第26話 お隣さんと年越しそばと甘酒

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以下、本編です。




 年の瀬。

 今日は大晦日。


 俺はお隣さん家のコタツ部屋で、ダラダラと熱燗を飲んでいる。

 時刻は既に夕方だ。


「ッ、ぷはぁ。……今年は、本当に良い年だったよー」

「そっすね、大家さん。つか、まさかお隣に異世界人が住み着くとはなぁ。あ、ほら、もう一献(いっこん)」

「とっとっと、ありがとう虎太朗くん。あ、お返しの一杯、どうだい?」

「うっす、頂くわ」


 俺は赤ら顔をした大家さんと、差し向かいで御猪口(おちょこ)を傾け合う。

 そんな俺たちの間に、女魔法使いフレアが混ざってきた。


「あたしも混ぜてもらっていいかしら?」


 俺はかんした日本酒を差し出しながらフレアに応える。


「おう、もちろんだ! ジャンジャン飲め」

「うふふ、ありがとう、お兄さん」


 フレアは御猪口を受け取り、薄桃色の唇に添えて熱燗を口に含む。

 上気した頰も相俟って、何だか今日のフレアは色っぽい。

 フレアはコクリと喉を鳴らして酒を飲み込んだ。


「つか、フレア。頰が赤いが、酔ってないよな?」

「ええ、まだまだ大丈夫よ、お兄さん」


 フレアは「ほう」と息を吐き出す。

 俺はそんな女魔法使いの様子に、少しばかりドギマギした。


「お、おう、そうか」


 俺は誤魔化す様に目を逸らし、炬燵の一角に顔を向ける。


 するとそこでは、女騎士マリベルが一升瓶を胸に抱えながら酔い潰れて寝そべり、幸せそうな顔でイビキをかいていた。

 シャルルもそんなマリベルに、コアラの様に引っ付いて一緒に眠っている。


「……そこの女騎士は、今日もマジ気持ち良さそうだわ。つか、まったく、コイツは」

「あはは、マリベル殿は、割りといつも酔い潰れるよねぇ」

「酒癖も悪りーしな、うはは」


 俺たちは益体のない会話に花を咲かせ、ダラダラとした時間を過ごす。


「あら? 肴がなくなっちゃったわね」

「おう、ホントだ。んじゃ、なんかウチから持って来るか?」


 俺がそういうと、二人並んで仲良くアニメを観ていた杏子(あんず)とハイジアが寄ってきた。


「なになに? 新しい肴ですかー?」

「コタロー貴様、妾を差し置いて、貴様らだけで新しい肴を楽しむつもりかえ?」

「おう、じゃあ肴、取ってくるわ。後で年越しそば食うから軽めの肴な」


 俺は炬燵から立ち上がった。




「肴持ってきたぞ。ほら、『海鮮松前漬』だ!」


 俺はコタツテーブルにタッパーを置く。


「ふむ、旨そうなのじゃ!」

「おう、旨いぞ! なんつっても俺が自分で仕込んだ松前漬だからな。年末年始仕様で豪華な具材をふんだんに突っ込んだ!」


 俺はそういって胸をはる。


「へー、どんな具材なんですか、虎太朗さん?」

「まず基本の人参、スルメに昆布の細切り。あとは数の子、それにツブ貝と甘海老と蟹の身だ!」

「おおー! 張り込んだねえ、虎太朗くん!」


 みんなが色めき立つ。

 そんな中フレアがいち早く手を伸ばし、タッパーに菜箸を突っ込んだ。


「じゃあ、あたしから頂きまーす!」

「あ、ずるいのじゃ、フレア! 妾にも寄越すのじゃ!」

「よぉし、ハイジアちゃんには、私がよそってあげよう」

「大家、貴様! 妾をちゃん付けで呼ぶでないわ!」

「お、おう、アンタら、全部は食うなよ!? マリベルとシャルルの分も残しておいてやれ!」

「あ、虎太朗さん! こっちにも熱燗一本つけて下さーい!」

「ねぇ、もうマリベルとシャルルも起こしちゃうわよ? マリベルー、シャルルー。起きなさい、貴女たちー」

「……ん、んあ?」

「……むにゃむにゃ」


 今年最後のお隣さん家飲み会が、やんややんやと始まった。




「んじゃー、そろそろ『年越しそば』にすっか!」


 俺は程よく赤くなった面々を見回し、声を上げた。

 俺の言葉にマリベルが応える。


「コタロー、年越しそば、とは何だ?」

「おう、日本じゃあな、大晦日にそばを食ってから新年を迎えるって風習があんだよ」

「へー、そうなのですか。そばってどんなお料理なのですか?」

「ふむ。シャルル、貴様は無知じゃのう。そばと言うのはホレ、麺料理の一種なのじゃ!」


 女吸血鬼ハイジアがふふんと顎を上げた。


「おう、ハイジアの言う通り麺料理だ! えっと、人数は何人だ? ひのふのみのよの……」


 俺は指折り人数を数える。

 マリベル、ハイジア、大家さん、杏子(あんず)、フレア、シャルル、それに俺、……計七人か。


 そうしていると天井からバサバサと蝙蝠が降りてきて、その姿をボワワンとサキュバスに変えた。


「つか、キュキュットか! アンタも年越しそば食うか?」

「……コタロー様、是非」

「おう! もちろんいいぞ! じゃあ計八人だな」

「ハイジア様。わたくしもご相伴に預かってよろしいでしょうか?」

「ふむ、サキュバスの貴様、……キュキュットと名付けられたのじゃったか」

「はい、コタロー様にお名付け頂きました」

「うむ! ならば今日は存分に護衛の労をねぎらって貰うがいいのじゃ!」

「はっ! ありがたく!」


 キュキュットは片膝をつき、頭を下げた。


「つか、年越しそばくらいで大袈裟だな、アンタら! ははは!」


 俺はハイジアとキュキュットのやり取りを見ながら笑う。


「よし! じゃあ、年越しそば八人前! すぐ作るから、腹を空かせて待ってろよ!」


 俺はお隣さん家の台所に立った。




「じゃあ、私と杏子あんずはこれでおいとまするよ」

「ヒック、ご馳走ッさまでしたー! キャハッ!」

「お、おう。杏子ちゃん、だいぶ酔ってんな。大丈夫か?」

「大丈夫ッ、でーす! テヘペロッ!」


 大家さんは、酔ってイラッとする感じに陽気になった杏子の脇を支えて立ち上がらせる。


「つか、大丈夫か、大家さん。何ならタクシー呼ぶか?」

「いや、大丈夫だよ、虎太朗くん。マンションを出た先の道路でタクシーを拾う事にするよ」

「うっす、そっすか」

「あ、そうだコタローくん。これを――」


 大家さんがポケットから鍵を取り出し、俺に手渡した。


「これは何すか?」

「それはこのマンションの屋上の鍵だよ」

「屋上の鍵……」

「うん。私と杏子はこれで帰るけど、君たちはみんなで、屋上から初日の出でも拝んだらどうかと思ってね!」


 大家さんは親指を立てて、パチリとウィンクする。


 大家さん……。

 相変わらずなんつーイカした提案をするオッさんだ。


「おう! あざっす、大家さん!」

「うん! じゃあ、私達はこれで。君たち、よいお年を!」

「みなさーん! ヒック、よいお年をー、キャハッ!」

「おう、つか、二人もよいお年を!」

「うむ。大家殿、アンズ、よいお年を!」

「はいなのです! お二人もよいお年をお迎えください!」

「ふん、貴様らもよい年を迎えるがよかろう!」

「はーい、おハゲさん、アンズ! また来年!」


 大家さんと杏子が帰った。


 俺は「んっ!」と伸びをして立ち上がる。

 さて、初日の出となるとアレだな。


「おう、アンタら。大家さんが屋上の鍵を貸してくれたんだが、初日の出、一緒に拝むか?」

「ふむ。……初日の出とは何だ?」

「貴様は何も知らぬのマリベル。初日の出とは、一年で最初の日の出の事じゃ!」

「さすがテレビっ子ねぇ、貴女」

「で、初日の出を拝むとどうなるんですか、コタローさん?」

「いや、俺も知らんが、何か目出度いだろ? 甘酒も用意すんぞ? 甘酒うんまいぞー」


 俺がそう言うと、お隣さん達は甘酒に食いついた。

 どうやら初日の出には全員参加の様だ。


「じゃあ、俺はいったん帰って甘酒仕込んでくるわ!」

「うむ。よろしく頼む!」

「おう! 朝の六時頃に起こしに来るから、ちゃんと起きろよー?」




 日付は変わって、元日。

 俺たちはマンションの屋上に勢揃いしていた。


 吐く息が白い。

 朝の冷んやりと張り詰めた空気が肌をさす。

 薄暗い空の下、俺たちは冬の寒さに身を震わせる。


「寒いなー! ほら、甘酒温まったぞ!」


 俺は甘酒の入った鍋を携帯コンロで火に掛ける。

 寒空の下、クツクツと煮える甘酒があまい香りを漂わせる。

 俺は甘酒を紙コップに注いで、みんなに配った。


「んく、んく、……あちッ!」

「ははは、マリベル! 冷まさないと火傷すんぞ?」

「ふーッ、ふーッ、んく。……はあぁ、美味しいのです!」

「んく、はぁ。ほんと、体がポカポカと温まるわねぇ」

「んく、あちッ! んく、あちッ!」

「おう、ハイジア。熱くて飲めないんなら、俺がふーふーして冷ましてやろうか?」

「貴様! 妾を子供扱いするでないわ!」

「ははは! すまん、すまん!」


 俺はそう言って自分も甘酒を「ズズズ」と啜る。

 すると口いっぱいに甘みが広がり、仄かな酒の香りが鼻を突き抜ける。


「んく、んく、ふはあー! うめー!」


 そのまま一気に甘酒を飲み干すと、体がポカポカと温まった。


「お! そろそろだぞッ!」


 東の空。

 立ち並ぶビルの合間から陽の光が射し込む。


 今年一番最初の陽の光。

 ここは山頂ではないが、御来光みたいなもんだ。


「うわー! 綺麗な日の出なのです!」


 シャルルが屋上の手摺りから身を乗り出す。


「おい、シャルル。あまり身を乗り出すと危ないぞ!」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん!」

「ふふふ。そうか、全くお前は元気だな、シャルル」

「へえ、なんだか神聖なマナを感じるわね。これが初日の出……」


 フレアが目を細めながら初日の出を眺める。


「ふはははは! 初日の出とやら! 妾に拝まれる事を誇りに思うがよいぞ!」


 給水塔の上で高笑いする声が、朝の屋上に響き渡った。


「い、いつの間に! つか、初日の出と張り合ってどうすんだよ!」


 ハイジアの足元から二匹の猫の鳴き声が聞こえる。


「ニャー」

「ゴロニャーン」


 目を向けるとお隣さん家の猫であるニコが、何処かの雌猫と寄り添いながら初日の出を眺めていた。


「って、マジか。彼女連れかよ、ニコのやつ……」


 太陽が顔を出すにつれ、雲が赤くなりビルの街に映える。


 太陽が昇る。

 先ほどまでの薄暗さはなくなり、空はすっかり明るくなった。


 俺は屋上に集ったお隣さん家の面々を見回す。


 そして澄んだ空気を胸いっぱい吸い込んで、声を上げた。


「おう、アンタら! 明けましておめでとう! 今年も一年、よろしくな!」

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