第12話義姉弟は部屋で過ごす

 引っ越しの翌日、俺は盛大に寝坊をした。

時計を見た時には時刻は七時を過ぎていた。


 筋肉痛や腰痛、疲れが原因だろうがここまでの寝坊は久しぶりの事だった。


「やっちまったな……」


 寝間着姿で、ぽりぽりと頭を掻く……

 部屋の中は俺以外いないのかしんと静まり返っている。

 俺は誰もいないと気を抜いて冷蔵庫を開けた時だった。


「おはよう……」


 背後から鈴を転がしたような女性の声が聞こえた。

 寝起きということもあってか彼女のテンションも低い。

 昨日から我が家になったとは言え、まだ自分の家という実感がなく寝づらかったのだろうと推察できる。

 俺も旅先では眠りが浅い方だから気持ちが分かる。


「菜月さんおはようございます……良く寝られましたか?」


「天井とか部屋の広さが違うだけでも寝辛いんだね……部屋の模様替えとかあんまりしない方だから初めて気が付いた……

ん~~あったま痛い……」


 菜月さんはリビングのソファーにぐでんと横たわるとテレビの電源を入れた。

 俺は冷蔵庫から愛飲している麦茶を取り出し、コップに注ぎながら問い掛ける。


「学校行かないんですか?」


 俺の質問に菜月さんは目を伏せる。


「うん。私の学校も自由登校期間じゃないけど……習う程のことじゃないし……それに私の中学校遠いから……」


「ああ……なるほど……」


 納得できた。

車で引っ越しして来た菜月さんの中学が近いはずがない。

ちょっと考えればわかりそうなことなのに今日は頭が働かない。


「学校に行かなきゃいけないのはそっちもでしょ?」


「まぁそうなんですけど……俺は学校にあまり行きたくなくて……」


 自分からあまり言いたくないことだが、幼馴染の通うあの中学校に自分から通いたくはないのだ。

 卒業式には登校するつもりだがそれ以外は必要が無いなら通いたくない。


「ああ……例の幼馴染さんか……じゃぁ今日は外出の予定はないのね?」


 悪い事訊いちゃったとでも言いたげに菜月さんの表情が陰る。


「まぁそうですね……」


 今日は特にやりたいこともやるべきこともない。

 それに今日は家でゆっくりしたいからな……

 彼女の提案は予想外のモノだった。


「だったらさ、昨日私が言ったみたいに二人で遊ばない?」


「遊ぶっていても、何するんですか?」


 年頃の女の子(サラ)とは良く遊びに行ったり、料理を振る舞ったりする中だが一緒にゲームを遊んだ記憶は少ない。

 配管工などがカートに乗って順位を競うレースゲームや、配管工や他の有名ゲームのキャラクターがステージで戦う格闘ゲームなどの、いわゆる『パーティーゲーム』としても遊べるものをやったことがあるぐらいだ。


「そうだなぁ……容保かたもりくんってゲーム機もってる?」


「まぁ一通り持ってますけど……順天堂、ゾニー」


 あとは、通称 “箱” と呼ばれるハードがあるが日本国内では全くと言っていい程人気のないハードで箱を買うなら俺はPCを買う事を推奨する。


「凄い! 私、持ってたの順天堂だけだよ」


「まぁ小中学生が遊ぶゲームは順天堂で賄えますからね……」


 今時、複数ハードでゲームが出るなんて当たり前のことで、一つのハードを持っていれば、もう一つのハードのゲームは8割程度は遊べるので不要だと思う人も多い。


「それに、受験生だとゲームはあまり遊ばないし……」


「配管工のレースゲームでもしますか?」


「私、ゲームは苦手なの……下手の横好きだから友達にも呆れらてね……」


 そう言った彼女の顔は物悲しそうだった。


ああ、下手だけど勝つまで「もう一回、もう一回」って強請って友達からやりたくないって言われたんだろうな……


「別に俺は気にしませんけど……」


「ううん、いいの……ただでさえ私のワガママに付き合って貰っているのに、重ねてワガママをお願いするのは申し訳ないから……」


どうやら彼女なりの線引きがあるらしい……いっちょんわからん


「それに今日は頭痛が酷くて……」


『今日の天気は雨後曇り、ところによって晴れるところもあるようです』


 と天気予報がタイミングよく流れる。


「ああ、雨の日に体調崩す人って多いらしいですね」


 俺は気圧民ではないので良く分からないが、人によって頭痛や腰痛、関節痛などを発症するらしい。

 症状の酷い人だと起きているだけでかなりつらい人もいるそうだけど、菜月さんもそれなんだろうか?


「普段はいいんだけど……アノ日が重なると重くなるんだ……」


「―――っ!?」


突然、脳内に緊急アラートが鳴り響く。



『アノ日』『重い』これらのワードによって、俺の脳内CPUがはじき出した結論は……『踏み込むな!そこは地雷原だ』だった。


 そもそも身近に異性が居ない生活の中では、決して耳にすることのない単語が気だるそうな麗人の口から出ただけでもやヴぁい。



 やめろ!その攻撃は俺に効く……


「それに具合悪い時、私ワガママで甘えん坊になるみたい……

迷惑かな?」


 甘えるような上目遣いで真っ直ぐに俺の目を見据えてくる菜月さんに、俺の理性は炎天下の下のソフトクリームぐらいの速さで溶けていく……


「迷惑だったら、迷惑っていうのでそれまでは好きなだけ甘えてください……仮にも家族なんですからお互い支え合わないと……」


 俺を頼れぐらい言えると良かったのだが生憎と俺にそんなキザなセリフを言えるほどの度胸はない。

 少しばかり……捻くれた言い方になってしまったが迷惑とは思っていない。

 むしろ義姉弟という関係が無ければ、関わる事さえなかったであろう美少女に甘えられているとい事実だけでもお釣りがくるれべるだ。

 それに今日は予習するぐらいしかやることが無かったので、むしろヒマを潰せて丁度いいぐらいだ。


「ありがと……」


 照れたような、安堵したような柔和な表情を浮かべて起こして上体をソファーに伏せる。

 年齢不相応な大きな胸のせいかやや上半身が浮いているようにも見える。

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