第30話 お隣さんと地鶏炭火焼き

「あー、そろそろ正月も終わりだなぁ」


 俺は天井を見上げながら呟く。

 お隣さん家のコタツ部屋でダラダラと酒を飲みながらだ。


「つか、働きたくねえなあ」


 俺は炬燵に脚を突っ込んだまま、大の字になってゴロンと体を投げ出した。


「何を言ってるのだ、コタロー。お前は元々、年がら年中、正月みたいな生活をしておるではないか」

「そうなのです。コタローさんがそんな愚痴を言っちゃったら、世間の真っ当な社会人の皆さんから、クレームが来るのですよ?」

「つか、まあ、そうだけどよー」


 俺は投げ出した体を起こし、グラスに日本酒を手酌で注ぐ。


「あ、ポン酒切れたわ」

「なんじゃと? 妾はまだいくらも飲んでおらんと言うのに!」


 憤慨するハイジアをフレアが諌める。


「それは、貴女が起き出してくるのが遅いからよ」

「まあ、そう言ってやんな。おう、ハイジア! 酒をとってくるけど、なんかリクエストはあるか?」


 俺は起き抜けの女吸血鬼ハイジアにそう尋ねた。

 ハイジアはうむむと頭を捻る。


「そうじゃの。……ウィスキーが飲みたい気もするが、焼酎も捨てがたいの」

「ウィスキーか、焼酎ね。って、ちょっと待てよ、……おう! つか、それなら……」


 俺はピコンと閃いて、いそいそと炬燵を出る。


「ちょっと待ってろ! 旨い酒、飲ましてやっからよ!」


 俺は自分ちに戻り、酒棚のVIPゾーンから一本の酒を取り出す。


「つか、コイツに合わせる肴なら、やっぱコレだろ!」


 俺は酒と真空パックされた肴を小脇に抱えて、お隣さん家のコタツ部屋へと戻った。




「おう! お待たせ! コイツがさっき言ってた旨い酒、宮崎麦焼酎『百年の孤独』だ!」


 俺は焼酎をドンとコタツテーブルに乗せた。


「ほう、焼酎か。久しぶりな気がするな」

「コタローさん! 早速頂いてもいいのですか?」

「あたしも頂くわー」

「おう! ジャンジャン飲んでくれ!」


 みんなに酒を勧める。

 そんな俺にハイジアが話しかけてきた。


「のう、コタロー。結局、焼酎にしたのじゃな。なら、ウィスキーは次の機会かえ?」

「いや、つーかこの酒は、焼酎っちゃあ焼酎なんだが、ちょっと普通の焼酎とは違っててな」

「ほう、どの様に違うのじゃ?」

「まあ口で味を語るのも何だ。兎に角、一杯飲んでみろよ」


 俺は透明なグラスに百年の孤独を注いで、ハイジアへと差し出した。

 グラスに揺蕩(たゆた)う焼酎が、薄く琥珀色に煌(きら)めく。


「そうじゃの。では、頂くのじゃ!」

「おう! グイッといけ!」


 ハイジアはグラスを傾ける。

 細くて白い喉が上下に動いた。


「んく、んく、んく、ぷはぁ!」

「……どうだ?」

「なるほど! これは珍しい焼酎じゃな!」

「おう! だろ?」

「うむ、この酒は確かに焼酎なのじゃが、ウィスキーの風味を併せ持っておる! これはどういう事なのじゃ?」


 ハイジアが「はて?」と呟きながら、コテンと可愛く小首を傾げる。


「この焼酎はな、蒸留した後にウィスキーと同じ様にオーク樽で熟成させてんだよ」

「へー、手間暇掛けてるのねえ」

「おう、だからこの酒は旨い! 度数もウィスキーと同じくらい高いから、ガツンとくるしな!」

「確かに普通の焼酎より、カッとくるのです!」

「んく、んく、んく、ぷはぁ! 焼酎の味わいとウィスキーの香りが見事にマッチしている! コタロー! 私にお代わりをもう一杯だ!」


 俺たちはやんややんやと酒を飲み始めた。


「そう言えばコタローよ」

「ん、何だマリベル?」

「この焼酎に合う肴を用意しているのではなかったか?」

「おう! そうだ、そうだ! コイツだよ!」


 俺は真空パックされたその肴を皿に開ける。


「ジャーン! 『宮崎地鶏の炭火焼き』だ! うんまいぞー!」


 やはり宮崎焼酎ときたら肴はコレだろう。

 俺はパックから開けたばかりのその肴を温めようとレンジを探す。


「レンジ、レンジって、しまった。つかこの家、レンジまだなかったなー。しゃあない。ウチに帰って温めてくるとするわ!」


 俺は肴の盛られた皿を持って立ち上がろうとする。

 しかしそんな俺を女魔法使いフレアが制する。


「ん? 何だ、フレア?」

「えっと、その肴を温め直せば良いのかしら?」

「おう、そうだ」

「なら、お兄さん。お皿を置いて少し下がっていて頂戴な」


 俺が言われた通りにすると、フレアがパチンと指を鳴らした。

 すると皿の上からゴウッと火柱があがる。


「お、おおう! こいつはすげえ!」


 フレアがもう一度指を鳴らすと、火柱は何事もなかったかの様に、フッと掻き消えた。

 熱々の湯気を立て、ジュージューと音を鳴らす炭火焼きの出来上がりだ。


「一丁上がりねッ!」

「……お、おう。つか凄えな、アンタ。人間ガスバーナーかよ」

「このくらい、お茶の子さいさいよー」

「まあ、何はともあれ肴は焼けた。さあ! みんな、ジャンジャン食ってくれ!」


 その言葉と共にみんなの箸が伸びた。


「んー、これ、お、い、しー! 炭火の香りがすんごい香ばしいわねぇ!」

「おう、そうだろう! つか、柚子胡椒も少し乗っけて食ってみろ。ピリッときて味が引き締まんぞ!」


 そう言って俺もひとつ炭火焼きを摘む。

 真っ黒に焼けた炭火焼きは噛み応え抜群だ。

 密度が高く弾力抜群のその肉は、噛みしめるたびに奥から奥から旨味が溢れ出してくる。


「どうだ、ハイジア? 旨えだろ?」


 俺は地鶏炭火焼きを食べ、ふるふると肩を震わせているハイジアに声をかけた。


「ふ、ふん! こ、この程度の美味、夜魔の森の、……夜魔の、夜魔の……」


 ハイジアは口角をピクピクさせながら笑みを堪える。


 「おう、おう! どうした、どうした!」


 俺は調子に乗ってハイジアを煽る。

 ハイジアはプルプルと頰を震わせて笑みを堪える。


 だがしかし、ついに夜魔の森の支配者、真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)ハイジアは己の敗北を認めた。


「ええい! もう良いわ! 妾の負けじゃ! 旨いもんは旨い! 最高じゃ、最高に旨いのじゃー!」


 ハイジアは「うおー!」と声をあげながら炭火焼きを貪る。


「ははは、つか、やっと素直になりやがったか!」


 俺は炭酸で割ってハイボールにした百年の孤独をハイジアへと差し出した。


「んく、んく、んく、ぷはぁ! 旨いのじゃー!」


 ハイジアは幸せ一杯という風に、満面の笑みを浮かべて酒を飲んだ。




 そして俺は、今日も覚悟を決めて女騎士姉妹を見遣る。

 マリベルとシャルルは地鶏炭火焼きを食べた後、彫像の様に固まっている。


 フレアが話しかけてきた。


「ねえ、お兄さん。毎回毎回、律儀にマリベルの感想を聞かなくても、いいんじゃないかしら?」

「いや、つっても放っておくのも何だしなぁ」

「貴様は気を使い過ぎじゃコタロー。マリベルの事は放っておけば良かろう。んく、んく、ぷはぁ! んー旨いのじゃ」

「……あー、つかそうだな。んじゃ、たまには放っておく事にすっか!」


 固まったままの女騎士達は放っておいて、酒と肴を楽しむ事にした。


「くぁッ! この歯応えがたまんねーな! 噛んでも噛んでも噛み切れねー」

「んく、んく、んく、ぷはぁ! コタロー! 妾に焼酎ハイボールをもう一杯じゃ!」

「あ、お兄さん! あたしにはストレートで貰えるかしら?」


 俺たちは女騎士二人そっちのけで盛り上がる。

 そんな俺たちをチラッ、チラッと見る二対の視線を感じる。


(……お、お姉ちゃん、どうするのですか? わたし達、放置されてしまっているのです!)

(う、うむ。この展開は考えていなかった。おのれコタローめ。何という薄情な奴だ。……ど、どうしよう、シャルル?)


 チラッ、チラッと女騎士たちの視線を感じる。

 全く仕方ねー奴らだ。

 俺は小さく笑って二人の女騎士に声をかけた。


「おう! マリベル、シャルル! どうだ? 旨いか?」


 女騎士姉妹は花が咲いた様にパアッと笑顔になる。

 実に嬉しそうだ。

 女騎士達はグルリと顔をこちらに向け、目をカッと見開いた。


「旨いなどと言う言葉では語り尽くせぬわ! この地鶏の炭火焼き! 一見すると見た目の悪い真っ黒に焦げたこの肉の塊が、実際に口に含んでみると何と素晴らしく香り高きことか! しかしこの肴は香りだけではない! 味わいも抜群だ! 恐らくは元となった鶏肉からして違うのだろう! 適度にのった程よい脂に、硬く奥歯を押し返してくるしなやかな肉の弾力! 負けじと何度も噛みしめる内に奥から奥から湧き出てくる旨味の洪水。香り、歯応え、旨味の三つが渾然一体となる様は過去、現在、未来を司る運命の女神ノルニル! 次から次へと湧いて出る旨味は、さながら世界樹ユグドラシルの根の向かう先、ウルズの泉!」

「それだけじゃないよお姉ちゃん! この強烈な旨味の塊である地鶏炭火焼きに柚子胡椒をのせると、また別の世界が広がるよ! 濃い味付けの炭火焼きに更に強い薬味である柚子胡椒をぶつけるという発想! 互いの個性がぶつかり合い、けれど打ち消し合うことなく互いを高めあっている! これはもう味の暴力といっても差し支えないよ!」


 二人の女騎士は「ふぅ」と息を吐き満足気だ。

 何かを成し遂げたような顔をしている。


「……お、おう。スッキリしたか?」


 俺はそんな二人に若干引き気味になりながら尋ねた。


「ああ! ありがとう、コタロー!」

「はい! スッキリしたのです!」

「ははは、なら良かったわ! どうだ、アンタらはハイボールにすっか? ロックか? ストレートか?」


 そう尋ねると二人は満面の笑みで応える。


「うむ! 私はストレートだ!」

「あ、はい! わたしはハイボールで下さい!」

「んく、んく、んく、ぷはぁ! 妾にもハイボールをお代わりじゃ!」

「あたしも次はハイボールで貰おうかしら!」


 俺たちは今日も今日とて、ドンチャン騒ぎを楽しんだ。




 翌日。


 今日は俺の仕事初めの日だ。

 昨日のドンチャン騒ぎの酒がまだ幾らか残っている。


 俺は頭を振って顔を洗い、目を覚ました。

 髭を剃ってスーツに着替える。


「さ、今年も一年、ほどほどに、がんばりますかねー」


 ガッツリ稼いでまた今年もお隣さんと飲み会だ。

 俺は楽しい飲み会を思い浮かべながら、軽い足取りで玄関扉を開いて、朝の雑踏に賑わう街に飛び出した。

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