第28話 お隣さんと初詣

 ――――ピンポーン


 俺ん家の玄関チャイムがなる。


「はい、はい、どちらさんー?」


 俺は玄関までパタパタと歩き、ガチャッとドアを開いた。


「おはようございまーす、虎太朗さん!」

「なんだ、杏子あんずちゃんか。おう、あけましておめでとう!」

「あ、はい! おめでとうございまーす!」


 開いたドアの先に立っていたのはコスプレ女子大生の杏子だ。

 しかし今日の杏子はコスプレ姿ではなく珍しい格好をしていた。


「えへへー、どうですか、この格好! 似合ってますか?」

「振袖かぁ……。おう、似合ってんぞ! つか、馬子にも衣装ってやつだな!」

「ひっどーい! 何ですかそれー!」

「ははは、悪い悪い」


 俺はプクーッとむくれる杏子に笑いながら謝った。


「で、どうしたんだ今日は? 振袖姿を見せに来ただけか?」

「それもありますけどー。虎太朗さん、初詣に参りませんか?」

「初詣か……」


 今は年明け三が日。

 今日はダラダラと寝正月にしようかと思っていたんだが、せっかくのお誘いだ。

 初詣に行くのもいいだろう。


「おう! んじゃ、近くの神社に詣でるとすっか!」


 俺がそう応えると、杏子は笑顔になって背後を振り向いた。


「皆さーん。虎太朗さんオッケーですよー!」


 杏子がそう声を掛けるとお隣さん家の面々がゾロゾロと連れ立って顔を出した。


「う、うむ。そ、そうか……」

「えっと、何だかこの格好は気恥ずかしいのです……」

「これ、シャルル。何を恥じ入る事がある。妾を見よ! どの様な姿でも妾は偉大なのじゃ!」

「ッと、ちょっと動きにくいわね、この衣装」


 お隣さんたちは色とりどりの華やかな振袖姿で現れた。


「お、おう。……つか、アンタら、その格好……」

「……な、なんだ?」


 俺はジロジロと女騎士マリベルの着物姿を眺める。

 マリベルはいつもの鎧を脱ぎ捨て、花模様があしらわれた水色の振袖に身を包んでいる。


「……き、綺麗だ」

「んあッ!? お、お前ッ!?」


 俺の口から思わずそんな呟きがこぼれ出る。

 マリベルはワタワタと慌てた後、顔を赤くして俯いた。


「コ、コタロー。そんなに、ジロジロ見るな……」

「……お、おう」


 マリベルは頰を赤く染めて俺から目をそらす。

 その様は何というか艶やかで、俺は思わずドキリと胸を高鳴らせた。


「あーッ! 虎太朗さんがマリベルさんと見つめあってるー!」


 杏子が声を上げる。


「ふふん! お姉ちゃんは綺麗だから、コタローさんが目を奪われるのも仕方がないのです!」

「まったく、お熱いわねぇ貴方たち」

「お、おい! シャルル! フレア!」

「うぬぬ、……コタロー! マリベルばかり眺めとらんで、妾のことも見るのじゃ!」

「お、おう! つーか、別にマリベルに目を奪われてた訳じゃねーし!」


 俺たちはやんややんやと騒ぎ出す。


「あ! そういえば部屋を空にして、みんなで出掛けても大丈夫なんでしたっけー?」

「リビングの魔物召喚の事か? それなら問題ないぞ。つか、リビングには遠隔カメラ仕込んでるし」

「遠隔カメラ、ですか?」

「おう! 何かあれば、俺のスマホに知らせがくる手筈になってんだよ」

「うむ。妾であれば近場の移動くらい一瞬じゃしの」

「なら大丈夫ですねー! それじゃあ虎太朗さん、みなさん、早速ですが、初詣に出発しましょー!」


 そうして俺たちは連れ立ってマンションを出た。




「おー、結構な人出だなぁ」


 近所の少し大きめの神社。

 普段は閑散としたその神社も三が日の今日ばかりは大勢の参拝客で賑わっていた。


「とりあえず先に参っちまうか!」

「うむ。私はよく分からんから、お前に任せよう」

「アンタらも、それでいいか?」


 俺の問いかけにみんなが賛同する。

 俺たちは本宮へと向かった。


 本宮の賽銭箱の前は雑多に人が溢れかえっている。


「みなさーん! 五円玉持ちましたかー?」

「はい、持ちましたのです!」

「うむ、私の準備はよいぞ」

「妾もじゃ!」

「それで、このお金をあの箱に投げ入れればいいのかしら?」

「おう、そうだ! 願い事をしながらな。つか、手本を見せてやるから、ちゃんと見てろよ?」


 俺は五円玉を賽銭箱に放り込み、二度頭を下げてからパンパンと手を叩く。

 俺は神様に願い事をする。


(つか今年も、旨い酒が飲めるように頼んます!)


 俺は最後にもう一度頭を下げてから、みんなを振り返った。


「分かったか?」

「はいなのです! 二度礼をしてパンパン、願い事をして最後にもう一度一礼なのですね?」

「おう! シャルルは飲み込みが早えな!」


 俺はシャルルの頭をポンポンと叩く。

 シャルルは「えへへ」と笑いながら目を細めた。


「じゃあ妾から。……コホン、あーあー、異界の神よ! 妾の威光に平伏すがよい! ふははは!」

「私は、……そうだな、今年もまた、旨い酒と良い肴に恵まれますよう」

「んー、あたしは何を願おうかしら?」

「はいはーい! 私は今年も無病息災で、楽しくコスプレしたいでーす!」


 俺たちはお参りを済ませた。


「じゃあ次は御神酒(おみき)もらいに行くか!」


 俺たちはゾロゾロと連れ立って御神酒授与所まで移動した。


 ここらは本宮周辺と異なり人もまばらだ。

 そばの池では近所のオッちゃんが、ジャージ姿で鴨とアヒルにパン屑を与えている。


「ぷはー! 御神酒はなんというか、ありがたいですねー」


 杏子が御神酒を頂いたのを皮切りに、お隣さん家の面々も御神酒の杯をクッと傾ける。


「何だかこのお酒、神聖なマナに満ちているわ」

「うむ。この御神酒とやら、……飲むと体が引き締まるな」

「ぐ、ぐおお。体内に神聖なマナを取り込んでしもうたのじゃ……」

「ハ、ハイジアさん、大丈夫なのですか!?」


 俺はそんなお隣さん達を横目に喜捨をする。

 そして俺も一杯御神酒を頂いた。


「おう、みんな! 御神酒はもらったか? じゃあ次はお待ちかねの、出店屋台だ!」




 大勢の人で賑わう屋台通り。

 お隣さん達はキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。


「虎太朗さん、虎太朗さん。みなさん目立ってますねー」

「……ああ。つか、目立ちまくりだな」

「無理もないですねー。みなさん信じられないくらい綺麗な人ばかりですし……。はぁ、私もマリベルさんやフレアさんくらいの美人だったらなー」


 杏子はそう言って肩を落とした。

 俺はそんな杏子を慰める。


「いや、……なんつーか、杏子ちゃんも捨てたもんじゃねーぞ?」

「またまたー。私はそんなヨイショには乗りませんよー?」

「おう、つかマジだって。大学だとモテモテなんじゃねーのか、アンタ?」

「えー!? そんな事ないですよー!? ……でも、私にそんな事言っていいんですかー? マリベルさんに言いつけちゃいますよー?」


 そう言って杏子はイシシと笑った。


「ちょ、ちょっと待て! つか、なんでそこでマリベルが出てくる!?」

「だってだって、虎太朗さんのマリベルさんを見る目って、他の人を見る目よりほんの少し優しいですもん。分かっちゃいますよー!」

「そ、そんなこと……」


 俺は言葉に詰まった。

 自分でも意識していなかった事を指摘され、気が動転する。


「コタロー。いまお前の会話に私の名が聞こえたが、何か私に用でもあるのか?」


 後ろを歩くマリベルが近寄ってくる。

 そして肩越しに、俺に声をかけてきた。

 話の渦中のマリベルに急に話し掛けられた俺は、上擦った声を返す。


「お、おう! な、なんでもねーよ! つか、マリベル、アンタは向こう行ってろ!」

「……何を焦っているのだ、お前は?」

「つか、なんでもねーって!」


 俺はテンパってぶっきらぼうになる。

 マリベルは「一体何だというのだ」と呟いて、お隣さん達の輪の中に戻っていく。

 俺の隣では杏子が悪戯好きな顔でニシシと笑っていた。




「おう、にいちゃん! こっち、熱燗六合と御猪口を三つに缶ビール三本! 肴はサザエつぼ焼き、ホタテ網焼き、たこ焼き、いか焼き、焼きそば、牛串とイカの姿焼きを三人前ずつ持ってきてくれ!」

「あいよーッ! あじゃじゃっすーッ!」


 俺たちは座って飲めるテントを張った大型の屋台に入った。

 奥に簡易的に設けられた座敷で、酒と肴が出てくるのを待つ。


 マリベルが辺りを見回しながら口を開いた。


「しかし何ともここは、活気に満ちているな!」

「おう、毎年こんなもんだ。つか、マリベルんとこは、正月はどんな感じなんだ?」

「ふむ、聖都ボルドーか。あそこの年初めはもう少し静かだな。騎士団も街の住民も、家族でゆったりと新年を過ごすんだ」

「へー、そうなのか」

「はいはーい! でもお姉ちゃんは毎年、酒場まで出掛けて、荒くれ者の冒険者に混じって、どんちゃん騒ぎをしているのです!」

「お、おいシャルル。勘弁してくれ」

「ははは、マリベルらしいじゃねーか!」


 そんな事を話していると酒と肴が運ばれてきた。


 俺はマリベル、杏子に御猪口を渡し、ハイジア、フレア、シャルルに缶ビールを渡した。


「おう、新年一発目の飲み会だ! 酒は持ったか? んじゃま、かんぱーい!」


 俺は乾杯の音頭をとる。


「うむ! 乾杯! んく、んく、ぷはぁ!」

「かんぱいなのです!」

「ふははは、乾杯なのじゃ!」

「かんぱーい! ジャンジャン飲むわよー!」

「えへへー、虎太朗さん、みなさん、かんぱーい!」


 俺たちは熱燗をグイッと飲み、コキュコキュと喉を鳴らしながらビールを飲む。


「このサザエの壷焼きとたこ焼きは、以前に食した事のある肴だな! しかし相変わらず、旨い!」

「おお! この焼きそばとイカ焼きのチープな味わい! これはビールが合うのじゃ! んく、んく、んく、ぷはぁッ! もう一本なのじゃ!」

「あ、お姉ちゃん、わたしも熱燗飲みたいのです。ちょっとビールと交換して下さい!」

「あらあら、この牛串、美味しいわね。ビールがすすむわー」

「ホタテ網焼きとイカの姿焼きも、熱燗にバッチリ合いますよー」


 俺たちはやんややんやと盛り上がる。


「おい、そこな下郎! 妾に缶ビールを三本追加じゃ!」

「あじゃじゃっすー!」

「ちょっ、おま、ハイジア! 店員のにいちゃんを下郎呼ばわりするのはやめろ!」

「んく、んく、んく、ぷはぁ! 店員さん、あたしにもお代わりよ! そうね、次は燗(かん)したワンカップにして頂戴な!」

「あじゃじゃじゃっすー!」

「ふむ、そうだな。次は私もワンカップにしておこうか!」

「あじゃじゃっ、あじゃじゃっすー!」


 出店屋台でも俺たちはジャンジャン酒を飲んで楽しんだ。




 散々飲み食いして腹の満たされた俺たちは、少しばかり落ち着きを取り戻す。


「んく、ぷはぁ、……ふふふ、楽しいな」


 振袖姿の女騎士マリベルが微笑みを浮かべる。


 マリベルは寒さに白んだ息を吐くが、頰は赤く上気している。

 襟足から覗く白いうなじが艶めかしい。

 俺はついついそんなマリベルに目を奪われた。

 そうしていると俺の視線に気付いたマリベルと、俺の視線が交わる。


「……な、なんだコタロー。またそんな風に、私をジッと眺めよって」

「……お、おう。つか、何でもねーよ」


 俺はフイと視線を逸らした。


「あー! またコタローとマリベルが雰囲気を出しておるのじゃ! 貴様ら、妾を差し置いて許せん。とうぁッ!」


 ハイジアが俺の胸元に飛び込んできた。


「ほれ、コタロー! 妾が存分に構ってやろうぞ! 光栄に思うがよい!」

「お、おう。あんがとな、ハイジア」


 なんだ、ハイジアちょっと酔ってきてんのか?

 これは久しぶりのハイジアたんイケるか?

 俺の頭の片隅に、ハイジア酔っ払わせ計画がチラつく。


 そんな俺の邪(よこしま)な心を、何処からか聞こえてきた幼い子供の泣き声が吹き飛ばした。


「あああーーーんッ! おがあざん、おどうざん、どこーーーッ?」


 俺は声のする方に顔を向ける。

 すると親とはぐれたらしい小さな男の子が、泣きながら歩いているのが見えた。


 男の子は涙に濡れた目を擦りながら、あんあんと泣いている。


「おい、コタロー。あれは?」

「ん? おう、迷子かなんかだろ。つか……」


 俺は座敷におろした腰を浮かせる。


「ちょっと行ってくるわ」


 俺は靴を履き、杏子に声をかける。


「おう、杏子ちゃん、俺が離れてる間、みんなの事を頼むわ。追加の注文があったら、コレで払っといてくれ」

「はーい、任されました! じゃあ、この屋台で飲みながら待ってますねー」

「おう、頼んだ」


 俺は泣きじゃくるガキに向かって歩き出した。

 そんな俺の背中に声が掛けらる。


「まぁ待てコタロー。……んく、んく、んく、ぷはぁ。私も一緒に行こう」


 マリベルがそう言って立ち上がった。




「ああああーーん! おがあさーん、おに゛いぢゃーん!」

「おう、ガキンチョ! つか、泣きやめ!」

「お前、言い方が乱暴だぞ。……おい、そこな子供よ! 泣き止むのだ!」

「いや、つかお前の言い方も、俺とあんまり変わらんだろ」


 俺たちは泣きじゃくる男の子に声をかけた。


「ああああん、……グズ、おじさん、おねえさん、……だれ?」

「お、おじさッ!?」

「……ぷっ、あははは! おじさんか! これは傑作だ! あははは!」

「くっ、アンタ、マリベル……後で覚えてろよ!」

「ふん、知らんなぁ? コタローおじさん。ふふふ」


 マリベルが俺を揶揄(からか)う。


 くそっ!

 三十過ぎは、まだおじさんじゃねーだろ!


「……まあいい。……ゴホン、おい、ガキンチョ! お、に、い、さん達が、アンタの親んとこまで連れてってやる。だから泣き止んで、お、に、い、さん達についてこい!」

「……ぷはっ! コ、コタロー、お前! 必死すぎだろう!」


 男の子は涙で濡れた瞳で俺を見上げる。


「……グスッ、ほんとに? おじさん……」

「……くッ!」

「ぶはっ! お、おい、コタローおじさん! 何というか子供は正直だなぁ! あははは!」

「……ちっ、くそ! まあいい。つか、行くぞ、ガキンチョ!」


 俺は男の子を肩車した。


 この神社はそこそこの大きさの神社だが、迷子センターなどは無い。

 俺はマリベルと連れ立って、初詣客で賑わう通りを歩き回る。


 そうして十分ほど歩き回った頃だろうか。


「たっくんッ!」


 通りを歩く一人の女性が俺の肩に乗り、頭に掴まる男の子を見て声を上げた。


「おか、おかーさんッ!」


 俺が男の子を肩から下ろすと、男の子は脇目も振らずに母親の元へと駆けていった。


「ありがとうございます。本当に助かりました。」


 母親が俺たちに頭を下げる。

 俺は鷹揚に手を振って応える。


「あー、頭を上げてくれ。つか、そんな大した事は何もしてねーし」


 実際俺がやった事は、ガキンチョに肩車をして、十分ほど境内を歩き回っただけだ。


「ほら、たっくんも、こちらの方にお礼を言うのよ」


 母親は頭を上げて、男の子を促した。

 男の子は満面の笑顔で礼を言う。


「ありがとう! おじさん! おねえさん!」

「ぐっ……」

「ぶはっ!」


 俺は最後にまた精神的ダメージを与えられ、マリベルは愉快そうに吹き出した。




「おう! んじゃ、みんなのトコに戻るかー」


 俺はマリベルに話しかける。


「ああ、そうだな、コタローおじさん!」

「ちょまッ! 覚えろよ、マリベル!」

「あははっ!」


 マリベルがまたも俺を揶揄(からか)う。

 俺はムスッとむくれて、マリベルに先立って歩き出した。


「おう、マリベル! つか置いてくぞ!」


 マリベルは俺の背中を見つめる。


「……コタロー、お前はいい奴だな。……この世界で最初に出会えたのがお前で、私はよかった」


 マリベルが何やらぶつくさと何かを言っている。

 俺は振り返り話しかける。


「ん? つか、何か言ったか?」

「……いや、何でもない。さあ、戻ろうか、コタローおじさん!」


 振袖姿のマリベルが小走りで俺の後をついてくる。


 俺は俺を揶揄からかうマリベルに、怒ったフリをして、一緒に笑いあった。

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