聞こえない振りをする。


「ホントにありがとう! お礼と言ったらなんだけどピザの種類は自由に選んでいいよ」


「え~~っそれだけぇ~~」


 と不満そうな声を漏らす。

 

このアマ!


 と内心毒づくもののこっちはお願いしている立場であり、この怒りは逆恨み以外の何物でもない。

 出来るだけ労力も金も払いたくはなかったが仕方ない……小遣いとは別に食費として幾らか預かっていて、長年の節約によって結構な余力がある。


「ピザ一枚分のお金で手を打たないか?」


 交渉の基本は主導権を渡さないこと。

 だがしかし、現在の主導権は菜月なつきさんにある。

 俺が出来る事は最善手は“財布”か“労力”のどちらかを生贄し、被害を最小限に抑えることだけだ。


「ん~~それに、オシャレなサラダ……料理を何品か付けてくれたら手を打ってあげる」


オシャレなサラダ、オシャレな料理を何品かねぇ……


 即座に冷蔵庫の中の野菜を思い出す。


あ、あんまいいのないじゃん……


「あ、手を抜いたら起こるから」


 沢口靖子でおなじみのクラッカーを使った料理である『カナッペ』は封印されてしまった。


「OK、OKそれでお願いします」


 結果から言えば完全敗北、戦争で言えば領土を奪われた上で多額の賠償費を押し付けられた完全降伏状態と言っていい。


「じゃぁ私はピザを注文して受け取ってくるね。自転車借りて言い?」


 引っ越すにあたって菜月なつきさんは古くなっていた自転車を処分しており、現在家にある自転車は一台のみなのだ。


「いいよ。あんまり貧相な品目でも文句言わないでくれよ……」


 一応軽く釘は差しておく。


「いつも美味しい料理を作ってくれるから期待してる」


「おばさんの方が家庭の味って感じがしていいじゃん」


「ん~でも容保かたもりくんの方が美味しいって思う。慣れの問題かな?」


 多分それは家庭の味と言うモノを何一つ継承しておらず、料理本を使ったブレの少ないレシピを使っているからだと思う。


「帰宅ラッシュが始まる前に行った方がいいよ? 道混むし……」


「げっ! 確かにそうね……じゃぁ行って来ます」


「行ってらっしゃい」


 俺は菜月なつきさんをリビングで見送るとサラにLIMEを送った。



18:02「OK、家来いよ。姉さんいるけどそれでもいいなら……」


【サラ】「全然問題ないです。お姉さんいるなら手見上げ持って行った方がいいですか?」18:03


18:03「アホ、お前だって金が無限にある訳じゃないんだから無駄遣いすんな」


【サラ】「ありがとうございます。直ぐ向かいます」18:04


これでよし……あとは2、3品オシャレな料理とやらを作りますか……


 俺は腕をまくり上げるとキッチンに立った。


 料理の下ごしらえを終え後は焼けるのを待つだけ、冷やすだけという状態になったころだった。


 ピコン と通知が鳴った。

 ロック画面でも要件がある程度表示されるのでそれで確認する。


【サラ】「着きました今、大丈夫ですか?」


以外に遅かったな……


 キッチンからリビング、廊下を経て玄関に到着する。

 鍵がかかっている訳でもないので、ドアを開けサラを招き入れる。


「いらっしゃい」


 俺の顔を見るなりほっとしたような表情を浮かべる。


「せんぱい。ありがとうございます……お義姉さんは?」


「今、買い出しに行ってるところ夕飯食べてくだろ?」


「はい。ありがとうございます……それでこれ、お見上げです」


 そう言って差し出してきたのは、少し値の張りそうな紙袋だった。


「いいのか?」


「はい。家にあるものですし、母はあまり甘いものが好きではないので……」


 中を覗き見るとゼリーやバームクーヘンと言ったお菓子の詰め合わせだった。


 サラが洗面所で手を洗いテレビを見ていた時だった。

 ガチャリと玄関が開く音が聞こえた。

 恐らくピザを買いに行った菜月なつきさんが帰って来たのだろうと辺りを付けた。


「お帰り」


 玄関に聞こえるぐらいに声を張る。

 ドアや壁越しなせいでややくぐもった声が聞こえる。


「ただいま!」


 カサカサとビニール袋が擦れてなる音が玄関から聞こえる。

 

「あれ、見慣れない靴がある……あぁ容保かたもりくんの友達もう来てたんだでもピザが冷める前で良かった」


「ピザ?」


 サラはというと、『買い出し』と言う言葉の意味を食材を買いに行っている。と解釈していたようで、まさかテイクアウト品を購入しているとは思わなかったようだ。


「そう、今日は両親がいなくてさ……予算の範囲で外食してもいいって言われてたんだ」


「いいんですか?」


「言いも何もピザにしようっていったのも、サラを読んでもいいって言ったのも菜月なつきさんだしね」


 小声で話している今もトントンと足音が聞こえる。


「いい人みたいですね……」


 そんなことを話しているとドアが開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る