第6話 理想を抱きし者
柳の独白に僕は恐る恐る尋ねてしまう
「こ、後悔していますか?」
「いや。後悔はしていない。仮に殺さなければ被害は増えていた。出来るだけ不殺は心がけているが、そんなモノは戦闘が終わった後だ。戦闘中はそんな雑念が入る余地はない。殺らなきゃ、殺られるからだ」
柳は煙草を見ながら唱えた。
それには後悔は見られなかった。
柳は自嘲めいた溜息を吐いて続ける。
「初めて、初めて人を殺した際に、思った事は何だと思う?」
「……罪悪感ですか?」
「いいや、違う。優越感だ。殺した奴よりも優れていると言う、優越感が一瞬、身体中に駆け巡るんだよ。そして、その直後に罪悪感に襲われる。如何なる理由があろうが、人を殺して良い道理はないからね。……時間が経ち落ち着くと、一瞬でも優越感を感じた自分の深層心理が恐ろしくなるんだよ。本心では殺戮を楽しんでいるかもしれない――。そんな自分がいるとね」
「……」
柳の経験談は生々しくて、少し気持ち悪くなった。
「……すまないな。寝る前に話す内容でもなかった。そろそろ寝させて貰うよ」
柳は煙草の火を消し。
ソファーに横になって寝始めた。
僕はベッドの上に横になり、窓から外の景色を眺める。
月が薄気味悪く町を照らしていた。
今日の一日は大学で学んだ数年よりも濃く。
まるで映画を見ているような感覚であった。
この一日を振り返ってみると様々なことが有った。
その中でも印象的なのは。
柳との出会いだろう。
彼と話していると分かったのは矛盾に入り混じった感情だった。
正義を何よりも信仰しているが。
正義を誰よりも疑っているのだ。
遅かれ早かれ。
彼の心は砕け散るだろうと感じた。
遠くない未来。
世界の悪意に押し潰され廃人の様になるだろう。
彼の思い描く理想と世界の悪意が比例していないからだ。
理想に偏った天秤は。
膨大な世界の悪意により踏みにじられ。
彼の心を破砕するだろう――。
朝日が差し込み起床すると。
柳はソファーで本を読んでいた。
「おや、起きたかい」
「ええ。おはようございます」
眠たい瞼を擦って目を覚ます。
「もう十一時だ。寝過ぎだよ」
「えっ! ああ、本当だ」
寝たのは深夜三時だから、八時間は眠っていた計算になる。
「さて、今日の予定はどうする?」
「……柳さんは、どうするのですか?」
「住んでいる遠方の村に戻る予定だが」
「遠方の村ですか?」
「ああ。軍により追いやられた少数民族の村に住んでいる」
「僕も行っても良いですか?」
「ダメだ。昨夜も言っただろう、危険だと」
危険だと言う言葉を聞いて、余計に行きたくなってしまう。
其処に行けば何かが掴めるかもしれないと感じたからだ。
「この国に来たのは自分の価値観を確かめに来たのです。この国の現状も知らないまま帰っては何の意味も有りません」
僕は柳の眼を真剣に見て言った。
その真剣な眼を見た柳は読んでいた本を片手で力強く閉め。
冷たい目で言う。
「では聞くが、死ぬ覚悟はできているんだね」
「……そんな覚悟は有りません。でも死なない覚悟は有ります」
僕は迷わずに返答した。
「……」
柳は数秒固まった後。
「……はっ、ははは!」
柳は心底面白そうに笑う。まるで頓珍漢な回答を聞いたかのように。
「何か変な事を言いましたか?」
「いや、予想外の回答が返ってきたのでね。少し笑ってしまったよ。失礼」
柳が笑った意味が分からずに首を傾げていると。
「実はね。どちらを答えても連れて行く気はなかったんだよ」
「えっ?」
「死ぬ覚悟を持つ者を連れて行けないし、好奇心で行く者も連れて行けない。……死なない覚悟か、うん、面白い回答だな」
柳は荷物を纏め始めた。
「着いて行っても良いのですか?」
「ああ。その代わり何が有っても責任は取れないけどね。まあ、遺骨ぐらいは拾ってあげるよ」
「怖い事を言わないで下さいよ」
僕は荷物を纏めて柳の後に付いて行く。
目的の村にはバスで行くようで。
開放感に溢れた古びたバスに乗り。
整地されていない砂利道を進んで行く。
車輪に石が当たるとバスが少し傾き。
不安定な動きを見せながら進んでいた。
一時間ほど過ぎると目的地に着いたようで。
柳の後を追うように降りた。
バスから降りると古びた村が見える。
「此処が柳さんの住んでいる村ですか?」
「いいや、違うよ。ここから二,三時間歩いた先が目的の村だ」
「えっ? ここじゃないのですか!」
「当たり前だろ。軍に追いやられているんだから、バスで行ける距離にある訳ないだろう」
柳は背筋を伸ばしてから。
「さて、歩くぞぉ!」
元気よく言うが、二,三時間も歩くとは思っていなかった為に軽く後悔した。
普段運動していない為。
三十分も過ぎると柳と歩幅を合わすのが難しくなる。
柳はサッカーボールの材料などの大量の荷物を持っているにも関わらず平然と歩いており、何処にそんなにも体力があるのかと思った。
一時間ほど歩いていると、数多くの燃え尽きた民家が見えた。
「……柳さん、此処は?」
「此処は軍に制圧された先住民族の住家だよ」
燃え尽きた後を見る限り、凄惨な戦いが有ったのだろう。
「さて、此処まで来たら、あともう少しだ」
「まだ歩くのですね」
そこから数時間かけて目的の村が見えて来た。
村には活気がなく。
簡易で造られた家が並んでいた。
「さて、ここの族長に挨拶しに行こうか」
柳は慣れたように、村の奥部に造られた家に向かった。
この一軒だけ丁寧に造られており、偉い人が住んでいるのだと察する。
村長の家に入り、簡易な挨拶を済ました。
柳が話を取り持ってくれたために、僕は愛想笑いしているだけで良かった。
数分の会話で僕の紹介も終わり、自由に過ごしても良い許可を頂く。
外に出ると柳に尋ねる。
「ここって、どう言う人が住んでいるのですか?」
「軍部に追いやられた人たちだよ。避難民と言った方が分かりやすいかな? この村には五百人ほどいるよ」
柳は荷物を持って、子供たちが沢山いる広場に向かった。
そこでは子供たちが遊んでいた。
「此処が子供たちの遊び場みたいな物だな」
柳は持っていたサッカーボールの材料を持って。
子供たちに渡しに行った。
子供たちは微笑んで受け取り。
必死になって作ろうと勤しんでいる。
作り方が下手な子供にアドバイスをしており。
柳の周囲には子供が集まっていた。
僕は何も出来ないため、遠目で眺めていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「おっ、君が柳の言っていた変り者の大学生だな」
白衣を着た若い日本人の男性に話しかけられた。
「え、ええ。貴方は?」
「私は、医師の笹原健一だ。よろしくな」
笹原はフランクに手を差し出して握手を求める。
「い、医師ですか!」
「一応な」
「ど、どうしてこんな辺境に」
「柳の奴に呼ばれたんだよ。この地域の感染症が酷いから手伝ってくれだとよ。全く、こっちの事情も聴かずに酷いもんさ」
笹原は僕の隣に腰を下ろして座った。
「柳さんの親友ですか?」
「そんな良いもんじゃない。高校時代の腐れ縁だ」
「腐れ縁ですか」
「ああ。高校時代はよく喧嘩してたからな」
「や、柳さんと喧嘩してたんですか!」
「そりゃあ勿論。俺と柳の性格は真逆だからな」
「意外な過去ですね。でも、どうして仲良くなったのですか?」
「結果的に言えば、生徒会長の所為か?」
笹原は納得いかなさそうに言う。
「へえ、良い生徒会長じゃないですか」
「いや、全然良くない! 生徒会長とは名ばかりの性格破綻者だ! あの鬼畜の所為で、俺と柳がどれだけ苦しめさせられたか! ああ、思い出したくない」
笹原は嫌な汗を額に流していた。
「そ、そんなに酷いのですか」
「ああ、酷かった。喧嘩が始まると止めるのではなく。寧ろ、盛り上げる。そして笑顔で精神攻撃をしかけてくる畜生だ」
「せ、精神攻撃?」
「柳に対しては確か。……その髪型似合ってないのに、ワックスしてるのはどうしてだい? まさか似合っているとでも思っているのかい? カ、カッコいいねえ。明日、真似してみるね、犬が。とか。メールアドレスが厨二臭いんだけど。まさかカッコイイとでも思っているのかい? 直訳すると、運命は僕の手で決める。君が決めているのは、運命じゃなくてメールアドレスだよ。などと精神攻撃を加えられ、喧嘩どころではなくなる。周囲のギャラリーは大爆笑しており、もはや見世物だ」
「笹原さんは何て言われたんですか?」
「忘れたな。と言うか聞くな」
「なら、私が代わりに言ってやろうか」
「なっ! 柳、いつの間に」
「お前が、楽しそうに私の悪口を言っているところから聞いていたよ」
「あれは生徒会長が言った内容だ!」
「なら、私も生徒会長が言った内容を篤君に教えよう。こいつの方が酷いぞ! 告白する際に、自作のポエムで告白したんだぞ! あまりの痛さに、女子が泣きながら逃げて行ったと有名だ!」
「柳ィ! 俺の黒歴史を晒すな!」
「先に言ったのは貴様だろうが!」
柳と笹原は互いの胸倉を掴んで罵り合っていた。
僕は仲が良いと思って自然と笑みが漏れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます