第4話 ベストセラーの意味

 玲奈の家に着いた。

 

 二階建ての一軒家であり。

 小奇麗な家だった。

 

 玄関には客人を出迎える小花が置いてあり。

 綺麗に鉢が並んでいた。

 

 靴を脱いで玲奈に促されるままに二階に招かれた。

 

 玲奈の部屋に入ると。そこには如何にも女子高生の部屋だった。

 

 本棚には有名アーティストのCDと少女漫画が並べられており。

 

 本棚の上にヌイグルミが丁寧に並べられていた。

 部屋には学習机とベットがあり。

 どこに座っていいのか分からないために立っていた。

 

 僕は玲奈の部屋に入ってから、この部屋の匂いに無意識的に高揚していた。

 

 女性特有の良い匂いに少し翻弄される。

 その匂いは香水とかではなく純粋な玲奈の匂いだった。


 女の子の部屋に行ったことは今日が初めてであり。

 どうしたら良いのか分からなかった。

 

 玲奈は折り畳み椅子を取り出して学習机の近くに置く。

「はい、じゃあ此処に座って」

「えっ?」

 

 僕は間抜けた声で返事してしまう。

「えっ、じゃない。早く座る」

 玲奈は折り畳み椅子に座るように急かした。

 

 僕は鞄を下に置いてから折り畳み椅子に座る。

 玲奈は学習机の中から参考書を取り出して僕にシャーペンを握らせた。


「じゃあ。今日から貴方の先生になる玲奈先生よ。よろしい?」

「まあ、一応」


「では、まず成績が伸びやすい日本史からね」

 僕のやる気のない返事を受け流して授業に入った。


「日本史は好きかな?」

「日本史は嫌いだな」


「じゃあ英語からする?」

「英語はもっと嫌いだ」


「うーん。なら数学から」

「計算嫌い」


「……では、国語から」

「国語嫌い」


「じゃあ、何の科目が好きなのよ!」

 玲奈は少し苛立ちながら言う。

「……保健の実習かな」


 少しカッコつけて言うとすかさず。

「ヘンタイ!」

 頬にビンタが綺麗に入った。


「まふっ!」

 余りにも間抜けた変な声が漏れた。


「……痛いじゃないか」

「痛くしたのよ! もう、日本史からするよ」

 日本史の教科書を出してから勉強が始まった。


「じゃあ、君がどれぐらい日本史の知識があるのかテストします」

 日本史の問題集を出された。

 範囲は古代から飛鳥時代までで五十問。


 訳が分からない問題が多々あった。

 僕に分かるのは、卑弥呼と聖徳太子。

 小野妹子と小野小町ぐらいだ。

 

 分からないながらも回答し終えて玲奈に渡す。

 

 玲奈が険しい顔で採点を始めた。

 数分で採点を終わらせる。

「では今の君の成績を言います。五十点中……一点。うん。頑張ろう」

 玲奈は憐れんだ目で僕を見た。


「だから言っただろ。勉強は苦手なんだよ!」

「まあ良いよ。出来ないのは仕方ない。ゆっくり前に進んで行こう」


 玲奈は軽く微笑んでから。

 先の問題の間違った部分の説明を始めた。

「……と言ってね。六四五年に乙巳の変が起こったのよ」

 一問一問、詳しく説明しながら教えてくれた。


 学生目線のためか、先生よりも教え方が上手くて納得しながら進む。

「ふむふむ」

 僕は頷いて内容を頭に入れていた。


「じゃあ、もう一回。同じ問題を出すよ」

 玲奈は全く同じ問題を出して来た。


 流石に二回目は初めほど間違えるはずがない。

 僕はスラスラと問題を解いていった。ペンが止まることなく書き進む。

 数分で回答を終えて玲奈は満面の笑みで。


「八割も合っている。凄い!」

「褒めるなよ」

「私の教え方って上手いんだ。うん、私って凄い」

「えっ?」

「えっ?」


 僕と玲奈は顔が固まる。


「だから僕の記憶力が凄いんだって。玲奈が凄いのではない」

「いやいや。玲奈さんの教え方が上手いのよ。貴方が凄いんじゃない。……まぁ、今回はあなたに譲るわ。じゃあ次の問題ね」


 そうやって三時間かけて平安時代まで日本史を軽く学んで行った。


 時刻は二十二時になり。

 これ以上、居すわる事も悪いために帰宅しようとした。

「そろそろ帰るわ」

「あっ。……そうだね」

 

 玲奈も時計を見て少し名残惜しそうに言った。

 鞄の中に荷物を詰め込んでいると玲奈に日本史の問題集が渡される。


「えっ? なにこれ」

「宿題よ。答案抜いてるから自力で解いてね」

 玲奈は天子のような微笑みをして言った。


「家に帰ってまで勉強なんてしたくねーよ!」

「するの!」

 玲奈は頬を少し膨らませて怒った。


 少し溜息を吐いて問題集を受け取り玄関に向かう。

「あれ、そういや。両親は?」


 二十二時になっても帰って来ないために共働きかと思った。

「……仕事だよ」

「そうかい。まあ、親父さんに会わなくて助かった」

「……会う事なんてないよ」

 玲奈は小さく消え入りそうな声で呟いた。


 その声が聞き取れずに聞き返してしまう。

「何か言ったか?」

「気を付けて帰ってね。って言ったのよ」


「はいはい」

 靴を履いて、玄関のドアを開けた。


外はもう真っ暗だった。

「あっ、そうだ。連絡先交換してないよね。交換しよっか」

「あ、ああ」


 僕は携帯に玲奈のアドレスを登録して、玲奈に僕のアドレスを教えた。

 連絡先を交換すると玲奈は意地悪い笑みで言う。

「宿題サボったら承知しないぞ~」

「前向きに検討させて頂きます」


 言葉を濁してから、軽く手を振って別れた。


 二十三時前に自宅に着いた。


 珍しく深夜に帰って来た僕に何の感想も抱かずに、母はテレビを見ていた。

 

 僕は自分の部屋に向かい。

 制服を脱いで寝間着に着替える。

 

 普段頭を使うことがないため妙に疲れた。

 スマホでなにも考えずにスマホゲーを始める。

 思考停止のまましばらく遊んでいると。


 ふと、今日の出来事を思い出し感慨深くなる。

 今迄、片思いだった女の子の家に招待されたに留まらず。


 勉強も教えてくれると言う。

 まるでラノベの主人公の様な展開に未だ現実味が湧かない。

 

 ひょっとすると夢であり寝てしまうと、またツマラナイ現実に戻されてしまうのかもしれないと不安に思ったが。

 

 携帯には玲奈のアドレスが乗っており現実だと再認識する。

 携帯をベッドの上に放り投げ、鞄の中を整理していると玲奈と話す切掛けとなったラノベが出て来た。


 内容は下の下であったが、玲奈との結びつきを強くしたと言う意味では大変思い入れが強い本に変わった。


 少し自嘲気味に笑ってから、本棚の一番目立つ場所に置く。

 

 お腹が空いたためリビングに向かう。


 カップ麺にお湯を入れて自室に持って行く。


 ベッドの上に無造作に置かれた携帯を手に取ると玲奈からメールが来ていた。

〈明日の授業は英語だよ〉


 会える公的な理由が出来たことが嬉しく軽く笑みが漏れる。

 

 了解と簡潔に書いて返信をした。

 カップ麺を食べていると眠気が強くなってくる。

 

 ラーメンを食べきりゴミ箱に捨ててから眠りに入った。

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