第31話 お隣さんは魔王級
「おう! んじゃま、今日もかんぱーい!」
「うん。虎太朗くん、みんな、乾杯!」
「うむ、乾杯!」
「乾杯なのです!」
「かんぱーい! んく、んく、んく、ぷはぁ!」
今日も今日とて俺たちは酒盛りを始める。
時刻は正午過ぎ。
まだハイジアは眠っている時間。
面子は俺に大家さん、マリベルにシャルル、あとはフレアだ。
「んく、んく、んく、ぷはぁ! あー、やっぱりビールは堪らないねぇ!」
「つか、大家さん! いい飲みっぷりだな!」
「うん! 最初の一杯は、勢いが大事だからね! あ、虎太朗くん、ビールもう一本もらえるかな?」
「おう! ジャンジャン飲んでくれ!」
大家さんにビールを差し出した。
隣ではマリベルが、既に二本目の缶ビールを傾けている。
「んく、んく、ぷはぁ! うむ、この喉ごし! やはりビールもうまいなッ!」
「はい、どうぞ、お姉ちゃん。枝豆なのです」
「ぷはぁ、おいしー。最近は、日本酒や焼酎が多かったものねぇ。何だかビールは久しぶり」
「つか、寒いとやっぱ、どうしてもなぁ」
俺たちは益体もない話に花を咲かせながら、ダラダラと飲み始めた。
そのとき……
――――ゾクリ
俺の全身を悪寒が走り抜けた。
「……ッ!? カッ……ハッ、な、なんだ、こいつは……」
息が詰まる。
体がカタカタと震えだして止まらない。
「……グ、グゥ。ッ、こ、虎太朗、く、ん」
見れば大家さんも声を震わせ、コタツテーブルに手をついている。
「ッ!?」
お隣さんたちも息を詰まらせている。
異常な圧力の中、フレアが口を開いた。
「……ねえ、マリベル。この重圧は、……もしかして!?」
フレアとマリベルが顔を見合わせた。
マリベルは缶ビールをキュッと飲み干した後、空いた缶をタンッと音を鳴らしてコタツテーブルに置き、神妙な顔をする。
「……ああ、間違いない。……魔王級だ……」
マリベルのその言葉に大家さんが色めき立つ。
「……き、きた、きた、カハッ、……魔王、きたーッ! ゲハッ!」
大家さんは咳き込みながらもテンション爆上げだ。
女騎士マリベルと女魔法使いフレアは、そんな大家さんを完全にスルーして立ち上がる。
マリベルはフレアに目配せした後、俺たちに話しかけた。
「私とフレアは至急リビングへと向かう!」
「お兄さんとおハゲさんは、この部屋で待機! 今回は観戦はなしよ!」
「そ、そんなぁ! あァァァんまりだァァアァ! グホッ!」
「お、お姉ちゃん! わたしは、どうすればいいのですか?!」
小さな女騎士シャルルがマリベルに尋ねた。
「シャルル! お前はハイジアを起こしてきてくれ! その後はコタロー達とともに、炬燵で待機だ!」
「そ、そんな! わたしだって、戦えるのですッ!」
シャルルが立ち上がり声を上げる。
しかしマリベルは、厳しい顔でシャルルを見据えながら言った。
「聞きわけろシャルル。……私はお前を失いたくはない」
「……ん、……えと」
シャルルは目を伏せ、唇を噛む。
「……はい。……分かったのです」
シャルルはガクッと肩を落とし、渋々ながらもマリベルの言葉に従った。
「では、いざ参らんッ!」
「わ、わたしは、ハイジアさんを起こしに行くのです」
「お、おう、なぁ、アンタら。……まさか死んだりしねーよな?」
俺は心配気な顔をして尋ねた。
「大丈夫よ、お兄さん。おハゲさんも、そんな顔をしないで。……ちゃんと戻ってくるから、ビールを全部飲み干しちゃったら、ダメよ?」
フレアは俺たちを安心させるかの様に軽口を叩く。
そうしてお隣さん家の異世界人たちは、コタツ部屋を飛び出して行った。
後には俺と大家さんがポツリと残された。
残された俺たちは目を見合わせ駄弁り始める。
「し、心配だ、ね。虎太、朗くん」
「そ、そうだ、な。……無事を、祈ろう、ぜ」
実際、俺や大家さんに出来ることなんて、祈ることくらいだ。
「……お、おう。つ、か、しかし……マジ、凄えプレッシャー、だな、魔王っつーのは。カハッ」
「う、うん。……そ、それは、そうと、虎太朗く、ん。……物は、相談、……なん、だけど」
「な、なん、すか?」
「リ、リビングにね。……ま、魔王観戦、おっと、そうじゃない、心配だから、よ、様子を見、に、行かない、かい?」
大家さんがまた命知らずな事を言い始めた。
まあ、大方の予想はついていたが。
しかし、まったくぶれんな、このハゲ親父は。
「いや、つかさっき、フレアが来んなって、言ってたじゃ、ねーか。……ケフッ」
「で、でもね、虎太朗くん! こんなチャンスは、二度とないかも、知れないんだよ?」
「つ、つってもなぁ……」
大家さんは咳き込み震えながらも、目を輝かせながら熱く語る。
「だ、大丈夫だよ、虎太朗くん! カハッ、遠くから眺めるだけだ! け、決して近づいたりはしない」
「ち、近づいたりしない……」
「そーう、そうそう。眺めるだけ」
「眺めるだけ……」
「か、考えてもご覧よ! 魔王観戦なんてビッグイベント、ケフッ、どんなスポーツ観戦も、相手になりやしない! 世紀の一大イベントだよ!?」
「……た、確かに」
俺の気持ちが魔王観戦に傾く。
だが俺はかぶりを振って誘惑を断ち切った。
「いや、だめだだめだ! つか、やっぱり死んだら、元も子もねー!」
「……」
大家さんが押し黙る。
そして胸を抑えて苦しみ、悶え始めた。
「む、胸が、胸が苦しいよ、虎太朗くん!」
「な、何ッ!? 大丈夫か、大家さん!」
「胸が張り裂けそうだよ! も、もう私はダメだ……カハッ」
「諦めんなッ! 気をしっかりもて!」
俺は大家さんの手を取って励ます。
「こ、虎太朗くん……気付けの、気付けの酒を、貰えるかい?」
「お、おう! つか、缶ビールでいいか?」
「もっと! もっと強いお酒を!」
「お、おう! 強い酒っつーと、えっと……」
コタツ部屋を見回す。
すると部屋の隅っこに、マリベルが常時確保している一人呑み用の日本酒が見えた。
「おう、大家さん、これを!」
俺はグラスに日本酒をなみなみと注ぎ、大家さんに差し出した。
大家さんは震える手でグラスを受け取り、一息に酒を飲み干す。
「んく、んく、んく、ぷはぁ!」
「もう一杯いるか?」
「ありがとう、虎太朗くん、頂くよ。お返しに虎太朗くんも、一杯どうだい?」
「おう! んじゃ、頂くわ!」
大家さんのご返杯を受け取る。
大家さんがニヤリと笑った気がした。
「んく、んく、くはーッ! 効くなぁ!」
俺は喉を鳴らしてグラスを空にする。
「さ、虎太朗くん! もう一杯!」
「おう! 大家さんも、ほらッ!」
「んく、んく、んく、ぷはぁ! うめー!」
「くはぁ! 体がカッカして来たよ!」
俺たちはグビグビと喉を鳴らして酒を飲む。
「んく、んく、かーッ! 染みるぅッ!」
「んく、んく、んく、げふぅ! こりゃうまい、ヒック!」
俺たちは次から次へと、気付けの酒を楽しんだ。
「ギァグルギィウイイイーーーッ!!!」
魂を凍て付かせる様な咆哮が聞こえてくる。
「あ!? つかそういや、魔王っつーのが来てたんんだよな! ヒック」
「ヒック、そうだよ虎太朗くん。じゃあ、ちょっと観にいこうか?」
「おう、いーすねー! んじゃ、行くかぁ!」
俺は炬燵から足を抜き、立ち上がろうとする。
すると、頭に重しを乗せられたかの様な重圧が掛かり、自然と腰が曲がった。
「うははは、何だこれ! まともに立てねえぞ! つか、魔王のプレッシャー、マジ半端ねー!」
「あははは! ホントだ、勝手に腰が曲がるね! ヒック、見てみて虎太朗くん! 田植えー」
「なんだそりゃ? つまんねー! うはははは! つか、農家の方に謝れオッさん! ヒック」
「あはははは! 落穂拾いー、ヒック」
そうして俺たちは、魔王の発する恐るべき威圧感の中を、腰を曲げながらリビングに向かって歩み始めた。
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