第8話 理想に溺れし者

 様々な人生経験を踏まえて帰国した。


 家に帰ると、両親に顔つきが別人のように変わったと言われた。


 僕は自分が出来る事を探すために、パソコンや図書館で自分でも出来る事を必死に探した。小さな善でも良い。何か人の役に立つ人間になろうと思ったのだ。


 平凡に生きながらも、非凡に生きる事に決めたのだ。


 そう、それが僕の見つけた一つの道なのだから。


 柳や笹原には及ばないが、小さなことをコツコツやっていこう。

 

 そう思った矢先――。

 

 一つにニュースが日本中を騒然とさせた。

 

 軍事国家で日本人医師が殺害されると言うニュースが流れた。

 その国は、僕が三日前まで滞在していた国であり嫌な予感が身体中に過った。

 

 テレビに名前と写真が映し出される。

「被害者は、笹原健一さん。繰り返します、笹原健一さんです」

 ニュースキャスターが笹原の名前を言った時に鳥肌が立った。

「ど、どうして!」

 テレビに向けて叫ぶ。

 

 あれほどの理想に燃え。

 信念に生きていた人が死んだなんか信じられなかった。

 僕は急いで携帯を取り出して柳に電話を掛けた。

 

 嘘だと思いたかったからだ。

 

 コール音が数度なると。

「……はい」

 柳は重い声で返答する。


「さ、笹原さんは本当に亡くなったんですか」

 僕は声が振るえながら問う。

「ああ。死んだよ。……死んじまったよ」

 その声は自嘲するかのような声だった。


「ど、どうしてですか?」

「俺が足りなくなった薬品を町に買いに出かけている間、この村に軍部が攻撃してきた。アイツは診療所で患者を庇う形で瀕死の重体を負っていたよ」

「なっ!」


「俺が駆けつけた際には虫の息だった。アイツは最後に何て言ったと思う? 俺に対して恨み言の一つや二つを言うと思っていたんだ。……そう、そう言ってくれた方が楽だったんだよ!」

「……」


「あいつは俺の眼を見ながら言ったんだよ。――らしくないな。お前に泣いている顔は似合わない。……泣くな、お前の所為じゃない。もし、自責の念に堪えれないのなら、笑え。笑っていれば嫌な事も忘れられる。そうだろ?」

 柳は泣き声で話し続ける。


「そう言って絶命したよ。……俺は、この国を変える。親友が殺されて黙っていられる程、器用な生き方は出来ない」


「な、何をする気なのですか?」

 僕は声を震えながら尋ねた。柳がしようと思っていることは確実に一国の歴史を変えるほどの出来事であると本能的に感じたからだ。


「軍部政権を崩壊させ民主主義にする。それが、アイツに対して俺ができる唯一の弔いだ。そこまでしないと、俺は俺自身を赦せない!」

 柳の覚悟が声から聞こえてくる。


「で、できるのですか」

「出来る、出来ないではない! するんだよ! そうでなければアイツは報われない! 俺はアイツの死を無駄なモノにしたくないんだよ!」

「……!」


「……悪いな感情的になって。君には関係ない話だ。切るぞ」

 そう言って電話が切れた。


 僕は放心状態で膠着していた。

 僕は何も出来ないと思ったからだ。


 僕みたいな凡人が何の手助けをできるのだろか? 

 助けに行っても邪魔になるだけだ。

 

 数分後に、平凡な自分には何も出来ないと結論が下された。


 そうだ、平凡な僕には何も出来ない。

 だから仕方がない。


 自分の中で一つの結論を出しかけた際。


 鏡に映った自分の表情を見てしまい固まってしまう。


 鏡に映ったのは安堵している表情だったからだ――。


 平凡を何よりも憎んでいたのに、気付けば何よりも平凡になろうと必死な自分がいることが映し出されており。


「あああああぁぁぁあぁぁ!」


 自分の弱さ、自分の醜さを直視してしまい声にならない悲鳴を上げてしまう。


「違う! 違うんだ! 僕は、僕は……」

 両手を頭に抱えて必死に掻き毟り。

 誰かに対して必死に弁明しようと試みるが、その全ての弁明は自己保身に走るために言い訳に過ぎないと気付いてしまい。


「…………」

言葉が続かなかった。


そんな自分があまりにも不甲斐なく。


あまりにも情けなくて涙が溢れる。 


「僕は卑怯だ。都合の良い時だけ平凡に生きようとしている! 卑怯で臆病な根性無しだ!」

 情けなさから一層涙が溢れる。


「こんなんじゃ前と何も変わりやしない! 変わらなきゃいけないのに! 何も変わっちゃいないじゃないか!」

 終わらぬ自己批判を永遠に繰り返していた。


 時間がどれだけ過ぎただろう。


 暗闇から太陽が現れてきた。

 

 半日にも及ぶ。

 自己批判により思考が回っておらず時の流れが早く感じる。


 放心状態で周囲を一瞥すると本棚の前に段ボールが数箱置かれていた。


 そこには大学の教材が入っており古本屋に売りに行く予定の本があった。

 ダンボールを眺めていると。


 とある授業内容が頭に過った――。

 

 その授業内容は軍事国家の崩壊についてだった。

 

 それを思い出すと無意識的に目が開き。

 段ボールを乱暴に開け。

 一心不乱に読み始める。


 そこには様々の軍事国家の崩壊について詳しく書かれていた。


 必死になって読み進めるが、肝心な部分が書かれていなかった。


 どのようにして瓦解させたかについてだ。


 抽象論ばかり書かれ。


 役に立たない説が数個羅列されているだけで有り。


 この内容をそのまま活用できるとは到底思えなかった。


 僕は鞄を持って大学へ急いだ。


 大学に行くと一目散に大学図書館に向かい。

 軍部政権に関係する書物を読み耽った。


 数冊読んだ程度で図書館は閉館の時間になり。


 借りれるだけ本を借りて家に帰って読み耽る。


 三カ月もすると大学図書館に置かれていた軍部政権に関する専門書を読み終えた。


 そして、ノートに纏めてこれらを活用できるか必死になって考えるが。


 どれらの専門書にも具体的な案はなく。


 全て抽象的であり。


 そのまま活かせられるとは決して思えなかった。


 そのため更なる知識を得ようと国立国会図書館に通って更に深く学んだ。


 膨大な時間をかけ数百冊、千冊を超える数多の専門書を読み込んだ結果。 



 理論や理屈を学んでも意味がない事に気付いてしまう。


 いや、違う。


 気付いてしまった――。

 

 革命や時代の変化には必ず英雄と呼ばれる役割の人物が現れて時代を動かす――。

 

 そして全ての理論や理屈は。


 この英雄の行動を補佐している補助的な役割に過ぎないのだと気付いてしまった。


  英雄がいない。

 あの軍事国家ではどれだけ理論や理屈を学んで活かそうとしても無駄であると分かってしまう。


 だが、それでも諦めるわけにはいかない。


 英雄がいなくても使える理論が有るはずだと信じ。

 必死になって古今東西の書物を読み耽る。


 此処で立ち止まっては、初めて僕が自分の力で自分の考えで手に入れた信念を捨て去ることに繋がるのだから――。

 

 そのため必死になって必死になって必死になって必死に………。


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