第2話 異国の出会い

 軍事国家に着くとキャリーバッグを引っ張って空港から出た。

 

 町は意外と活気があり国民が生き生きしている姿に少し驚かされた。


 荷物を宿泊施設の中に置き。

 町中を軽く歩いたが平穏であり此処が独裁国家とは思えなかった。

 

 路傍にある商店は、活気が溢れており親しげな笑みで客寄せを行なう。


 平和な状況に安堵して、そこら辺を物珍しそうに見ていると。


 一人の少女に声を掛けられた。

 

 小奇麗な印象を与える十代の少女だった。


 聞き慣れない異国の言葉に必死になって耳を傾けるが聞き取れない。

 そのためジェスチャーで判断した。


 少女はどうやら、露店の客引きであることが分かる。

 一つ五十円程度のこの国の特産品を売っていたのだ。


 小腹が空いていたために、その娘の販売している店に着いて行き。


 唐揚げの様な物を買うことにした。

 

 買い物を済ませて早速食べてみると。

 脂っこく独特の食感がする。

 だが不味くはなかったため軽く食べ終え。

 違う所に行こうとしたら少女から一枚の紙を渡された。

 

 中身を見るが全く理解できない文字が書かれていた。


 英語ではなく、この国の言葉であるために翻訳するまで時間はかかるだろう。


 少女が意図する意味が分からないため適当に愛想笑いして別れた。


 町を軽く探索していると日が暮れ始め。


 夜道、出歩くことに直感的な危機感を抱き。

 宿泊施設に戻ることに決めた。


 慣れない地図を見ながら宿泊施設に戻ろうとすると。

 不幸にもガタイの良い軍人とぶつかってしまう。


 腰には物騒な銃を掲げており、初めて見る銃に寒気がよぎる。

「ソ、ソーリー!」


 僕は必死になって簡易な英語で謝罪するが、軍人は険しい顔で何か怒鳴っている。


 だが、何と言っているか聞き取れなかった。

 軍人は言語が通じない事に苛立ちを覚えたのか、胸倉を掴んで僕を持ち上げた。

 

 軍人は拳を握っており、殴られると思った矢先。

 

 一人の東洋人らしき若き男性が軍人に話しかけに来た。

 

 男性は親しみやすい笑みを見せながら。 

 ポケットから数枚の紙幣を軍人のポケットの中に入れると、軍人は僕に興味がなくなったようで手を放して立ち去った。


 あまりの光景に呆けていると、助けてくれた男性に声を掛けられる。

「おいおい。この国の言葉も喋れないで、こんな物騒な国に来るとは感心しないな」


 男性は呆れるような声で言った。

 聞き慣れた言語を久しぶりに聞けて自然と涙が漏れる。

 

 この男性は日本語で僕に語り掛けたからだ。


「あ、ありがとうございます!」

「感謝は良いから、さっさと立ち去るぞ。軍に目を付けられたら面倒だ。着いてこい」

 数分間、男性に着いて行くと喫茶店に入るように促され。

 一緒に店内に入った。

 

 男性は奥にある座席に座る。

 僕は男性に向かい合うように座った。


「さて、何か頼むかい?」

「え? は、はい……」

「私のお勧めとしては、この魚料理がオススメだな。この国の食べ物にしては、珍しく脂っこくない。二十代過ぎたら油料理は健康の天敵だよ」

 男性は親しみやすい笑みを覗かせながら世間話をする。


「は、はあ」

 愛想笑いしながら頷くと。

 男性は店員を呼んで注文を簡潔に済ませた。


「さて、少しだけ言いたいことがあるんだが」

「な、何でしょうか?」

「見たところ大学生のようだね。どうして、こんな危険な国に来たのだい?」


「そ、それは……」

「悪い事は言わない。さっさと日本に帰りなさい。ここは面白半分で来て良い場所ではない。さっきだって、私が手助けしなければ君は痛い目にあっていたんだよ」

 男性は深刻な顔で言った。

 それほど、先程の状況は危険だったのだろう。

 

 だが、僕は僕なりの目的が有って来た為、ここで安易に帰るとも言えなかった。


「ふむ。その表情から察するに興味本位で来た訳ではないみたいだね。なら、何か目的があって来たのかい?」

「……はい」

「良ければ聞かせて貰えないかな? もし滞在するに値するなら何も言わない」

 男性は僕の滞在理由に少なからず興味を持っているようだった。


 僕は正直に答えることにした。

 この男性には生半端な嘘は通じないと本能的に察したためだ。


「平凡とは、平凡とは何かを知るためです」

「……はぁ?」

 男性は面を食らった顔をしていた。


 あまりにも突飛な返答に男性は面白い顔で固まっていた。

 そして数秒経った後。


「…………はっははははははは!」

 腹を抱えて大苦笑していた。


「わ、笑わないで下さいよ」

「いや、失礼。実に面白い回答だ。まさか、こんな辺境の地に来て、平凡と言うモノを確かめに来るとは恐れ入った」

 男性は眼から出て来る涙を救ってから言う。


「そんなに変な事を言いましたか」

「ああ、変だ。常道を逸している回答だ。君は馬鹿だな。うん、馬鹿に違いない。こんな危険な場所まで来て、そんなモノを確かめに来るとは、馬鹿は馬鹿でも大馬鹿者だな」

 男は愉快そうに軽く拍手していた。


「……失礼な人ですね」

「悪い、悪い。気分を害したなら謝ろう。すまないな」

「笑いながら謝られても、説得力ありませんよ」


 男性は胸ポケットから煙草を取り出して口に咥える。

「君も吸うかい?」

「いえ。煙草は吸わないので」

「おや、健康的だね。感心、感心」


 そう言ってから、煙草に火を灯して軽く吸う。

 そして、ゆっくりと煙を吐き出すと。

 吐露するように男性は言った。


「実はね、私も君と似たような理由でこの国に訪れているんだ。……私は正義とは何かを問うために治安の悪い国を巡っているんだよ」

「正義、ですか?」

「今迄信じていた自分の価値観に疑問を抱いてね。実際に自分の目で世界を見たいと思ってしまたんだ」

 男性は遠い目でそう言った。


「……答えは見つかりましたか?」

「いいや。知れば知るほど正義とは存在しないと思い知らされた。……人間と言うのは悪意の塊だと嫌と言うほど見せつけられたよ」

 男性は吸っていた煙草を乱暴に握り潰し、殺気を帯びた冷たい目を覗かせ。


「人の本質とは人を踏みにじる事なのかもしれないね」

 冷徹な顔つきで言った。


 その表情からは感情の類が一切見えず。

 人間に対しての嫌悪や憎悪を感じ取ったが、男性の声色からは反対に慈愛や恋慕を感じ取り、男性の複雑に入り組んだ内面が一瞬垣間見えた。


 男性は、その数秒後に顔が険しくなり。

「熱ぅ! カッコつけて煙草握りつぶしたけど凄く熱い! み、水!」

 コップの水を右手に流し込んで鎮火した。


「……思ったより馬鹿なんですね」

「ほっとけ」

 軽く談笑していると料理が運ばれて来た。

 鯛のような魚が油で揚げられただけの料理だ。


 魚の骨も一切取り除いておらず、ダイナミックな見た目である。

「さて、食べようかな」

 男性はナイフとスプーンで食べ始めた。


「あの名前を聞いても良いですか?」

「ん? 私の名前かい? 柳宗一郎と言う。君は?」

「藤堂篤です」


「では、これから篤君とでも呼ぼうかな。私の事は好きに呼んでくれ」

「なら、柳さんで」

「堅苦しいな。柳で良いよ」

 柳は食べながら器用に話す。


 食べながら話すと言う事に慣れていないため、もたつきながら食べ始めた。

「そういや、篤君は大学生だったよね。どこの大学に在籍してるのだい?」

「近機大学です」

「へえ、近機大学か。私の友人も在籍していたよ」


「柳さんも大学生ですか」

「元大学生だ。今は社会人だな」

「どこの大学に行ってたのですか?」

「米国の大学だよ」


「凄いですね。英語もペラペラなのですか?」

「日常会話程度ならね」

「でも、どうしてアメリカの大学に行ったのですか?」


「学びたい学部がそこしかなかったからさ」

「何を学びに行ったのですか?」

「犯罪心理学。聞いたことは有るだろう」


「ええ知っています。FBIがよく用いる物ですね」

「……ああ、そうだよ」

 柳は食べ物を食べることに集中していた。

「そういえば、今は何して働いているのですか? まさかこの国で働いているのですか?」

「うっ、そ、それは」

「まさか……無職ですか?」


「痛いとこを突くねえ。まあ、無職と言っても過言では無いな」

 柳は苦い顔をして言う。


「でも就職には困らないでしょうね」

「ん? どうしてだい?」

「数か国語を話せるし、人見知りな僕でも気さくに話せる程、コミュニケーション力が高いのですから、日本に帰ったら直ぐに就職出来ますよ」


「それはありがたいねえ。ところで君は内定が決まったのかい?」


「ええ。一応大手企業の内定を頂きました」

「それは良い事だ」

 些細な会話をしながら食事を終えた。

 食べ終わると柳は財布を取り出し始めた。会計を済ますためだろう。


 先ほど助けてくれたことを思い出し。

「あっ、そうだ。柳さん。先ほど助けてくれたお礼に、ここの食費は払います」

「いや、良いさ。気持ちだけ頂いておこう。こういう会計は年長者を立てるものだよ」

 柳に財布を仕舞うように言われ。

 柳は会計を済ませた。

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