第2話 ベストセラー

 昼休憩になり。

 自分が作った二段弁当を開く。

 

 上段目には冷凍食品のオンパレード。

 下段目にはお米に拘っているのだろうか、レンジで出来るご飯だ。

 

 僕は味気がない弁当を食べ始めた。

 

 黙々と食べ物を胃に流し込む作業である。

 

 僕は無言で食べていた。

 隣の男子も、端っこに居る女子も無言で食べている。

 教室内が無言だった。

 

 誰も話しかける者もいない。

 皆、自分にしか興味がないのだ。

 

 簡素な食事を終えて、僕は小説を読み始める。

 

 漫画やゲームを持ってくると不良に永遠に貸さねばならないため、不良には興味がない高尚な小説を読んでいるのだ。

 

 内容も当然、高尚な小説だ。

 

 世間一般にはラノベと呼ばれるが、僕にとっては高尚な本だ。


 僕が今読んでいる小説の内容は単純だ。

 

 悪と呼ばれる敵役が地球の存続の為に半分の人類を抹殺することを目論んでいた。 


 主人公は全てを救うと言って、感情論から支離滅裂な内容を言って悪を論破する。


 悪の親玉は何故か改心して主人公に同調し。

 問題は何も解決しないまま、人類の可能性を信じようと言った内容で幕を閉じる。


 主人公は何の改善策も提示せずに、悪の親玉が人類の存続の為に必死になって行動したことを全て無にして終わる。


 このストーリ通りに行くなら遠くない未来に確実に世界は崩壊するだろう。

 

 崩壊する直前に主人公は何を思うのだろうか。

 

 人類を滅ぼす結末を招いた自分を呪うのか、それとも悪の親玉に向けて、説明不足だと声を荒げて責任転嫁するのであろうか。


 この主人公は確実に後者だろう。

 なぜなら感情論しか言葉を発せない偽善の権化だからだ。

 

 嘲笑し終えて僕はゆっくりと本を閉じた。

 

 表紙を向けて机の上に置く。

 

 出来の良い本を読み終えると余韻に浸れるが。

 この本から余韻が一切与えられなかった。


  ベストセラーと大々的にPOPで書かれており。

 内容を確認せず適当に買った事に今更ながらに後悔する。


 これなら以前に買った本の内容の方が出来は良かった。

 

 以前に読んだ本には印象的なシーンが多彩にあった。

 その中でも一番印象的であったシーンは復讐に燃える悪人を主人公とヒロインが説得するシーンである。


 主人公は必死に復讐の無意味さを述べる。

 悪人は自分の妹と彼女を理不尽に殺されており、そんな事情はお構いなしと言うような調子で主人公は自分の発言に陶酔する。

 

 復讐は何も生まないんだ。


 憎しみの連鎖を此処で止めなければいけない。


 ヒロインが主人公に同調して言い始める。


 亡くなった方も、貴方が復讐することを望んでいないわ。

 

 さあ、この無意味な復讐を終わりましょう。

 

 お花畑の謎理論で説得を始める。

 

 悪人は主人公に問う。


 君はヒロインが理不尽に殺されても復讐をしないのかと。

 主人公は当然だと妙な説得感を持って言い切った。

 

 その言葉を聞いて悪人はヒロインの元に行き、ゆっくりと頭を下げた。

 

 ヒロインは説得が通じたと思っていると。

 

 その瞬間。ヒロインの首が飛んだ――。

 

 悪人は凍り付くような冷たい目で死に絶えたヒロインの顔を踏み潰した。

 

 余りにも突飛な行動に主人公は凍り付く。

 

 悪人は、こうやって俺の妹も彼女も理不尽に殺されたと言う。

 

 主人公は悪人の胸元を掴んで激怒する。

 

 なぜ殺したのかを。

 

 悪人は軽く謝罪しだが、反省の色は全くなかった。

 

 主人公は激怒しながら剣を抜く。

 

 悪人は微笑んで言う。

 

 どうして怒る。


 先に君は言っただろ。復讐は何も生まない愚かな行為だと。

 此処で俺を殺すのは憎しみの連鎖を繋ぐ行為だ。

 

 彼女は言ったぞ。

 殺された者は復讐を望んでいないと。

 

 主人公は激怒しながら悪人を殺した。

 

 何たる矛盾。他人には復讐を許さず。自らは復讐を肯定する――。

 

 全く、どちらが主人公か分からない。

 

 そうして物語はハッピーエンドを迎えた。

 この本の余韻は良かった。

 主人公のご都合展開が炸裂するが、この主人公の一貫性のなさが余りにも滑稽だったからだ。

 まるでピエロだ。

 

 しかしながら、世間の評価は低く。

 最終回に納得できない読者は、作者が錯乱したとまで言われていた。

 

 だが僕にとっては良作だ。

 

 機嫌良く以前読んだ作品で余韻に浸っていると。

 側に誰かが立っていることに気付いた。


 そこには片思いしている女の子、鈴原玲奈すずはら れいながいた。

 玲奈の視線は僕ではなく、手に持っている出来の悪い小説にあった。


「……その本好きなの? 最近、ずっと読んでいるね」

 玲奈はこの本に興味を持っているかのように話しかけにくる。


「あ、ああ」

 咄嗟の事で思わず肯定する回答をしてしまった。


「私も結構好きなんだ。主人公が必死になって説得するシーンなんて少し感動したよね」

 玲奈は少し興奮紛いに言った。

 

 だが、僕は玲奈の意見には同意しかねた。

「僕はそうは思わないな。結局主人公は何の解決もしていない」


「そうかな? 少なくとも最後まで希望を諦めないって言う選択肢は素敵だと思うけどね。ええ。最後まで希望を諦めないなんて素敵よ」

「……意外とロマンチストな考えなんだな」


 僕は玲奈の意外な表面が見えて驚いた。

 もっと冷たい女性だと感じていたからだ。


「まあ、こんな頭がおかしい高校にいたらロマンも求めたくなるわよ」

 玲奈は溜息を吐いた。


「まあ、そうかもね」

 僕が返答した直後に別棟のガラスが割れる音が鳴り響く。

 不良が登校して暴れはじめたのだろう。


 先生は面倒そうに割れたガラスを確認しに小走りで駆けていく。

 その最中に非常ベルが鳴り響く。


 本来なら運動場に避難しなければいけないが。

 どうせ不良がふざけて押したのだろう。

 一日一回は鳴る通常ベルに焦る者はいなかった。

 

 玲奈は何でもなかったかのように会話を続ける。

「そうだ。放課後、暇?」

「えっ?」


 好意がある女の子からデートのような誘いを受け。

 思考回路が一周して意味が分からなくなった。


「だ、か、ら。放課後暇なのかを聞いているの」

 玲奈は威圧気味に声を少し上げて言った。


 ずっと気になっていた女の子に誘われるのだ。

断る選択肢なんてなかった。

「あ、ああ。暇だけど」


「そう。なら、放課後に一緒に本屋に行かない?」

「う、うん」


 流されるままに頷くと、玲奈は満足そうに微笑んでから自分の席に戻った。

 三年間、特に話す機会がなかったのだが、この本によって話す切掛けを掴めたことに素直に喜んだ。


「……なるほど。こういう意味でベストセラーなのか」

 僕は皮肉紛いに本を見つめて呟いた。

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