第9話 英雄の才

笹原の死から気が付けば半年が経っていた。 


笹原の死を報いる為。

柳の助けになる為。


寝る間を惜しんでまで軍部政権を崩壊させる方法を学ぶが。

全て無駄な努力だと思い知らされた。


もはや、やることはやりつくしていた。


そして何も出来ないと言うことだけが分かり憔悴した。


国立国会図書館から帰宅途中で、ふと公園に寄った。


公園に寄った理由は特にはない。



強いて言えば、少し休みたかったのだろう――。



ベンチに座って鞄を置く。


数分呆けていたが。

無為に過ぎる時の流れに焦りを抱き。

鞄から専門書を取り出した。


専門書を開いて無意識的に言葉が漏れる。

「……結局、僕には何も出来ないのか」 


半年に渡って調べ尽くした結果、分かったのは不可能と言う事だけだった。


始めは言葉を武器に戦えば良いと考えたが。

物事はそんなに簡単に行かない事が分かった。


数千の民衆が言葉を武器にガンジーの様に訴えたが。

装甲車で一掃された。


財政面から追い詰めれば良いと考えたが。

軍部は石油利権を独占しており。

資金面で政権が崩壊する事は不可能に等しいと分かった。


調べれば調べるほど、言葉を、思想を武器に戦う事なんて夢物語だった。


穴だらけの机上の空論を得意気に語り自己陶酔した。

かつての自分に無性に腹が立ち感情が抑えられなくなる。


「……っ、役に立たないんだよ! 理想も! 理念も! 理屈も! 全てが破綻している!」

八つ当たりに、読んでいた専門書を一心不乱に破り捨てる。

 破られたページは飛び散り。


 風に流される。


 周囲から見ると僕は狂人のように映るだろう。

 

 僕は無気力になり呆けていた。

 もう、諦めるしかないからだ。

 結局は何も出来ないんだと分かったのだから。

 

 虚空を見て呆けていると。

 

 一人の女性が飛び散った紙の残骸を拾って此方に来た。

「何が有ったのかは知らないが、ゴミを散乱するのは止めてくれないか」

「……すみません」


 女性の手に持っていた本の残骸を受け取り。

 乱暴に鞄の中に入れた。

 

 奇妙な女性だった。

 美人と言うより妖艶の美しさが有る女性だった。

 女性は僕の横に座った。

「ふむ。大学生か?」

 何事も無かったかのように話しかけに来る。


「……え、ええ」

「本の内容は軍国主義の解体か。卒業論文にでも悩んでいるのか?」

「違いますよ」


「なら、どういう意図だ? そんなに鬼気迫ってまで悩むなんて」

「貴女には関係有りません!」

「そうかい? 相談位は乗ってやるかと思ったのだがな。まあ、余計なお世話だったか」

 女性は立ち去ろうとしたら、子供が近寄って来た。

「まあ、待ちなよ。咲慧」


 咲慧は子供を見ると眼の瞳孔が開く。

「……なぜ、師が此処に」


「今日は星の巡り会わせが良いんだよ。だから、こんな遠くまでわざわざ来た。君まで此処いるとは予想外だったけどね。バガンスかい? ……まぁ、そんなことはどうでもいい。さて、お兄さん。少し占いをやってみないかい? 後悔はさせないよ」

 子供は風水で用いる様な羅盤を取り出して微笑んでいた。


 不気味な雰囲気を醸し出す子供であり。

 その眼は全てを見通しているように見えた。


 断ろうとしたが身体が動かなかった――。


 子供の蒼の眼に魅了されて身体が膠着していたからだ。

「……じゃあ聞くね」

 生年月日や氏名を聞かれた。

 何故か無意識的に答えている自分がいた。


「なるほど、なるほど。……うん面白い。実に面白い。君は人生の分岐点に立っている。平凡に生きる道と、英雄と共に生きる道だ」


「英雄と共に生きる?」

「君の近くに英雄的存在がいるはずだよ」

「……」

 脳内に柳の顔が写った。


「その人は革命の中心人物になるだろうね」

「ど、どうしてそれを!」


「だけど失敗する。あと一歩のとこで失敗するだろう。運命の歯車が噛み合っていない。成功するにはピース、欠片が足らない」

「な、何を言っているんですか!」


「ん? とぼけなくても良いよ。僕は全てを見通しているからね」

「そ、そんな出鱈目を信じれるはずがないだろ!」


「……藤堂篤。十代までは大きな病気もせずに真っ直ぐに育ったようだね。十五歳を境に腸の辺りで大病を患ったようだ……恐らく盲腸だね」


「なっ!」


「二十代には運命的な出会いをした女性がいるはずだ。年は君よりも四歳下だ。……女子高生だね。でも、君はこの出会いを断ち切った」

「そ、それは……」

 二年前にバイト先の女子高生に好意を持たれていた。

 しかしながら、大学生の自分が高校生と付き合うなんて考えられず、素っ気無い態度を取って断った過去があった。


「……一番重要なのは今年だ。君は英雄と出会った。本来出会うはずがなかった星が重なり出会ってしまったんだ。これにより君は選択権を得た」

「平凡に生きるか、英雄と共に生きるか……」

僕は無意識的に呟いてしまう。


「そう、その通りさ。もし、君が平凡に生きる選択肢を捨てると言うのなら、君に英雄の才を与えよう」

 子供の言葉を聞いて、咲慧は驚愕の声を荒げる。

「なっ! 何を言っているんだ!」

「使うには絶好の機会だと思わないかい?」

「ダメだ! あの才は人の手に負える才ではない!」


 咲慧は必死になって子供に反抗する。


 僕は言っている意味が分からずに呆けていると。

「咲慧。君の役目は何だい?」

「……っ」

 咲慧は唇を噛み締めて黙った。


「僕は、嘘は言わない。君が望むなら、君を英雄にしよう。君は歴史に名を残すことが出来るんだ。そう、君が望んでいた、平凡と言う生き方から逃れられるんだよ」


「ぼ、僕は……」

 様々な事が一気にフラッシュバックする。


 柳さんのこと。

 

 笹原さんのこと。

 

 その中で笹原さんの言葉が脳裏に浮かんだ。


〈理想に生きる為に何が必要なのか考えてみろ。そこに答えが必ず有る〉


 理想なんて高尚な物を持っている訳では無い。


 死を覚悟してまで進む強さも持っていない。


 だけど。


 何となく分かった気がした。


 なによりもひつようなのは。


 覚悟なんだと――。



 もう覚悟は決めた。


 もう逃げない――。


「その才を下さい!」

「うん。良い返事だ。……英雄の才を与える代わりに君の才を貰うが良いかい?」

「ええ」

「本当に良い返事だよ。ねえ、咲慧」


「……どうして師が、いや私までもが此処に招かれたのだ」

 咲慧は信じられない表情で呟いた。


「言ったでしょ。今日は星の巡りが良いんだって。これは決まっていた事なんだよ。今日、彼が英雄になることがね。そう、彼の不動たる信念が僕らを招いたのさ。歴史の変革に立ち会ったのは初めてだったかな?」


 歴史の変革と言う言葉を聞いて咲慧の瞳孔が開く。


「まさか、この青年!」


「ああ、そうさ。彼は時代に選ばれたんだ。故に、僕らに引き合わせた。その証拠に僕と君が此処にいる。これ以上の理由は必要かい?」

 咲慧は苦渋に満ちた表情になって師に反論する。


「いくら英雄の才に……いや、時代に認められたと言え、あの才は人が扱う領分を超越している!」


「それを決めるのは君じゃない。時代であり、人だ」

「だが!」


 少年は冷たい声で言い放つ。

「良いかい咲慧。僕らはあくまでも才を与える仲介人に過ぎない。その本来の任務を忘れてはいけないよ。それとも何かい? 咲慧の本来の役割を放棄するとでも言うのかい?」

「………」

咲慧は眼を瞑って、感情を殺して話しかける。

「青年。君が望むなら、君の才能と引き換えに英雄の才を授けよう」

 僕は無意識的に頷いていた。


 まるで何者かに動かされるかのように自然に。


 そう不自然に――。


「八十九代目、咲慧が赦す。我が求める才を銘記せよ」

 咲慧の眼の前に透明な本が現れた。


「……青年。眼を閉じたまえ」

 咲慧は透明な本を僕の頭の上に乗せた。


「……あぁぁぁぁあ」


 脳内に、身体に何かが入って来る。


 強大なデータが身体を塗り替えている様に感じた。


 そして。


 そのまま意識が途切れた。


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