第25話 お隣さんとたこ焼きパーティー

「ちーっす、あがるぞー」


 俺は今日も今日とてお隣さん家に上がり込み、コタツ部屋へと顔を出す。


「うむ、よく来たコタロー」

「お兄さん、いらっしゃーい」


 コタツ部屋にいたのは女騎士マリベルと女魔法使いフレアだ。

 俺は手に持った荷物をよいせと床に下ろし、炬燵へと足を突っ込んだ。


「ハイジアは、……ってまだ寝てんのか。シャルルは?」

「シャルルは剣の訓練だ」

「訓練? 一人でか?」

「いや、先ほどまでは私と訓練していた。いまは自主練中だ」

「それはそうとお兄さん。その荷物は何かしら?」

「おう、コイツはビールだ! お歳暮で貰ったちょっといいヤツだから、うんまいぞー?」


 俺は缶ビールの入ったお歳暮の箱をバシバシと叩く。


「取り敢えず乾杯といこうぜ!」


 俺はそう言ってマリベルとフレアに缶ビールを手渡す。

 揃ってカコンと音を立てながらプルタブを押し開いた。


「おう、お疲れさん。んじゃま、かんぱーい!」

「うむ、乾杯だ!」

「はーい、かんぱーい! うふふ」


 俺たちは缶を掲げて乾杯をし、ゴクゴクと喉を鳴らしながらビールを煽る。


「んく、んく、んく……ぷはぁッ! うんめー!」

「ぷはぁッ! うむ、確かにうまいな!」

「んっく、はぁー、何だかいつものビールより美味しいわねぇ」

「だろ? つか、お歳暮用のちょっと贅沢なヤツだかんな。ホップの旨味も強いし、なんつーか味が濃いだろ?」

「ああ、まったくその通りだ! もう一本貰おう!」

「おう! ジャンジャン飲め!」


 俺はマリベルに缶ビールを差し出した。


「それはそうとお兄さん、肴は無いのかしら?」

「……あ!?」


 しまった。

 俺とした事が肴を準備するのを忘れていた。


「すまん、すまん。肴を用意するの、忘れてたわ」

「なんだコタロー、珍しいな」

「おう、まあ偶にはこういう時もある。つか、今から軽く何か作るわ」


 俺はよいせと腰を上げる。


 ――――ピンポーン


 ちょうどその時、お隣さん家の玄関チャイムが鳴り響いた。


「こんにちはー!」


 来客はコスプレ女子大生の杏子だ。

 俺は杏子をコタツ部屋へと招き入れる。


「おう、杏子ちゃんが来たぞ!」

「うむ、アンズか。よく来た」

「こんにちは。いらっしゃい、アンズ」


 杏子は手に持った荷物をよいせと床に下ろし、炬燵へとちょこんと腰を下ろした。


「つか杏子ちゃん、今日は着替えないのか?」

「コスプレの事ですか? いま新しい衣装を作ってる最中なんですよー。ガッカリさせちゃいました?」

「いや、ガッカリはしてない」


 俺は即座に否定する。

 すると杏子は「何でですかー」とむくれて、プクーっと頰を膨らませた。


「それはそうと、ねぇアンズ。その荷物は何かしら?」

「これですか? これはたこ焼き器ですよー!」

「ほう、たこ焼きか? 聞いたことがある」

「はい! 材料も一通り持ってきましたから、みんなでたこパしましょうよー!」

「おう、ナイスタイミングだ、杏子ちゃん! つか、ちょうど肴をどうするか話してたところだ!」


 こうしてお隣さん家でたこ焼きパーティーが開催される運びと相成った。




「違う違う、フレア、こうだ! つか、こうプスッと刺して、底面をスライドさせる様にクルリとひっくり返す!」

「こうかしら?」

「あ、いま、いい感じでひっくり返せましたねー」

「うふふ、やってみると案外出来るものなのね」


 俺と杏子は二人掛かりでフレアにたこ焼きの焼き方を伝授する。

 少し教えるとフレアは直ぐに焼き方をマスターし、巧みにたこ焼きピックを操りながら、鉄板のたこ焼きをクルクルと回し始めた。


「これ、結構楽しいのねー」

「だろ?」

「ええ、焼くのもそうなんだけど、あたしって、誰かに物を教わる事が久しくなかったから」

「そうなんですかー?」

「先代から塔の管理を引き継いでからは、ずっと教える側だったわね。だから、何だか今日は楽しいわ!」


 フレアはにっこりと微笑みながらたこ焼きを焼く。

 そして何かを思いついた様に声を上げる。


「あ、そうだわ! お兄さん、アンズ、貴方たち今度、塔に遊びに来なさいよ!」

「ええー、いいんですかー!?」

「おう、行く行く! それは楽しみだな!」


 俺たちは揃って喜んだ。

 そんな俺たちに気をよくした風に、フレアが話を続ける。


「もちろんいいわよ! 今日のお礼に、……そうね、ポーションの調合でも教えちゃおうかしら!」

「やったー!」

「ッ、ポ、ポーション!? マジか!?」


 ポーション。


 それはファンタジー世界の代表的な栄養ドリンクみたいなモンだ。


 これはもしかしたら、アレが出来るかもしれん。

 夢の『焼酎ポーション割』が!


「それはぜひ大家さんも誘ってやりたいな!」

「ええー? お父さんは後回しでいいですよー!」


 俺たちはそんな話で盛り上がる。

 そこに女騎士マリベルがちっさい女騎士シャルルを連れて、リビングから戻ってきた。


「おう、お帰りマリベル。シャルルも自主練お疲れさん!」

「うむ、ただいま。まだ始めておらんだろうな?」

「お疲れさまです、コタローさん! アンズさんもいらっしゃいなのです!」

「ほら、シャルル。ビール一本いっとけ!」


 俺はシャルルに缶ビールを差し出す。

 自主練上がりのシャルルは、旨そうに喉を鳴らしてビールを煽った。


「はい、マリベル。貴方もやってみなさいよ」


 フレアはたこ焼きピックをマリベルに渡す。


「ああ、やってみよう!」

「マリベル、プスッと刺して、クルッ、だかんな」

「承知した。要は刺突の要領だな? いざッ!」


 マリベルは勢いよくピックを操る。

 だが、勢いがあり過ぎてたこ焼きがグシャッと潰れてしまった。


「マリベルさん、もっと優しくですよー」

「つか、力はいらん! 底面をさらう様に優しくクルッ、だ!」

「う、うむ。こうだな?」


 今度はマリベルもたこ焼きを潰さない。

 しばらくするとマリベルも上手にたこ焼きを回し始めた。




 たこ焼き器でこんがりと焼き上がったたこ焼きが、ホクホクと湯気を立てる。


 俺は出来立てのたこ焼きを大皿に移し、ソースとマヨネーズをかけ、鰹節をたっぷりと乗せてから青のりを振りかけた。


「出来たぞ! じゃあ食うかー」


 鰹節がたこ焼きの上でクネクネと踊っている。


 みんなの手がたこ焼きに伸びた。

 爪楊枝をたこ焼きにプスリと突き刺し、パクリと口に放り込む。


「ッ!? あっつい! ほふッ、熱いわねーこれ!」

「はふッ! はい! でも美味しいのです!」

「外はカリッ、中はトロッ! 美味しく出来てますねー!」


 ワイワイと騒ぎながら、俺たちはたこ焼きを摘む。


「次々焼いていくから、ジャンジャン食ってくれ!」


 そういって俺もひとつ、たこ焼きを頬張る。

 途端に火傷しそうな熱が口に広がり、カリッとした表面を噛みしめると、たっぷりと旨味のつまった中身がトロリと溢れ出した。


「熱いッ! 旨いッ!」


 俺は次に、焼けそうな口内をビールでゴクゴクと洗い流す。


「んく、んく、んく、ぷはぁッ! たまらん!」


 俺は次のたこ焼きに手を伸ばした。


「ぐほっ!?」


 女騎士マリベルが声を上げた。

 俺はマリベルを振り向く。

 マリベルは赤い顔をして、ふるふると震えていた。


「お、おう、マ、マリベル? どうだ、旨いか?」


 マリベルは首をグルリと回してこちらを見る。

 そして、カッと目を見開いた。


「……かっ」

「か?」

「辛いぃぃぃーーーッッッ!!!」


 マリベルが大きな声を出して床をのたうち回る。

 舌を出してヒィヒィと息を吐く。


「つ、つか、辛いってマリベル、アンタ何を言ってんだ!?」

「辛いぃぃーッ! ひたが、ひたが、焼けるーッ!」

「おい、だ、大丈夫かマリベル? お、おう、取り敢えずビール飲んどけ!」


 俺はマリベルに缶ビールを渡す。

 マリベルは喉を鳴らしてビールを飲み干し、ようやくひと息ついた。


「んく、んく、ぷはぁ! ……くっ、こ、この様な醜態を晒すとは! このマリベル一生の不覚! いっそ殺せッ!」

「いや、それはいいから。つか、落ち着け」


 俺は取り乱すマリベルを宥める。


「しかし何でそんなに辛かったんだ? つか、みんなはたこ焼き辛かったか?」


 俺はみんなに尋ねてみた。


「いえ、あたしは全然辛くないわよ?」

「わたしもなのです。とっても美味しいのですよー!」


 フレアとシャルルの応えに俺は首を捻る。

 じゃあ一体どうしてマリベルはこんなに悶え苦しんだんだろうか。


「……ふふふ」


 そのとき杏子アンズがニヤリと悪い微笑みを浮かべた。


「お、おう。杏子ちゃん?」


 杏子はコタツテーブルにコトリと小瓶を置く。

 小瓶に繋がれた頭蓋骨のストラップが、まるでケタケタと笑う様に揺れた。


「ア、アンズさん? それは一体……」

「これですか? これは『デスソース、サドンデス』! 一滴でも悶えるほど辛い、激辛調味料ですよ!」


 杏子がふふんと不敵に笑う。


「お、おのれアンズ。まさか、お前が私に毒を盛るとは!」

「ちょ、ちょっと待って下さいー! マリベルさんを狙ったわけじゃないですよー。これは『ロシアンルーレットたこ焼き』です!」


 杏子はそういってワタワタする。

 そして「それに毒じゃないですしー」と開き直りながら胸を張った。


「お、おう。つか、ロシアンルーレットって、……なあ、杏子ちゃん、普通に食わねーか?」


 俺は杏子にやんわりと止めるように伝えた。

 そんな及び腰な俺を杏子が挑発する。


「あら、虎太朗さん。逃げるんですかー?」

「…………あ?」

「マリベルさんも、シャルルさんも、フレアさんも、逃げるんですか?」

「……言うではないか、アンズ」

「わ、わたしは逃げないのです!」

「ふぅ、しょうがないわね。……乗ってあげるわアンズ!」


 ここに、ロシアンルーレットたこ焼き大会が幕を開けた。




 杏子がロシアンルーレットたこ焼きのルールを説明する。


「いいですか? このたこ焼き器で一度に焼きあがるたこ焼きの数は十六個。その中のひとつに、激辛たこ焼きが混ざっています」

「うむ、承知した」

「たこ焼きは焼き上げた後にシャッフルするので、どれが激辛たこ焼きなのかは、誰にも分かりません」

「条件はみんな同じなのですね!」

「そうです。そして後は順番にみんなでたこ焼きを食べていくだけ! 簡単なゲームですねー」

「ルールは分かったわ。じゃあ、早速食べましょうかー」


 俺たちは順番にたこ焼きを摘む。

 そこには先ほどまでののんびりとした空気はない。

 みんな真剣に摘むべきたこ焼きを吟味し、口に放り込んではホッと胸を撫で下ろしている。


「次は虎太朗さんの番ですよー」

「お、おう!」


 俺は皿に盛られたたこ焼きを観察する。

 するとこんがりキツネ色に焼き上がったたこ焼きの内に、ひとつ、他よりも赤い気がするたこ焼きを見つけた。


「……ふっ、つかこれだろ辛いヤツ」


 何だ、色で見分けがつくのか。

 楽勝じゃねーか!

 俺は鼻で笑って赤いたこ焼きを避け、別のたこ焼きを摘んだ。


「っッ!? ぶはぁッ!! な、なんじゃこりゃーーーッ!? あ、あひィィッ!! ひたがッ!?」


 頭のてっぺんからつま先に至るまで痺れが走る。

 口内が熱くなり、猛烈な痛みが鼻の奥にまで届いた。


 杏子がニヤリと笑った。

 紅生姜の袋を掲げて、俺を小馬鹿にしたような目つきで流しみる。


「……赤いのはですねぇ、トラップなんですよ虎太朗さん。まぁ見事に引っかかってくれましたねー、うぷぷ!」

「つか、ト、トラップって、おまッ!!」

「あ! 吐き出しちゃダメですよー! ちゃんと飲み込んでくださいね!」

「……じょ、上等じゃねーか、オラーッ!」


 俺は溢れ出る涙を撒き散らしながら辛さに耐え、激辛たこ焼きをビールで流し込んだ。




 大皿の上にはたこ焼きがひとつポツンと鎮座している。


 俺たちは既に満腹になっていた。

 今回が最後のロシアンルーレットたこ焼きだ。


 今回の激辛たこ焼きは正に規格外だ。

 最後という事で、デスソースをこれでもかというほど突っ込んだ。

 正真正銘の超激辛たこ焼きだ。


 ここまで色々とあった。

 マリベルから始まり次いで俺、シャルルもフレアも杏子もみんなが激辛たこ焼きを引き当てて悶え苦しんだ。


 フレアなんて激辛たこ焼きを食って、実際に口から火を吹いた。

 「あひぃ!」と叫びながら火吹き男の様に火を吹く様は、俺たちの笑いを誘った。


 俺は最後のたこ焼きを前に黙り込む。


「おい、コタロー。男らしく覚悟を決めろ!」

「コタローさん! こういうのは思い切りが大切なのです!」

「さあ、パクッといっちゃいなさいな、お兄さん」

「ふふふ、虎太朗さん、どうしたんですかー?」


 最後のたこ焼きが大皿にポツンと座している。


 最終のターン。

 ここまで誰も当たりを引いていない。

 この最後のたこ焼きが超悶絶激辛たこ焼きで決定だ。

 そして次にたこ焼きを食うのは俺の番。


 冷や汗がダラダラと流れる。

 心臓がドクンドクンと早鐘を打ち、ハアハアと息が切れる。


「コタロー!」

「コタローさん!」

「お兄さん!」

「虎太朗さーん!」


 みんなが俺を煽る。

 いまここには、俺の味方は誰もいない。

 俺は目を見開き覚悟を決めた。


「お、おう! 俺の名は虎太朗! いわば虎! どんな肴でも旨く食べられる、真の酒飲みだッ!」


 俺は乾いた口をビールで潤す。


「んく、んく、んく、ぷはぁ! じゃ、じゃあ、いくぞ?」


 みんなが固唾を呑んで俺を見守る。


「い、いくぞ? つか、いくからなッ!!」


 俺の爪楊枝がたこ焼きに伸びる。


 ――――ガチャ


 そのときコタツ部屋のドアが音を立てて開かれた。


 ドアを開けて入ってきたのは真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアのハイジアだ。


「なんじゃ貴様らは、朝から騒々しいの」

「いや、ハイジア。もうそろそろ夕方だぞ。お前は寝過ぎだ」


 マリベルがハイジアに応えた。


「……夕方から騒がしいの。っとそれはなんじゃ、コタロー?」


 ハイジアは皿の上のたこ焼きを目ざとく見つけて声を上げる。


「お、おう。これはたこ焼きだ。けどこいつは――」

「なんじゃと!? もうひとつしか残ってないではないか!」


 ハイジアの手がたこ焼きに伸びる。


「や、やめとけ! それはッ!」


 俺はハイジアを止めようと動き出す。

 しかしハイジアは俺を振り切ってたこ焼きを掴み取った。


「妾にたったこれだけしか肴を残しておかんとは!」


 ハイジアはプリプリと怒りながらたこ焼きを口に放り込んだ。


「おい、ハイジア! お前、それは!」

「ハ、ハイジアさん! それはッ!」

「うふふ、ハイジアったら。お馬鹿さんねぇ、貴女」

「あー! ハイジアさんが虎太朗さんの分、食べちゃったー!」


 俺たちは目を白黒させながらドッタンバッタンと大騒ぎをする。


 ハイジアはそんな俺たちに目を丸くして一瞬キョトンとしていたものの、次の瞬間、茹だったタコの様に顔が真っ赤になっていく。


「あ、あ、あ、あひぃッ!? な、なんらこれはッ!! か、か、か、からひのじゃあああァァァーーーッ!!??」


 そうしてお隣さん家のコタツ部屋に、欲張りな女吸血鬼の悲鳴が響き渡った。

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