第5話ギリの姉

 

 総合商業施設とは違い、ロータリーのあるようなちょっと高級なホテルには、軽自動車って似合わないものなんだなぁ……。

そんな逃避と共に、自分の服装について考えていると、開け放たれたドアから本日の主役の声がする。


「駐車場に車を止めてくるから少し待ってなさい」


「わかったよ。それにしても顔合わせで学ランってどうなのよ?」


「学生服っていうのはな万能なんだぞ、特に学生の間は冠婚葬祭全てに使え、失礼にもならない! しかも余分な追加費用も発生しない優秀な服装なんだ。」


「だったら、学帽被らないと正装ではないでしょ……」


 そう言うと、バタンと音を立ててドアを閉める。

 だが学ランに学帽と言って想起させられるのは、戦前か戦後すぐの漫画のキャラクターか最強の幽波紋スタンドを持つ不良少年ぐらいだ。

ぶるぶるとエンジン音を立て、走り去るのを確認してから俺は深い溜息を付く。


「はぁー」


 着古した学ランに身を包んだ俺は、ガックリと肩を落とす。


 新しい母親

 新しい家族かぁ。


 父親の手前、格好つけるような発言をしたものの、継母から「母さんだよ」なーんて言われても、心の中で引きつつ表面上「よろしくお願いします」と頭を下げる程度しかできない。

 

 ロビーを見渡せば、艶やかな洋服や和服に身を包んだご婦人達と、それをひきたてるおとなしめなスーツの紳士が散見される。なにかしらの「記念日」と思われる客がほとんどだ。


 よそ行きな服装の行き交うここの空気感は、庶民根性が染みついた俺にとって、まるで腐海の瘴気のように心と身体に深刻な継続ダメージをもたらす。


 ほんの少しの時間かもしれないが、非常に居心地がわるい。


「父さんには悪いけど、座って待たせてもらおう……しかし、場違い感が半端ないな……」


「そうですね。私も気遅れしてしまいそうです」


 独り言に対して予想外に返事が返ってくる。

振り返ると、白いワンピースの似合う長髪の女性がそこに居た。

 

 同じ位の年齢と思うが、全く見覚えなどない。

何故ならもし一回でも会っていれば、決して忘れられないレベルの美女だったからだ。


「君は……」


「あら、ごめんなさい。初めまして私は、鎌倉菜月かまくらなつき高須容保たかすかたもりくん、あなたの “義姉あね” になる者です」


 慎ましやかに微笑むその笑顔は正に “天女” のようだと形容したくなるほどで、少し古い表現になるが『マドンナ』や『学校一の美少女』と言われるレベルだ。


「鎌倉さんは……」


 すると、鎌倉さんはぴしゃりと言葉を遮った。


「 “鎌倉” では母と私、どちらの事か分かりませんよ?

それに母と小父さんが結婚すれば、鎌倉姓ではなくなります。

そしてなにより可愛くない “鎌倉” という苗字の響が好きではないのです。なのでここは折衷案として、『お義姉ちゃん』って呼んでもらえますか?」


どうしてそうなる?

悲報 俺氏、リアルで姉を名乗る不審者と遭遇する……


 なんだろうこの女性ヒトグイグイ距離を詰めてくるなぁ、いきなり『お義姉ちゃん』って。

「失礼だけど距離感がバグってますよ『お義姉ちゃん』」と言いたくなる。

あ、言ってもいいのか 本人承認済だし。



「……失礼ですけど生年月日は?」


「女性に年齢を訊くのは失礼でしょ?」


 フグみたいに頬をぷっくりと膨らませそうおっしゃる。

意外と器用だな、おい。

 それに年齢気にする歳じゃないでしょ? え、ないよね?


「年齢を気にする歳じゃないでしょ……それに姉を自称されても俺には確認のしようがないんですけど……」


「私は4月、君は5月って聞いてるけど……」


「なら菜月さんは続柄上、“義姉”で間違いなさそうですね……」


「納得したところで『両親』のためにも『お互い』のためにもそちらで、お話ししない?」


 どうやら俺に拒否権はなさそうだ。

 俺はまな板の上の鯉、借りて来た猫よろしく大人しく彼女の指示に従う。

 所詮男なんか女の手のひらの上でコロコロと転がせられるのが宿命なのだろう。

 ちくせう……


 彼女が指刺したのは、軽く休憩するためのラウンジの椅子。

見栄えのいいアンティーク調の家具が、学ラン姿の俺をよりノスタルジーな意味で際立たせる。 

まるでこの空間だけ、“大正” 時代のようだ。


「それはそうと、学ランが似合うのね」


「……堀の浅い芋っぽい顔でわるかったな」


「そんなことないわよ? 褒めてるんだけどなぁ……

 あ、もしかして女の子・・・にそう言われたことがあるの?」


 菜月さんの言葉は、治りかけの心の傷を抉るものだった。

 ぐうの音の出ない。


「ぐっ……そうだよ」


「その女、なんにも判ってないわね。

堀の浅い芋っぽい顔ってあっさりした塩っぽい垢ぬけてない顔ってことだけでしょ? それこそ塩でも醤油でもソースでも顔なんてある程度ベースがあればどうとでもなるものよ。

メイクや髪型、姿勢なんかで雰囲気イケメンになれるものよ。


 それに、私達の年で垢ぬけてないなんて当たり前じゃない、ばっかじゃないの! それより性格とか心情とかの方が重要だと思うわよ。」


 そう軽く毒づいた彼女の言葉に嘘はなそうだ。


(まぁ、一部麺の味の好みの様になっていたが)


 初対面の美人にこうあっさり論破されると、中学時代に植え付けれられたコンプレックスが、スゥーっと軽く溶けていった気さえした。

なんて性格イケメンなセリフだろうか!

とはいえ義姉となる彼女から、これ以上好意的な言葉を言われると、立場上俺が辛くなる。

 


「なんか、ありがとな……」


「え?」


「無理にでも褒めるようなこと言ってくれてありがたかった。

俺ってほらデブだし、顔だっていい方じゃないのに。

こんな気遣いができる菜月さん家族はきっと良い人なんだと思う、だから今更反対なんてしないから安心していいよ」


「そういう意味じゃないんだけどなぁ……」


「じゃぁどういう意味だったんだ?」


「私達の仲が悪いと互いの両親・・に“悪い”でしょ? 

だからお互いにどういう人間なのか理解できれば、仲良くできるかなって……もしそれが難しいなら、妥協点みたいなものを見いだせればなって……思っていただけ! 本当よ?」


「ごめん言い過ぎた。人間不信みたいだ……受験ストレスかな? 

言い訳に聞こえると思うけど、俺会いたくない女性ヒトがいて、生活圏を離すために本来の学力よりもムリして上の学校を受けたんだ……そのせいかもしれない」


 怒られる。そう覚悟していたのに、彼女から投げかけらた言葉は、予想を裏切るものだった。


「確かに過敏になりすぎてるわ……でも、“会いたくない”ていうマイナスな感情を、引きこもるでも非行に走るでもなく、バネにして大きく飛躍できたんじゃないの? すごいじゃない!

だったらそれは容保かたもりくんにとってはプラスの結果だよ……いつかその会いたくない人に会った時に『俺の方が凄いんだぞ』って言えるようになればいいんじゃない?」


 更なる彼女の言葉に、俺の今までの努力が報われた気がした。

今日初めて会った美人義姉に、本心から「ありがとう…」と思えた。




―――――――――――――――――――――――――――――

『あとがき』


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【小市民な悪役貴族によるスマート領地経営~悪の帝国の公爵家に転生した俺は相伝魔法【召喚魔法】で最強になる。やがて万魔の主と呼ばれる俺は、転生知識で領地を改革し破滅の未来を回避する~】

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