第10話 才の開花


 目が覚めると。

 日は暮れており。

 夜間であった。


 急いで時計を確認すると。

 時刻は二十二時をまわっていた。

「……そう言えば、変な少年と女性に会ったような」


 記憶を思い出すと英雄の才と言うモノを渡されたことを思い出す。


「馬鹿馬鹿しい。一体何をしていたんだは」

 藤堂は鞄を持ち。

 帰宅しようとすると。

「きゃあぁぁ!」


 遠方に女性の悲鳴が聞こえた。

 その声は暴漢に襲われているような悲鳴で有り。

 考えるよりも先に悲鳴が聞こえた方へ走った。


 そこには女子高生が車の中に拉致されている光景が見えた。

 二十代の男性が三人であり。

 一人はナイフを所持している。


 普通なら警察に通報するか。

 誰かを呼んで数人がかりで止めるだろう。

  

 だが、そんな保身に走るよりも先に声が出ていた。


「止めろ!」

 鞄を放り投げて男にぶつけた。

「何だテメェ!」

 男共はナイフを取り出して威嚇してくる。


 藤堂は深く深呼吸して突撃した。


 男が振り抜いたナイフが腕に深く突き刺さる。


 ナイフは容赦なく引き抜かれ。

 腕からおびただしい出血が飛散する。


 男は得意気な顔で笑っているのを尻目に。

 無事な腕で女子高生の手を掴み。


 車から引きずりおろした。

「早く逃げろ! 後ろを振り向かず走れ!」

 女子高生を追いかけようとする男共を必死で止めながら叫んだ。

 

 女子高生が逃げて行き。


 追える距離でなくなると男共は俺を数発蹴り飛ばして車で逃げて行った。


 僅か数分の出来事であったが、数分で身体はボロボロになる。

 

 ナイフの切り傷が身体中にあり、出血が酷かった。


 だが致命傷と言う訳でもないため。

 立ち上がって近くの交番に向かう。


 向かう最中。

 遥か遠方から事故のような衝撃音が響き渡り。


 男たちの断末魔の声と。


 女の怨嗟の声のような呪縛めいた言霊が脳内に反響すると。


 藤堂の意識が途切れた。  


 目を覚ますと病室で横たわっていた。


 辺りを見ると両親や、助けた女の子や其の父親と思われる人物がいた。


 状況が読み込めず。

 頭を掻きながら上体を起こす。


「そんな深刻な顔をしてどうしたよ? まるで誰かが亡くなったみたいだな」

 軽く笑みを漏らして言うと。


 女の子の父親と思われる人が目の前に来て一礼する。

「君が暴漢から娘を助けてくれたようだね。感謝の仕様がない。……ありがとう」

 深く頭を下げたまま言う。

「いや、良いって。気にしないでくれ」


「いや、そう言う訳にはいかない。……これは気持ちだ。受け取ってくれるかな」

 高級そうなケースを渡された。

 中には数百万にも及ぶお金が入っていた。

 両親はその金額を見て口を開いているが。


 藤堂はそれに興味を持てなかった。

「……いらん」

「「えっ!」」


 両親が信じられない目をして藤堂を見る。

「足らないと言うのかね?」


「別に見返りが欲しくて助けたわけじゃない。その金は娘さんと旨い物でも食べといてくれ」

 手を伸ばして近くに置いてあった。

 見舞い用のリンゴを手に取って齧る。


「……君はお金に興味がないのか」

「そんな訳無いだろ。欲しい物は幾らでも有る。最新のゲーム機は欲しいし、読みたい漫画も沢山ある。旅行に行きたいし、旨い物もたらふく食べたい」


「ならどうして受け取らないんだ」

「金で得れる物は一時的な物だからさ。一瞬の満足で消え去る仮初の物にすぎん」

「…………」

「……でもそうだな、一つだけ欲しい物がある」

「それは何だね?」

 女の子に目線を変え。

「君からお礼の言葉が欲しい」

「えっ?」

 女の子は一瞬キョトンとした顔になってから。

「あ、ありがとうございます」

 深く頭を下げた。


「どういたしまして」

「……ふふふふ」

 女の子の父は含み笑いをした。

「何か変か?」

「ああ。随分と変わっている。金銭や物に対する執着心がここまで薄い人物に出会ったのは初めてだ。……私は君を気に入った。もし、何か困ったことが有るなら、私が力になろう」


 そう言ってから名刺を渡された。

 受け取って見てみると。

「……外務省副大臣、朝倉尚人」


「おや、驚かないのかい? 肩書きを見たら大抵の人は驚いているんだけどね」

「……貴方は外務省の人間なのか」

「ああ。そうだが」


 外務省と言う文字を見て、あの軍事国家について政府の意見を聞きたかった。

「貴方に聞きたいことが有る。個人では無く外務省の人間として」

 真面目な声で朝倉の眼を見つめながら言った。


 緊張感が相手にも伝わり。

 先程までの緩い雰囲気が一変する。


「……分かった。何が聞きたいのだ? 政府の人間として応対しよう」

 ネクタイを締め直して応対する。

「その前に、朝倉さん以外は外に出てくれないか? あまり人に聞かれたくない」

「えっ?」

 両親は眼を点にしたが。

 藤堂の真剣な目を見たため渋々としたがってくれた。

 部屋の中には朝倉と二人っきりになる。


「誰かに聞かれたく無い話なのかい?」


「ああ。特に両親にはね。………聞きたいことは一つだけだ。どうして政府は軍事国家であるあの国に対して過剰なまでにODA(政府開発援助)を融資するんだ」


「意外に真面目な話をするんだな。少し驚いた。……ふむ。それは民族紛争を治める為と民主化の促進だ」

「今直ぐ、このODAを停止して貰いたい。その国に訪れたが、政府は支援金を私腹を肥やす事と軍事産業の発達にしか使っていない。貴方達が資金を融資する所為で無用な死が促進されている」


「そう言う見解もある。だが、私達は彼らの良心を信じて」

「建前は止めにして貰えないか」

「……建前だと」


「本音は、この国の市場を他国よりも優位に入れて貰うためだろ。………この国は石油資源、水資源が豊富にある。今は目立っていないが、遠くない未来に世界から注目される市場になるのは目に見えている」

「……」


「だからアンタ達は先行投資として多額の資金を払っているんだ。民主化も民族紛争も解決方法が無い。そもそもアンタ達には興味が無い。興味が有るのは将来の市場だけだからな」

「これは手厳しいな。……よくそこまで調べた物だ。欲の無い聖人かと思ったが、少し思い違いをしていたようだ」


「で、答えを聞かせてくれ。政府の援助を止めるのか、止めないのかを」

「答えはNOだ。政府援助はこれからも続ける。それがこの国の為だ」

「……そうか。分かった」

 藤堂の力無い言葉が漏れる。


「……すまないな。これは立場上変えることが出来ない。だが、なぜ、そこまで拘る? 日本にいる我々には関係ない話だろう」


「少なくても俺には関係が有る話だ。身体が治り次第。民主化のデモを起こすために向かうからな」

「なっ! 正気か! 最近、日本人医師が殺されたのは知っているだろう!」

「ああ。よく知っているよ。俺の知り合いだからね」


「なら、尚更行かす事には賛成できん! 今は渡航禁止処置が取られている状態だ!」

「法的拘束力は無い」

「……君は死んでも良いのか?」


「ああ。もし、俺の命一つ程度で解決する問題ならな」

「……なるほど。両親を外に出した理由はそれだったのか」

「俺は柳さんを助け。軍事国家を解体すると決めたんだ」


「柳? あの国には、もう日本人はいないはずだが。日本人は退去勧告が出されたからね」

「いますよ。犠牲になった笹原さんの親友が」

「……ん? まて、柳だと。…………まさか柳宗一郎のことか」

「ええ」


「なぜ君が彼と知り合いなんだ。……まさか君も」

「何ですか?」

「……いや、深入りは止そう。私が関わって良い案件では無いからね」


 朝倉が言いたい意味が分からなかったが、どうやら柳の名前は外務省には知られている様だった。


「首相に報告すべきことが出来た。退席させて貰う」

 朝倉は立ち上がり部屋を出て行こうとドアノブに手を当ててから。


「親の立場から言わせて貰うが、今から君がしようとしている事は大変な親不孝だよ。自らの命を軽んじすぎている。……娘を助けて貰った事は感謝している。失礼」


 そういってドアが閉められた。


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