最終章 英雄の才
第1話 平凡の歯車
僕は俗に言う平凡な人間である。
取り分け秀でた才能も能力もなく。
周りの環境に流されるがままに生きて来た。
高校生になると。
ふと思うことがあった。
それは。
社会の歯車になって生きていく人生についてだ――。
それが何故か無性に恐ろしく感じた。
朝早くに起き。
夜遅くに疲れた目をして帰って来る。
その繰り返しを定年まで続けることに言い知れぬ恐怖感を覚えたからだ。
まるで機械の様な決まり切った生活。
何も変わる事の無い日常。
非日常をこよなく愛した高校生の僕には理解出来ない生き方だった。
僕は普通に生きることはしたくなかった。
しかしながら高校では人生を変える出会いはなく。
大学に入れば何かが変わるだろうと、淡い期待を抱いて大学に進学する。
入学当初は新入生歓迎会で見ず知らずの先輩と話をしたり。
サークルや部活と言う新鮮な空気に触れた。
先輩の車に乗せて貰ったり。
飲み会に連れて行って貰ったりして。
高校生の頃には知らなかった世界を知ることが出来た。
だが所詮はそこまでだった。
大学では遊ぶことばかり覚え。
自分の中で実ったモノは何一つ残っていなかった。
流されるまま生きていると時間が経つのは早いもので。
知らない間に四回生になり。
就職活動の時期になっていた。
高校生の頃の野心に似た感情は。
怠惰な学生生活を送るうえで消え去っていたのだ。
就職活動の際にはネームバリューに拘り。
その企業の内情を詳しく知らずに大企業と言う肩書きに釣られて内定を得た。
そう、僕は知らず知らずのうちに社会の歯車に嵌ったのだ――。
どうせ歯車になるのなら。
大きい歯車になるのが良いという安直な発想で大企業に就職した。
大学の単位も取り終わっており。
入社する翌年の四月まで自由期間を得た。
勉強もするでもなく。
家の中でゲームをしたり、漫画を読んだりして自堕落に生きていた。
結局、大学に進学しても何も変わらなかった――。
むしろ大学に進学したが故に、愚かさが加速したと断言できる。
大学生活により野心も探求心も好奇心も消え去り。
一時的な快楽に溺れることを学んだ。
そう、僕は平凡な大学生になったのだ――。
「あー。暇だなぁ」
ゲームをしながら無意識的に口から漏れていた。
四六時中ゲームをしていたらどんなに面白いゲームでも飽きてしまう。
そんな分かり切ったことも分からずにゲームをしていた。
数分後にゲームオーバになり。
「はぁ。つまらない」
コントローラーを布団の上に投げ捨てて電源を切った。
部屋を見渡すとゴミ屋敷の様に汚く散らかっていた。
そこら辺にゴミがあり、寝るスペース以外は散らかっていた。
流石に汚いと思って、深夜だと言うのに部屋を掃除することに決めた。
ゴミ袋を取り出して部屋のゴミを片付け始める。
コンビニの弁当箱や中途半端に食べ終わったお菓子を乱暴にゴミ袋の中に詰める。
一時間も掃除していると、ようやく足場が見えて来た。
次に本棚に本の整理を始めた。
本棚には埃被った学術書が大量に並べられていた。
大学の参考資料として買わされたのだが。
授業で殆ど使わなかった為に新品同様であった。
流し読みをするが、マーカの跡どころか折り目すら無い。
「古本屋で売れば二束三文になるか?」
あまりの状態の良さに感心しながら流し読みする。
学術書の為に小難しい言葉が羅列されており殆ど理解できなかった。
本来なら理解する程度の知識は四年間で学んでいるはずなのだが、記憶にない。
一夜漬けしかしていないツケが来たのだろう。
違う学術書を手に取って読むが中身は全く覚えていなかった。
本棚に詰め込まれていた学術書を全部取り出して売る事に決めた。
どうせ一生読むことがないからだ。
真面目に勉強しても大して意味が無いことを大学に入って知った。
文系に限って言えば。
今も昔も大学は遊ぶところであると誰もが知っている――。
むしろ大学に行った者がよく知っている。
高卒の人達は大学に妙な幻想を抱いているが、そんな高尚な場所ではない。
二割の生真面目な学生と、六割の授業を時々サボる普通の学生。
二割の授業に一切出ずにサボる学生に分かれる。
働きアリの法則に類似していると言えるだろう。
振りかえってみると大学で何も得ていない事に気付き。
ふと我ながら呆れてしまった。
自嘲する様な笑みを漏らして、古本屋で売るためにダンボールに詰め込み始める。
一冊、一冊の内容を確認してダンボールの中に詰め込む。
中身を確認するのは、自分の名前が書かれたプリントや小テストが挟まっていないかを確認するためだ。
三十冊もダンボールに入れるとダンボールは満タンになった。
本棚には、まだ本が詰まっており新しいダンボールを組み立てる。
本棚を整理していると少し変わった本が出て来た。
本の表紙には物騒な銃を持った子供が描かれていた。
「何だこれ? ……こんな本買ったっけ?」
買った覚えがない本が出て来て少し驚く。
こんな物々しい本を大学で使った覚えがないからだ。
表紙から想像される内容も重いために深夜に読む気になれなかったが、好奇心から開くと一つの封筒が零れ落ちた。
「封筒?」
封筒を拾い上げると昨年亡くなった祖父の名が書かれていた。
「どうして爺ちゃんの名前が書かれているんだろう」
封筒の中身を取り出すと、一枚の手書きで書かれた手紙が入っていた。
手紙を広げると、かつて祖父に尋ねた内容の答えが書かれていた。
高校時代に祖父に平凡に生きたくないと言った覚えがあった。
その際に平凡が素晴らしい生き方だと諭された。
祖父は第二次世界大戦で出兵しており、青年期は平凡とは程遠い生き方をせざる負えなかった。
銃の引き金を引いたことも有るし、
敵兵に殺されかけたこともある。
それ故、平凡と言うのは最も素晴らしいモノであるとやんわりと言われた。
だが、当時の僕の心には響かなかった。
戦争なんて非日常な例外を出されても、あまりピンと来なかったからだ。
祖父も僕の心には届いてないと分かっており、大学合格が決まると、この本を渡されたことを思い出す。
手紙にはこう書かれていた。
〈大学生活で何かが変わると思っているだろうが、受け身でいる限りは何も変わりはしないだろう。お主の事だから、自堕落になり遊び呆けるであろう〉
祖父の手紙には耳が痛い忠言が書かれており、事実そうなっている自分が存在し、苦笑いしながら読み進める。
〈もし、本当に平凡な生き方を変えたいと思うのなら、この本に書かれている場所に行ってみることだ。そこに行き、平凡とは何かと自問自答するならば自ずと答えは得られるであろう。旅費も入れておいた。このお金を生かすも殺すも、お主次第だ〉
祖父の手紙にはそれだけが書かれていた。
旅費と言う文字に少し驚き、本をもう一度手に取り確認する。
すると自分名義のキャッシュカードと暗証番号が書かれた紙が入っていた。
「……」
あまりにも突飛な話に開いた口が塞がらずに読み終わった手紙を何度も読み返す。
数分後に、ようやく落ち着き冷静になった。
「……取りあえず、この本を読んでみようかな」
文字が羅列されており、久しぶりに見る活字にてこずりながら読み始める。
暫く、頭を使っていなかった為に何度も同じ行を読んでしまう。
それでも何とか読み進めていた。
人間の悪意と狂気が詰まっている内容に好奇心からか。
怖いモノ見たさなのか自然と読み進めていたのだ。
内容は独裁国家についてであった。
目を疑いたくなるような写真も羅列されており。
何百、何千と言う、命が凄惨に散ったことが書かれていた。
平穏な日本に過ごしていたため、こんな世界がある事を知らなかった。
そして同時に実際に自分の目で見たいと思ってしまう。
好奇心からの欲求からか。
それとも淡い正義心に駆られたのか。
それは自分でも分からなかった。
次の日に両親に海外旅行に行ってくると言った。
何処に行くのかを聞かれたが、流石に独裁国家に行くとは言えずに、適当な国に行くと言ってごまかした。
旅行会社で旅客機の予約を行い、ビザの申請などを行なう。
普段なら面倒でコンビニすら行くのを躊躇うのだが、自然と身体が動いており、まるで何かに導かれるかのように感じた。
飛行機の往復や滞在するホテルの価格を含めて八万円程度の見積もりが経った。
一週間後に全ての審査も終え。
飛行機に乗る為に空港に訪れる。
久しぶりに行く海外旅行に少し戸惑いながら家から出ていく。
キャリーバックの中には飛行機の中で退屈しない様に携帯ゲーム機や、コミュニケーションを取るため、その国の入門言語の本を入れておいた。
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