第4話 絶対的な正義
公園前に着くと今朝の少女がいた。
「さて、断って来なさい」
「はい」
僕は少女の所に行き。
柳に軽く学んだ現地語で断ろうとした。
だが、少女は粘り、なかなか納得してくれない。
言語の壁により意志疎通もままならずにもたついていたら、柳が手助けに来た。
「…………」
「…………!」
柳の説得に少女は驚いた顔をしていた。
そして少女は僕に同情するような目を見せてから立ち去った。
「ありがとうございます。でも、直ぐに納得してくれましたね。何を言ったのですか?」
「ああ。彼はモテないがあまり男性しか愛せなくなった男だ。悪いが女性はNGだ。と言っておいたぞ」
「事実無根ですよ! さっきの内容、根に持っていたのですか」
「そんな事は無いよ。私の心は水溜りよりも浅いからね」
「水溜りって、殆ど底見えてるじゃないですか! 浅っ、心狭っ!」
くだらない話をしていると柳の携帯に電話が掛かって来た。
柳は電話に出ると少し深刻な表情をしてから直ぐに電話を切った。
「……さて、馬鹿話も此処までだ。今日は、君が泊まっている宿で泊まらして貰おうかな」
「えっ? 急にどうしてですか?」
「戒厳令が出されたようだ。今日、この町から出ることは得策ではない」
「戒厳令?」
「要するに、軍部による他民族、レジスタンスの監視だ。軍人が行進を開始したと報告が有ったからね。………こういう日は、あまり目立たないのが一番だ。さあ、君が借りている宿まで送ろうか。私も、そこで部屋を借りるとしよう」
「分かりました」
***
宿に着くと柳は部屋を借りようとしていた。
色々お世話になった恩がある為。
自分が借りている部屋に泊まるように勧める。
初めは遠慮して断っていたが、僕に根負けしたのか納得してくれた。
「それでは、お言葉に甘えてくつろがさせて貰うよ」
「ええ。どうぞ」
少し大きめの部屋を借りたのが幸いし、二人でも十分寝泊まりできる部屋であった。
柳はソファーに横たわり背筋を伸ばしていた。
「柳さんは、いつからこの国に滞在してるのですか?」
「三ヵ月、ぐらいかな?」
「意外と短いですね。もっと滞在しているイメージがあったのに。いつ頃、帰国するのですか?」
「……分からない。だが、答えが見つかるまで戻るつもりはない」
「答えって、正義についてですか?」
「ああ。その通りだ」
「でも、どうして、そこまで正義に拘るのですか?」
柳は話すことに躊躇したように見えたが、溜息交じりに話し始めた。
「……出張先でね。子供の万引きを目撃したことがあったんだよ。そこは治安が悪い国で、窃盗は当然、殺人も当然の国でね。治安の面だけで言えば、この国よりも酷かった」
「万引きを見たのですか」
「盗んだものは何だったと思う?」
「食糧ですか?」
「いいや、薬だ。何でも、病気の妹を救うために薬を万引きしたんだよ。話を聞くと両親は野盗に襲われて殺され、窃盗をして妹と生き長らえていると聞き、私は何も言えなかった。窃盗とは罪だ。だが、私には彼を叱る資格はなかった。私が呆然としていると店主が追いつき。無防備な少年の頭を銃弾で数度打ち抜いた。……敦君、その国の警察は、この店主をどう処理したと思う」
「……」
「死亡した少年が銃で威嚇したと偽装し。店主を無罪放免にした。そして、死に絶えた少年の遺骸を蹴り飛ばし。ごみの様に処理をした」
僕はその光景が鮮明に思い描いてしまい。
言葉が出なかった。
「私は昔から絶対的な正義はあると思っていた。……だが、そんな物は無いかもしれないと揺らいでしまったんだ。それからかな、過去の文献や世界の情勢を必死に調べ始めたんだ。絶対的な正義と言うモノを探すために必死になって調べた。……だが、そんな物はどこにも無かった。世界の真実を見るにしたがい、自分が信じていたモノが如何に虚像で作られたモノだったのかを思い知らされたよ。紛争、戦争、弾圧、粛清、あらゆる人間の悪意を調べ尽くして分かったことがある。――そこには善は無かった。あるのは人の咎、そして大罪だけだった」
柳の眼は虚空を見ながら続ける。
「……治安情勢が悪い国を巡っているのは、それでも人を信じたいからだ。人間には損得を越えたモノがあることを確認する為に私は世界を巡っているんだよ」
柳は煙草に火を灯して物寂しそうな目で外を見ていた。
「……」
僕は何も言えなかった。
僕と柳では人生経験も知識も劣っているため。
かける言葉が浮かばなかったからだ。
「まあ、辛気臭い話はこれぐらいにしておこうかな」
柳はいつものような柔和な笑みを見せると。
胸ポケットからトランプを取り出した。
「気分転換にゲームでもしてみないかい?」
「トランプですか?」
「ポーカーは知っているかい?」
「ええ、勿論」
「普通にしてもマンネリするだろうし、負けた方が相手の質問に答えると言うのはどうだい?」
「面白そうですね。良いですよ」
「OK、なら始めようか」
柳はトランプをシャッフルして5枚配った。
いきなりツーペアであり、このまま勝負に挑む。
「おや、変えなくても良いのかい?」
「ええ。良いですよ」
「なら、勝負だ」
「ツーペアです!」
僕は勢いよく言うと。
柳は微笑みながら。
「フルハウスだよ」
「なっ!」
「初戦は私の勝ちだね。では、何を聞こうかな? ……そうだ、今迄に女性に告白した事はあるかい?」
「あ、ありませんよ」
「おや、嘘はダメだよ。私は嘘を見抜くのは得意だからね」
「うっ。……一度だけ有ります」
「おや、何と言って断られたのだい?」
「どうしてフラれるのが前提なのですか!」
「なんとなく、と言うかフラれなきゃ面白くない」
「し、質問は一つだけです。次に負けたら答えますよ」
「それもそうだな。なら、次の勝負だ」
次の勝負では柳に勝つことに成功した。
「勝った! なら、僕からの質問です。告白した事は有りますか!」
「無いよ。告白されたことなら数え切れないほどあるけどね。机に毎週ラブレターが入っていて断るのに苦労したもんだよ」
「……自慢ですか」
「君が聞いたんだろ。さて次の勝負だ」
次の勝負は柳が勝った。
「さて、続きの質問だ。君は何と言われてフラれたんだい? 生理的に無理とか?」
「生理的に無理とか、好きな子に言われたらトラウマものですよ。……友達の関係でいようと言われました」
「なるほど、眼中にも無い時に言われる言葉だな。まあ、その後に、クラス中にフラれたと広まり、肩身の狭い高校生活を送ったと見える」
「こ、心の古傷を抉らないで下さいよ! 次の勝負行きますよ!」
そんなこんなで暫くトランプをしていた。
時刻は深夜二時になり、眠りのピークがやってくる。
「少し眠たくなってきたから、これで最後にしようか」
「ええ。最後は負けませんよ」
柳がカードを配り、最後の勝負に挑む。
手札を見てみると、そこには信じられない手札が揃っていた。
「ロ、ロイヤルストレートフラッシュ! 勝ったァ!」
机に自分の手札を置くと。
「おや、奇遇だね。私もだよ」
柳も手札を机の上に置いた。
そこにはマークこそ違うがロイヤルストレートフラッシュだった。
「えっ?」
「では、引き分けだな」
柳は欠伸をしながら背筋を伸ばす。
普通なら初手でロイヤルストレートフラッシュが揃うのは非常に珍しい。
しかも同時になると、それこそ奇跡だ。
興奮が収まらずに眼が冴えて来るのに、柳は関心無さそうに欠伸をしていた。
「柳さん、これって凄いですよ」
「うん凄いねえ。凄く驚いた。感動したよ」
明らかに適当に言っている。
「さあ、どうする。引き分けだし、もう一勝負するかい?」
「いえ。……勝負とは関係なく最後にお互いに質問すると言うのはどうでしょうか?」
「おっ、良いねえ。じゃあ、私から質問してもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
「……この質問だけ本心で答えてくれるかな?」
柳は真剣な目をして言う。
まるで今迄の質問や態度は、この質問をする為の下準備の様に感じた。
「え、ええ」
少し気圧されながら答えた。
「国を変える為に、政府を打倒することは正当化されると思うかい?」
柳は目が座ったまま、そう問いかけた。
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