第6話 クリスマス
クリスマス当日。
玲奈が突拍子もなく言いだした。
「クリスマスぐらいはさ、勉強休んで遊びに行かない?」
「行ってらっしゃい」
僕は英語の長文を読みながら適当に言った。
受験まで時間がないため必死だった。
「そんなに必死になって勉強しても空回りするだけだよ」
「受験生にクリスマスはない。受験生にとってクリスマスはクルシミマスだ。センターまで一カ月を切り、私大の入試まで二ケ月を切る。ああ、恐ろしい。出来るなら時間を伸ばしてくれぇ」
僕は怨嗟の様にぼやく。
「焦り過ぎよ。私らは十分合格圏内に入ってるんだから。リフレッシュ、リフレッシュ」
「はぁ。仕方ない。今日の勉強は夕方に切り上げるか。夕方からクリスマスツリーでも見に行くか」
「えっ? そんなのを見ても面白くないじゃん。遊園地に行くに決まってるしょ」
「遊園地!」
「そう、遊園地。今から家帰って準備してきて」
「今から! 時間が勿体ないだろ。まだ朝の十時だぞ!」
「行くのは夕方からよ。女の子には、おめかしがあるから時間が掛かるの」
「そのままでいいだろう。別にオシャレしても仕方がないし、と言うか時間の無駄だ」
「いつから時間厨になったのよ。……吹雪、貴方もオシャレしてきなさいよ」
「ジャージじゃだめか?」
「却下。もしジャージなんかで来たら本気で怒るからね」
「へいへい。前向きに善処させて貰います。……で、何処で待ち合わせだ?」
「遊園地の最寄り駅で待ち合わせで」
「あいよ。めんどいなぁ」
頭を掻きながら参考書を読んでいると、参考書を閉じられた。
「じゃあ、吹雪帰って。今から着替えるから」
「どうぞ、お構いなく」
僕は参考書を再び開いて興味なく言った。
「す、少しは、私に遠慮しなさいよ! 私、これから着替えるのよ。私に興味を持てないの?」
「うーん。いつも一緒に居るから家族みたいに感じてなぁ。姉や妹に欲情しないだろ。そんな感じだ」
「なっ!」
「……ふむふむ。これ構文だったか。特殊なニュアンスだな」
英文に注視していると。
「馬鹿ァ! そこまで言うんなら玲奈さんの魅力見せてあげるよ! 絶対に後悔させてやるからね!」
「あっ、これ名詞構文か!」
「少しは話しを聞け、朴念仁!」
「……朴念仁とは無口で愛想がない人や、物の道理が分からない人。又は分からず屋を指すのだろう。だが、センターや私大入試では出ないだろうなぁ。一回、英文で書いてみるか」
以前は意味が分からなかった朴念仁を軽くそらんじ。
朴念仁の内容を英文で書いていた。
「む、無駄に知的になっている。じゃない! はやく出て行って!」
強制的に玲奈の家から追い出され。
面倒に感じながら帰宅する。
家に帰宅してから、私服を探るがそこまでオシャレな服はない。
「本当に味気のない服しかないなぁ。ジャージの方がまだ色鮮やかだぞ」
私服は黒や白と言ったシンプルな服しかなかった。
「まあ、何でもいいか、適当な服着ていこう」
いつも通りの服に着替えて玲奈と会う時間まで勉強して時間を潰した。
夕方になり、キリの良い所で勉強の一段落を付けて約束の場所に向かった。
遊園地の最寄り駅には約束の時間よりも少し早く着いた。
「流石にまだ来てないか。まあいいさ」
鞄から英単語帳を取り出して数分眺めていると後ろから肩を叩かれた。
後ろを振り向くと今迄に見たこともない綺麗な女性がいた。
「おまたせ、待った?」
女性は少し照れた笑みを漏らして言う。
この聞き慣れた声で女性の正体に気付く。
「えっ! れ、玲奈?」
あまりにも間の抜けた声が自分から発せられた。
「私の格好おかしいかな?」
玲奈は自分の服装を確認するかのように見る。
「い、いや。に、似合ってるけど」
上手く言い合わせられる言葉が見つからず。言葉を繋ぐように言った。
いつもは似合わない丸型の眼鏡を掛けており、髪型も地味であったが、眼鏡を外して髪型を下ろすと此処まで美人になるとは思ってもいなかった。
勉強の合間に眼鏡を外す事はあっても髪型まで下ろしたことはなかったからだ。
周囲の男性が二度見するのは当たり前で、彼女連れの男性も思わず見返す程であった。
「これが、玲奈ちゃんの本気よ。惚れ直した?」
「ば、馬鹿言うな。惚れてなんかいないからな」
精一杯の虚勢を出す。
「ふぅん」
玲奈は意地悪く微笑んで、僕の手を握った。
心臓が高揚する――。
「じゃあ、手を繋いで遊園地にいこっか」
玲奈に急かされるように遊園地に向かった。
遊園地に向かう途中に会話していたが内容が頭の中に一切入って来なかった。
こんなにも異性として意識をしたことは初めてだった。
玲奈の容姿を覗き込むと唇には薄く口紅がしており。
否応なく意識してしまう。
クリスマスであるため遊園地内は混んでいた。
玲奈は子供の様にはしゃいで、様々なアトラクションに乗った。
いつもと違う玲奈に緊張して空回りしてしまう。
ティーカップでは対面で座るため玲奈の容姿がよく見え、美人な彼女に緊張してしまい、上手く会話が弾まない。
お化け屋敷で僕がカッコよく守ってあげようと思ったが、玲奈は怖がる事なく笑いながら進んで行ったために失敗する。
そんなこんなで数時間経ったが、結局全てが空回りして終わった。
遊園地内のフードコーナーで自分の不甲斐なさにため息が漏れてしまう。
玲奈はジュースを買いに行っており。
一人ベンチで玲奈が作ってくれたサンドイッチを齧る。
「……はぁ。あんなに美人だったのかよ。……やりにくい」
頭の中から受験の事は抜け落ち、玲奈についてだけ頭の中で考えていた。
「眼鏡かけていて地味だったのも好きだったが、こっちはこっちで破壊力ありすぎる。アイドルかよ」
頭を掻いて贅沢な悩みに悶々としていると玲奈が戻って来た。
「お待たせ。コーヒーでいいかな?」
「あ、ああ」
缶コーヒーを無言で飲んでいると、玲奈が意地悪く微笑んで言う。
「……緊張してるしょ」
「し、してないさ」
「……ふぅん」
玲奈は僕の手をそっと握った。
僕は動揺して持っていた缶コーヒーを落としてしまう。
「わ、わるい」
玲奈から手を放すようにして落ちた缶コーヒーを拾うと。
「いつもなら手を握られても動揺なんかしないのに」
「ど、動揺なんかしてないさ」
精一杯の虚勢で見栄を張るが、玲奈は少し寂しそうな顔をしていた。
「ど、どうした?」
「……あまり面白くないなぁ。って思って」
玲奈は少しつまらなそうに言った。
「えっ? アトラクションがか?」
「ち、が、う。貴方のこと。初めは新鮮味が合って少し面白かったけど。少し他人行儀すぎるよ。いつもの憎まれ口がなければつまらない」
「……って言われてもな」
僕自身、どうしてこんなにドキドキしているのかが分からない。
頭を掻いて悩んでいると、不意に頬を指で押される。
「えい」
玲奈は微笑んで僕の頬を指で押す。
「ちょっ!」
玲奈が指で頬を押すときは決まって僕の集中力が切れてボーっとしている時に気合を入れ直すためにする玲奈流の元気づけだった。
「ほれほれ、集中力欠けているんじゃない」
玲奈は意地悪く微笑んでいつものように振る舞う。
その行動に今まであった緊張感が一気に薄れた。
「はぁ。……そうだよな。いくら美人になっても玲奈は玲奈だよな」
妙に納得してから。玲奈の腕を引っ張る。
「よし。ならいつも通りに行くか。仕切り直しだ。まずは玲奈の苦手なジェットコースターからだ!」
玲奈を引っ張って連れて行く。
「ほ、本当に乗るの。私、高所恐怖症なのだけど」
「なら慣れろ」
「そ、そんなあ」
僕達は今までの受験の鬱憤を晴らすように遊び尽くした。
これが、最期のクリスマスになるとも知らずに。
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