第5話 日常


 翌朝、携帯のアラームに起こされる。


 窓から差し込む日光は寝起きの身体を癒すかの様に感じた。

 

 快晴な朝だ。

 

 こんな天気には二度寝にかぎる。


 だが、そんな自堕落な生活が許される筈もなく。

 学校に行く準備を始めた。


 昨夜は、いつもよりも早く寝てしまったために弁当箱を洗っておらず。


 弁当箱の汚れに少しばかり悪戦苦闘しながら。

 電子レンジで適当にチンして詰め込んだ。

 

 冷蔵庫から大量に買ったお茶のペットボトルの一本を取り出し。

 鞄の中に入れて学校に向かう。


 学校に着くと、玲奈は既に来ていたが話しかける事もなく自分の席に座った。

 本当は話しかけたいが、付き合っていると言う変な噂が流れると、不良が揶揄しに来るのが目に見えていたために学校内ではいつも通りにする事にした。


 鞄の中の教科書を出していると。

 そこに昨夜、玲奈から渡された問題集が出て来た。

 

 冷や汗が流れ出ると同時にメールが届く。

 

 メールは玲奈からだった。

〈宿題はしたよね〉

 

 そのメールの本文に直視できずに眼が泳いでいた。

 

 軽く顔が蒼白する。

 

 恐る恐る横目で玲奈の方を見ると、物凄く疑わしい目線で僕を見ていた。

 僕は取りあえず返信を返した。

〈勿論さ。昨夜は勉強しすぎて寝れなかったからね〉

 

 僕はそれから玲奈の方を一切見ずに携帯を触っていた。


 担任の先生が来るまで詐欺師顔負けのポーカーフェイスを気取っていた。


 だが、あくまで気取っていただけで、傍から見れば明らかに動揺しているのは丸わかりであっただろう。

 

 ホームルームが終わり、一時間目が始まる。

 

 一時間目の科目は何かだった。

 

 何の授業だろうが関係ない。

 玲奈に課せられた宿題をするために、隠れて内職(授業を無視して自分の勉強に励むこと)を始めた。


 先生も気付いているが、害ある行動ではないために黙認する。

 

 二時間目も何かだ。

 

 玲奈め、この問題集の宿題って五十ページもあったのかよ。


 一、二時間で終わる内容ではなかった。


 昨夜、玲奈と一緒に勉強した内容までは教科書を使わないで大体、何とか答えれたが、流石に教科書や参考書無しで回答できるほど頭は良くなく。

 三限目からは教科書を使う覚悟をする。


 三時間目は内職だった。


 理科の授業なのに、僕の机は日本史一択だった。

 右には日本史の教科書。

 左には日本史の参考書。

 真ん中に問題集。


 完璧の布陣である。

 教師も黙認しているために注意されなかったが。

 玲奈の方を一切見えなかった。


 怖くて目線を向けれない。


 四方八方から見ても僕の机の上は日本史だった。


 しかも一人だけ真剣に勉強している為に物凄く目立つ。


 玲奈にもばれているだろうが、玲奈は近眼だ。

 そう近眼だ。

 近眼だったら良いなぁ。


 そう、念じながら日本史の問題を進める。

 

 四限目は、お昼寝タイムだ。


 教師の言葉が子守唄の様に聞こえて熟睡できた。


 昼休憩は……過ぎていた。


 寝すぎてしまう。


 もう五限が始まっており、急いで日本史を開始する。


 あと、もう少しで終わる。


 頑張れ、負けるなと自分に言い聞かせて必死に問題を解いていく。


 六限目は保健だった。

 授業は勿論真面目に受けた。

 紳士だからね。


 雄しべ、雌しべの人間バージョンを深く学んだ。


 今日一番、集中していた。


 玲奈の方をちらっと見たら軽蔑した目線が送られた。


 少し興奮した――。


 本日の結果。


 四八ページまで進んだ。


 江戸時代初期まで一気に進む。

 あと二ページは間に合わなかった。


 保健の授業に内職していたら確実に終わっていただろう。


 まあ、過ぎた事は悔やんでも仕方がない。

 玲奈からメールが届く。

〈じゃあ、私の家で答え合わせね〉

 

 了解と簡素に返す。

 

 ホームルームが終わり。

 担任がホームルームを始めた。

 

 僕は鞄の中に宿題だった問題集を入れて校門に向かう。

 

 校門を超えて玲奈と一緒に歩くと、玲奈が少し微笑んでいたように見えた。

「何か良いことあったのか?」

「別にないよ。ただ、君が余りにも必死で可笑しくて、可笑しくて。……昨夜、宿題せずに寝たでしょう」


「そ、それはだなあ。色々と齟齬があると思うが」

 弁解の言葉を必死に並びたてようとしたが、玲奈が遮って言う。


「いいよ。言い訳しないで。どうせ出来ないと思って宿題を出したのだから」

「えっ?」


「だいたい、五十ページって言ったら其の問題集の半分よ。そんなの一日で出来る訳ないじゃん。ただ、君のやる気を見たかっただけ」

「なんですと」


「まあ見た限り、やる気は十二分に分かりました。私の弟子一号になる事を認めましょう。……でもね」


「でも、何だ?」

「保健の授業だけはない。あの時の顔のいやらしさ。ホントキモかった」


「なっ!」

「あと、私は、そう言う行為は一切しないので悪しからず」


「そ、そんなの玲奈に求めるかよ! 僕はもっと胸が大きなナイスバディな女性が好きだからな」

「……ち、小さいかな」


 玲奈は自分の胸を軽く片手で触りながら尋ねたので。

「うん」

 僕は良い笑顔で深く頷いた。


「馬鹿ァ!」

 玲奈の平手打ちが綺麗に頬に入った。


 そんなこんなで勉学の日々が続いた。


 五月から始まった。

 僕の大学受験勉強は想像以上に過酷だった。

 

 偏差値四十二と言う勉学のべの字も知らない学力から玲奈が目標とする私立大学を目指すのは至難の業だった。

 

 日本史は覚えるだけであった為に順調に成績が伸びて行ったが。


 英語、国語は偏差値四十八を境に停滞した。

 学校の授業は中学生の内容で、まともに受ける意味も感じなかった。

 

 その為に内職ばかりして休憩時間も必死に勉強した。

 

 時折、不良が面白おかしく邪魔してきて、教科書や参考書をライターで燃やされたこともあったが、めげずに勉学を続けた。


 皮肉ながら真面目になる事で、苛められる立場に変化する。


 高校を辞めようかと思ったが両親が許さず。


 渋々通っていた。

 

 玲奈の必死のフォローもあり夏休み前には偏差値五十で何とか落ち着き。


 一つの壁を乗り越えた。

 

 夏休みになると朝から晩まで玲奈の家で勉強を必死にした。

 

 僕にとって玲奈は先生であり、ライバルでもあり、友人でもあった。

 

 玲奈の期待に応えるように必死に勉強した。

 

 夏休みが終わると学校で模試があり、模試の結果、偏差値五十八まで上がっており教師の間で有名になる。


 我が校で数年ぶりの逸材だと。

 

 玲奈は学校の模試は受けなかった。


 このように無駄な期待や持ち上げられるのを予知していたからだろう。

 

 いつの間にか、僕と玲奈の関係は友人以上の存在になっていた。

 まだ告白もキスもしていないのに、お互いがお互いの事を誰よりも深く知っており、信頼していた。


 何度も諦めそうになったが、玲奈がサポートしてくれたため順調に成績が上がっていった。

 

 十一月の模試では偏差値六十二。


 合格判定がBまで上がり手が届くまで近づいていた。


 十二月になりセンター試験が近づく。

 世間ではクリスマスとか現を抜かしているが、大学受験の学生には無縁だった。

 

 十二月になると出席日数が足りているため、学校に登校せず玲奈の家に泊まり込んで勉強した。

 始めの頃は玲奈の両親は家に帰って来ることも少なく。


 帰って来ても玲奈や僕に無関心であり、話しかけられることもなかった。


 しかし、僕と玲奈の勉強するだけの関係が余りにも奇妙に見えたらしく。


 徐々に帰宅回数が増えて話しかけられるようになる。


 玲奈自身も両親と会話することが多くなり。


 両親に否定的だった玲奈の考えが変わっていた。


 玲奈の部屋で一緒に勉強し、息抜きに料理を一緒に作り。


 同じ部屋で寝る。

 

 まるで新婚の様な生活をしていた。

 

 勉強は相変わらず苦手なために苦しかったけど、玲奈と一緒の大学に行って高校生活で楽しめなかった分だけ、楽しもうと決意した。

 

 玲奈は眼鏡を外すと美人であった。


 玲奈が眼鏡を外すと胸がドキドキして勉強にならないために、いつも眼鏡を掛けて貰っていた。


 僕が緊張しているのに気付いているため、眼鏡を外したらいつも以上に積極的になる玲奈に本当に困らされる。


 そう、こんな生活が続く。


 そう思い込んでいた。

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