第11話義姉弟(仮)

 

 豪華な夕飯のため、父の運転で外出した俺達家族。

心地よい疲労と達成感が、単なる疲労と空腹の二重奏に変わるのにさ程時間はかからなかった。


何せ日時が悪い。


春休み前といえど今日は休日の夕刻、当然のように渋滞に巻き込まれていた。 


 雪菜ゆきな母さんは運転席に座る父を心配しているようだ。


容敬かたたかさん、身体が辛かったら言ってくださいね運転代わりますから……」


「大丈夫ですよ。運動不足が祟っただけです」


 と強がって見せるものの身体は痛むようだ。


(自分の親がいちゃついている所を見ると何かこう込上げてくるものがあるな……)


 イチャつく両親から視線を外し、運転席の後ろに座った菜月さんを横目で一瞥する。


 少し気怠そうな様子で車のドアに持たれ掛かるようにして座席に座っている。

 数日前に見たワンピース? と異なり、洒落っ気の少ないカジュアルな装いをしているものの、彼女の容姿を抑え込む事は出来ず今でも十二分に目を引く。

 むしろ深窓の令嬢感が減った今の方が親しみが持てる分、より幅広く人気が出そうだ。


 ……彼女に気付かれる前に視線をスマホに逸らし、ゲームでもやっているかのように装う。

 幸いにもルームミラー越しに誰とも目が合わなかった。


 車が動き始めるて暫くすると雪菜ゆきなさんはこう言った。


「二人とも、スマホばっかり見ていると目が悪くなるわよ? それに、菜月は酔いやすいんだから気を付けない」


「はーい」


 と生返事を返した菜月さん。


………

……


 色々考え俺達は、食べ放題のお店に入店した。

 案内されたのは四人掛けのテーブル席で、料理のある場所から少し外れた場所だった。

 

「じゃぁ私料理取ってくる………」


 そい言い残して、菜月さんはテーブルを後にする。


容敬かたたかさん、私が料理持ってきますから座ってください。それと容保かたもりくんも腰が痛いなら無理しなくていいからね?」


 と雪菜ゆきなさんは重い荷物を持って体を痛めた父と俺をいたわってくれる。


「ありがとうございます」


 俺がそう返事を返すと、残された父子は二人とも押し黙る。


「悪かったな」


 沈黙を破ったのは父だった。


「何が?」


「最近運動不足だったのはお前も同じだろう? 二人の事を考えて無理をしてるだろうって事だよ」


何を言うのかと思えばそんなことか……


「家族ってさ、学校とか会社みたいに最悪嫌なら辞めれば済むような関係じゃないっしょ?

新しく家族……父さんの言葉を借りれば『家族(仮)』にコレからなるって事はさ、なる為にある程度の努力って必要じゃない?

父さんがやりたいってこと応援したいのは本心、今日疲れたのは計画性の甘さからかな」



「……」


「それに俺だって今日ぐらいはご飯作りたくないし、やっぱり店屋モノの方が美味しい気がするんだよね特にラーメンとかは……」


「そりゃそうだろう。中華は火力が命だからな……」


 そう言うと父さんは頭をぽりぽりと掻く。


「まぁなんだ。お前に無理させて済まないって事だ。お前なりに楽しんでくれているならそれでいいさ……」


「だから言伝で言ってもらっただろ? 店でご飯が食べたいって」


「……そうだったな」


 俺達父子が会話をしていると、母子が帰って来た。


「二人して楽しそうね……私達も混ぜてよ」


――――と雪菜ゆきなさんと菜月さんが両手に取り皿を持って現れた。


容保かたもりくん聞いてよ。菜月ったら容保かたもりくんの分まで自分から料理を取ってきてくれたのよ?」


 雪菜ゆきなさんに向けていた視線を斜め後ろに立っている菜月さんの方へ向ける。

 菜月さんが持っている取り皿には、以前の顔合わせの時に好物だと話したドリアや唐揚げなどが盛られている。


「あ、ありがとう……」


「腰を痛めさせちゃったのは私のせいだしこれぐらいは、義姉として当然よ」


「ごめんね容保かたもりくん。お姉ちゃん風を吹かせたいみたいで……うっとおしかったらうっとおしいってハッキリ言わないとだめよ?」


「いえ……人と話すことがあまり得意ではないのでむしろ有難いぐらいです……」


 もしも、菜月さんが無口な女性だったら俺はこの生活に耐えられなかったかもしれない。

 彼女の積極的な性格は好ましいと思うぐらいだ。


「……」


 菜月さんが取ってきてくれたグラタンは美味しく、がっつく俺を見て菜月さんは匙を止めている。


何で凝視してくるの?


俺って、そんなに食べ方汚いかな?


 菜月さんの容姿は整っている分、表情……感情がイマイチ読み取りづらい顔をされると何を言いたいのか全く分からない。

 関係の薄い俺からすれば、彼女の大きくクリクリとした瞳で蔑まれているようにしか見えない。


「な、何かな……」


「グラタンそんなに好きなんだ……」


「子供舌だから、チーズ味とかホワイトソースとか大好きだよ」


「良かったら取ってきてあげようか?」


「ありがとう、でも自分で取りに行って見たいんだ。辛かったらお願いすよ……」


「うん」


 食事も終わり後はデザートでも食べようかと言う頃、御手洗に行くために席を立つ、すると……菜月さんも席を立った。


まるで俺にタイミングを合わせたみたいだ。……ってそんなわけないんだけどね。


分かっては居ても、手を出しては行けないのにこんな綺麗な女性ヒトが彼女だったらな……と考えてしまうのは、俺の頭がピンク色だからだろうか? それとも彼女……菜月さんの魅力故のことだろうか?


まぁ、思想の自由が認められているんだし妄想するぐらいはいいよね……


 などと物思いに耽りながらトイレから出た時だった。

 壁に背を預けスマホをいじっている一人の少女が視界に入った。


「菜月さんどうしたの?」


 俺が声を掛けるとスマホから視線を上げ真っすぐ見据える。

 珍しくばつが悪そうな表情を浮かべている。


「少し話したいことがあって……」


「いつ聞けばいいかな?」


 恐らく今晩辺りに話したいことがあるのだろう……具体的には、両親には知られたくない二人だけのルールとかかな?


「今、聞いて欲しいな」


「別にいいけど……」


 あまりにも性急な言動に思わずたじろいだ。


容保かたもりくんって無理するよね」


「無理なんかしてないよ」


「顔合わせの時だって、今日だって家族のために……無理してるよね?」


 一瞬、言葉を選ぶように言い淀む。

 恐らく、『私達親子』か『おじさん』のためにが間に入る言葉だろう……事実、腰を含めた身体が痛いのも、店屋モノのご飯が食べたかったのも、今日ぐらい料理をしたくなかったのも本当だ。

 だが、それなら弁当でもよかった。ただ、『引っ越し業者を使わない代わりに美味いメシを食べる』という約束を、出来るだけ早く果させてやるのが両親のためだと思ったからだ。


「まぁそうだね。無理をしていないと言ったら嘘になる……」


「……」


「でも、俺が好きでやっていることだ。父さんが愛した女性のために……俺一人が我慢するだけで上手く回るのなら安いものだよ……」


「私、そういう考え方は嫌いよ」


「戸籍上は家族でも、俺達に血の繋がりも、共有した時間もない……だったら少しぐらい無理しないとニセモノはホンモノにはなれようがないよ」


「二人して無理するところとかそっくりね」


「え?」


「おじさんも似たようなことを言っていたわ、『菜月ちゃんは、おじさんのことをお義父さんって呼ばなくっていい。君のお母さんを通じて僕を見てくれればいい。そうだなこの関係に名前を付けるなら家族(仮)だな』って……」


父さん……そのソシャゲネタを菜月さん達にも言ったの? って言うか時系列的には俺に言ったのが後なんだけどね


「……だからね私達もお互いにお互いのことを知って義姉弟きょうだい(仮)になりましょう。そうね、先ずは一緒に遊ぶところから始めましょうか?」


 そう言って微笑んだ彼女の笑みは、聖母マリアさまのような慈愛に満ちたものだった。


 

☆ふと思ったんですが食事描写中の辛い(つらい)と辛い(からい)は扱いが難しいですね☆ ところで辛拉麺って…

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