第8話 終わらぬ悪夢

 気が付くと病院にいた。

 身体は満身創痍。


 右腕は折れた為に包帯が巻かれており。

 視界が霞んでいた。


 鏡を見ると顔は膨れ上がり痣だらけであった。


 胸元も激しく痛む。

 

 あばら骨が折れているのだろう。

 尋常ではない痛みが襲い掛かる。

 

 ナースが僕が目を覚ましたことに驚き、先生を呼んで来た。

 

 数分後、白衣の服を着た先生が僕の前に立った。

「君、名前は言えるかね」

「……土岐吹雪」


「ふむ。記憶に乱れは無いかな?」

 記憶だって。

 どういう意味だろう。

 そう言えばどうして、僕はここにいるんだろう。

 

 そうだ受験が近いから勉強しなきゃ。

 早く、玲奈の家に行って。

 そう玲奈と共に……。

 れ、い、な――。

「あ、ああああああああああ!」


 全てを思い出してしまう。


 助けなきゃ、助けなきゃ助けなきゃ。


「落ち着き給え!」

「玲奈は! 玲奈は! 玲奈は何処です!」


 動けない身体を無理矢理動かして先生の腕を掴んだ。

 先生は言いにくそうに言う。

「……此処にはいない」

「まだアイツらに捕まっているのですか!」


「……いいや。彼女は保護され、違う病院にいる」

「玲奈は何処の病院にいるんです!」


「落ち着き給え! 君が焦る理由が分かるが、まず自分の身体を治してからだな」

「僕の身体なんてどうでも良い。玲奈は、今、どうなっているのですか!」


「……外傷はそこまでない」

 先生は言葉を選んで言っている様だった。


「怪我はしてないですか、身体に異常はないですか!」

「……その点では大丈夫だ。だから君は、まず自分の身体を治しなさい」

 先生は心配する様に言った。


「僕の身体はいつ治りますか?」

「一週間は安静にしてもらう」

「僕の携帯は何処です。玲奈に連絡しなきゃ」


「……彼女は今、携帯を失っている。電話もメールも無駄だ。君は先に自分の身体を治しなさい」

 先生はそう言って病室から立ち去った。


 僕は身体が動くまで気が気ではなかった。

 早く玲奈に会いたい。

 

 傷ついた玲奈を独りぼっちにさせたくなかったからだ。


 僕は玲奈がどうなったか知りたかったためインターネットで先の件が事件になっていないか確認のために探した。


 だが、それらしい事件はのっていなかった。


 身体が動けないためにネットサーフィンをしているととある掲示板で女子高生の一つの画像が波紋を呼んでいた。


 裸でM字開脚をしている卑猥な画像であった。


 顔はモザイクで隠されていたが一瞬で誰か分かった。


 それは玲奈であった。


 掲示板では淫乱の美少女として話題が上がっており。

 性の対象として心無い言葉がかけられていた。


 それらのコメントの一つ一つが不快であった。


 画像を見たくないが凝視すると両手両足が抑え込まれており。

 

 無理やりこの体制を取られたことが分かる。


 そして掲示板を見ていると処女が敗れた画像がアップロードされていた。


 掲示板ではレイプじゃないかと言う憶測が流れ始める。


 見ているだけで不快になる。

 即座に掲示板に消すように書き込んだが。


 誰も僕の意見に耳を傾ける者はおらず。


 もっと違う画像を載せてくれと言う声が圧倒的であった。


 投稿主は三十枚近くの輪姦画像がコメントもなくただアップロードされてそして何も言わずに消え去った。

 

 僕はその画像を見て呆然とするしかなかった。


 そして事件になっていなかった理由に気付く。


 写真を撮って脅していたのだと。


 仮に警察に訴え出ることがあれば顔のモザイクを外してインターネットにばらまくとでも言ったのだと。


 

 その日は、呆然としてただ何も出来ず。


 強く握り締められて。

 壊れた携帯をずっと握り締めていた。


 退院の日が来た。


 右手にはまだギブスが嵌められており顔も少し痣が残っていた。

 先生が病室にやって来る。

「おめでとう。今日で退院だ」


「……玲奈がいる病院を教えてください」

「……すまないが教えられない。彼女は君の面会を拒否した」

「どうしてです!」

 僕は先生の胸元を掴んで叫んだ。


「……その代わり彼女から手紙を預かっている。自宅に帰ってから読みなさい。そして、これからの行動をよく考えなさい」

 先生は手紙を僕に渡して出て行った。


 僕は手紙を受け取り。

 この場で読もうとしたが感情が暴走しそうで怖かったために自宅に帰ってから手紙を読むことにした。


 自分の部屋に入って、手紙をゆっくりと開けた。

 どう言う内容が書かれているのかが想像つくために読みたくなかった。

 

 覚悟を決めて手紙を読み始める。

〈吹雪へ。ゴメンね巻き込んで。でも、もっと謝る事があります。……私は大学には行きません。勉強を唆したのに進学を辞めてゴメンね。でも、もう無理なんだ。男の人を見ると体中が寒気が走って呼吸が出来ないんだ。こんなんじゃ外にも出れない。大学では私よりも美人な彼女を見つけてください〉

 それだけ書かれていた。


「…………」

 その手紙を見て自分が情けなくて涙が溢れる。


 どうしてあの時に彼女を守り切れなかったのかを、僕は涙を流すのを止めて彼女の家に向かった。


 インターホンを鳴らす。

 すると母親が出て来た。


「……貴方には迷惑かけたわね」

 申し訳なさそうに言う。

 そんなのはどうでも良い。こんな怪我は放っておいたら治る――。


「玲奈は! 玲奈は何処です!」

「……まだ病院よ」

「どこの病院ですか!」


「会わない方が良いわ。男性の全てが怖いみたい。父でさえも拒絶しているから。会ってもお互いが傷つくだけよ」

「会わなきゃ、何も分からないよ! 勝手に僕達の思いを決めないでくれ!」

 

 母親は少し目を瞑ってから。

 精神病院の名刺を渡された。

「……医者には会わさない方が良いと言われたんだけどね」

「でも、会わなきゃいけない。僕だけが、僕だけでも彼女の味方にならなきゃ誰が彼女を守るんですか!」

 僕は精神病院まで走った。


 精神病棟の受付を通ると、看護婦が近づいてくる。

「面会でしょうか?」

「ああ。玲奈がいるはずだ」

「……少々お待ちください」

 看護婦は一瞬目を引きつった。

 

 そして受付に戻り、何処かに連絡を取っていた。

 数分後、眼鏡をかけた白衣の先生が僕の前に来た。

「君は、土岐吹雪君かな?」

 名前も名乗っていないのに名前を言い当てられる。


「はい。玲奈に会いに来ました」

「……そうかい。よく此処が分かったね。玲奈さんの要望で、一通りの連絡手段を断ったのに」

「玲奈の母親に尋ねて此処にきました」


「そうかい。でも、彼女と話せるかは彼女次第だよ」

「分かっています」

「なら、少し待ってていてくれ」

 白衣の先生が重い溜息の後に立ち去ると。

 半刻ほどで戻ってきた。


「一応、彼女から許可は出た。だが、会わすためには条件がある。……支離滅裂なことを言っても彼女を責めないこと。守れるかい?」

「……はい」

「宜しい。なら着いて来たまえ」

 先生の後を着いて行く。


 まるで刑務所の独房の様な部屋が左右に有った。

 奥の部屋に進んで行く。


 玲奈と名前が書かれているプレートがあった。

 鉄の扉で中の様子が見えなかった。

「……あまり彼女を刺激しないでくれよ。今の彼女は、君の知っている彼女とは別人だからね」

 そう言って先生は立ち去った。

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