第24話 お隣さんとクリスマスケーキ

「うう、寒い、寒い。……つか、マジで凍えそうだわ」


 仕事帰りの俺は、肌を刺す風の冷たさにブルッと体を震わせる。


「これ、雪でも降るんじゃねーか?」


 俺は身震いする体をコートに包み家路を急ぐ。


 今日は12月24日。

 つまりはクリスマスイブ。

 一年で最も恋人達がイチャつく日だ。


 夜の街には聖夜を飾るネオンの光が溢れ、ジングルベルの楽しげなメロディが何処からともなく耳に届く。


「そういや、今日はクリスマスイブか」


 毎年俺には関係のないイベントだから、すっかり忘れてしまっていた。

 だが今年は一緒に聖夜を楽しめそうな奴等がいる。


「……ケーキでも買ってってやるか。アイツらって甘いもん、あんまり食ったことねーだろうし」


 俺はそう思い立ち、目に映った洋菓子店に足を向けた。




 ――ピンポーン


 帰宅した俺は着崩したスーツ姿のまま、お隣さん家の玄関チャイムを鳴らす。


「おーう、上がらせてもらうぞー!」


 返事を待たずにお隣さん家に上がり込む。

 俺はコタツ部屋のドアを開いた。


「おう、みんな揃ってんのか。お疲れさん!」

「うむ、コタローか」

「あ、コタローさん! お疲れ様なのです!」

「妾は何も疲れておらんぞ?」

「あら、お兄さんじゃない。こんばんは」


 コタツ部屋には、お隣さん家の異世界人が勢ぞろいしていた。

 みんなは炬燵でヌクヌクと暖まっている。


「おい、何だコタロー、その格好は?」

「おう、スーツだ! 似合ってんだろ?」

「なんとも珍妙な格好じゃな」

「ははは、そうか?」


 俺の普段着は大抵ニットにジーンズだ。

 まるで真っ当な社会人みたいなこのスーツ姿は、みんなの目には奇異に映るらしい。


「つか、そんな事よりいいもん買ってきたぞ」


 俺はそう言って、買ってきたばかりのクリスマスケーキをコタツテーブルに置いた。


「……えっと、コタローさん。それは何なのですか?」


 首を傾げるシャルルに俺は応える。


「コイツはなぁ、クリスマスケーキだ!」


 みんなの目がケーキに釘付けになる。


 綺麗にデコレーションされた苺のホールケーキだ。

 真ん中にちょこんと乗った苺とサンタの赤色が、白いホイップクリームに映える。


「へえ、真っ白で綺麗な食べ物なのねぇ!」

「妾は知っておるぞ! テレビで観たのじゃ! ケーキとは甘い菓子なのじゃぞ!」

「ほう、甘いものか。私も少し興味があるな」

「わあ! ありがとうなのです、コタローさん!」


 俺は紙皿を準備しながら口を開く。


「おう! 今、切り分けてやるから待ってろ! つか、ハイジアとシャルルには、サンタ人形と板チョコを乗っけてやるからな!」




「みんな! クラッカー持ったか!」


 俺たちはクラッカーを構える。

 クリスマスクラッカーではなく普通のクラッカーだ。


「つか、それじゃあ、改めて! メリークリスマスッ!」

「うむ! メリークリスマス!」

「メリークリスマスなのです!」

「メリークリスマスなのじゃ!」

「メリークリスマス! うふふ」


 ――パン! パン、パン! パン! パン!


 クラッカーの音が鳴り響き、ちょっとした紙吹雪がコタツ部屋に舞った。


「さあ、今日はクリスマス飲み会だ! チキンもあるぞ!」

「うむ! ところでコタロー。酒はないのか?」

「おう、飲み会なんだ! 勿論あるぞ!」


 俺は酒を取り出しコタツテーブルにドンと置く。


「つか、今日はクリスマスだかんな! 酒はこんなもんを用意してみた!」

「これは、何なのじゃ?」

「おう、コイツはな、しゅわしゅわする日本酒。いわゆるスパークリング日本酒ってやつだ!」

「なんじゃそれは? 聞いたことがないのじゃ? 旨いのかえ?」


 俺は酒の栓を開け、少し濁ったその酒をグラスに注ぐ。


「まあ百聞は一見に如かずだ。おう、ハイジア! 取り敢えず飲んでみろ」


 俺はハイジアへとグラスを差し出した。

 ハイジアは受け取ったグラスに鼻を寄せ、クンクンと香りを嗅ぐ。


「ふむ、香りは悪くないの。ならば妾が手ずから、品定めしてくれようぞ!」

「おう! クイッといけ、クイッと!」

「よかろう! んく、んく、んく……」


 女吸血鬼ハイジアはグラスを傾け、喉を鳴らしながら酒を煽った。


「ぷはぁ! ……けっぷ」

「……どうだ?」

「う、旨いのじゃ! 普段の日本酒より甘い! しゅわしゅわする喉越しも面白いのじゃ!」


 ハイジアがグラスを「タン!」と置きながら声をあげた。


「おう、ハイジアが、珍しく素直だな!」

「はッ! わ、妾とした事が! 今のは違うぞ? こ、この様な美味など、夜魔の森の我が居城で、いくらでも、……いくらでも……」


 ハイジアはワタワタし始める。


「ははは、素直じゃないねぇ。まあでも、そっちの方がハイジアらしくて落ち着くわ!」

「むー!」


 俺が笑うとハイジアは頰を膨らませて、上目遣いで俺を睨んだ。


「ねぇお兄さん? さっきからハイジアばかり構って、あたしの事は構ってくれないのかしら?」

「そうなのですよコタローさん! わたしにもそのお酒を飲ませて下さい!」

「うむ、その通りだ!」

「おう! 悪い、悪い。さ、アンタらもグラスを出せ!」


 俺は差し出された複数のグラスに、酒を注いでいった。




「やーん! このケーキ、美味しいのですーッ!」


 小さな女騎士シャルルが、頰を抑えて体をクネクネさせる。


「おう、なら俺の分、半分やるよ」

「え、ホントなのですか!? いいのですか!?」

「まて、コタロー! それはズルいのじゃ!」


 俺は自分用に取り分けたケーキを、半分シャルルに差し出す。

 すると目の前の女吸血鬼から待ったが掛かった。


「コタロー! 貴様はまだ、妾の側仕えとしての自覚が足りんとみえるの!?」

「お、おう。……つか、側仕え? んな事、初耳だっつーの」

「その様な些事はどうでも良いのじゃ! シャルルにやるのなら、妾にもケーキを寄越すのが筋じゃろー!」


 ハイジアが駄々をこねる。


「全く、ハイジアは仕方ねーなー。おう、ハイジア! 皿だせ!」


 俺は残り半分のケーキをハイジアに差し出した。


「ふふん! よい心掛けじゃ!」

「……ホント、お兄さんは小さい子に甘いわねぇ」


 女魔法使いフレアが話しかけてくる。

 コタツテーブルに頬杖をつき、酒を飲みながら「ほぅ」と息を吐くフレアは、何だか妙に扇情的だ。


「でも、あんまり甘やかしてばかりじゃ、ダメよ?」

「おう、まぁそう言うな。どうせ俺は元々、甘いもんはあんまり食わねーんだしよ」

「あら、そうなの? とっても美味しいのに、このケーキ」


 フレアは美味しそうにケーキをパクッと食べる。


「んー、美味しい! この甘いクリームにふわっふわのスポンジが最高ね!」

「ははは、フレアも旨そうに食うなー!」


 次いで俺は、黙りこくっている女騎士に話しかける。


「……お、おう。マリベル?」


 マリベルは「グルン!」と首を俺の方に向けた。

 俺はいつものマリベルの口上を思い浮かべて、何というか、若干腰が引け気味だ。


「ケ、ケーキはどうだ?」

「……うむ、旨いな。淡いスポンジに挟まれたプリンの層が、口当たりに良い変化をもたらしている。甘さもちょうど良い」


 そう言ってマリベルはクイッと酒を煽る。


「……は? えっとマリベル? つか、そんだけ?」


 俺は拍子抜けしてマリベルに尋ねた。


「ん? それだけ、とは何だ?」

「いや、いつもみたいに、カッと目を開いて、唾を飛ばしながら暑っ苦しく語らないのかと思ってな?」

「な!? わ、私はそんな真似はせんわッ!」


 マリベルが否定する。


「いや、してるから。つか、何にしても、それならいいわ。アレやられると心臓に悪いんだよなー」

「ぐぬぬ……」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。


「あ、マリベル。チキンもあるぞ! ハーブのローストチキンだ!」

「……ほう、旨そうだな」

「ああ、旨い! こう、豪快にガブリといってみてくれ!」

「うむ! このチキンに免じて、先ほどの戯言は許してやろう!」


 マリベルは俺の勧めに従い、チキンに勢いよくかぶり付く。

 そして骨から肉をムシャッとかじり取り、モグモグと咀嚼してゴクリと飲み込んだ。


「どうだマリベル? うんまいだろー!」


 俺はマリベルに気楽に話しかけた。

 俺は自分のグラスに酒を注ぎ、んくんくと喉を鳴らして飲む。


「こ、これは! 旨いどころの話ではないわ! このジューシーな鳥モモ肉に豪快に齧り付いた際にまず感じる燻製の香り! ボリューム満点のモモ肉をかじり取る際の満足感! 口一杯に染み出す皮と脂の旨味! それらが私を打ち負かさんと口腔で暴れ出すではないか! しかし、私は負けん! 力強く大胆に食いでのある肉を咀嚼し、飲み込んだのだ! この時の私の充足感が分かるかコタロー! いや、分かるまいて! しかし、真逆私のそんな油断はこの最後に襲い来るハーブの爽やかさに打ち負かされた! 私の勝利はまさに砂上の楼閣! 砂漠の蜃気楼! 夢幻ゆめまぼろしとなりて消え果ててしまったわ! しかし次の一口は負けぬ!」

「ゴホッ、ゴホッ!」


 俺は盛大にむせた。

 女騎士マリベルは「いざ尋常に! いざ尋常に!」と叫びながらローストチキンに齧り付く。


「お、おう。つか、結局やんのかよ!」


 俺たちはギャーギャーと騒いだ。




 ――ピンポーン


 お隣さん家の玄関チャイムが鳴る


「こんばんはー!」

「こんばんは!」


 次いで杏子あんずと大家さんの声が聞こえてきた。

 俺はお隣さんを差し置いて声に応える。


「おーう! 上がってくれー!」

「はーい、お邪魔しまーす!」


 コタツ部屋に二人が顔を出す。


「虎太朗さん! みなさん! メリー、クリスマース!」

「やあ、虎太朗くん、みんな、メリークリスマス!」

「うっす! メリークリスマス!」

「うむ、よく来た大家殿、アンズ!」

「こんばんは! メリークリスマスなのです!」

「さ、おハゲさん達も炬燵に入りなさいな」

「なんじゃ、全員が揃うと炬燵が手狭になるのう」


 二人が顔を見せると、コタツ部屋が一層ガヤガヤと騒がしくなる。


「おう、杏子ちゃん。今日はサンタのコスプレなのか」

「あ、はい! バイト先でクリスマスイベントやったんで、その衣装のまま来ちゃいましたー!」

「そういえばニコは何処なのじゃ?」

「ニャニャー」

「おわっ!? つか、ニコ! 炬燵の中に居たのかよ!? 全く気付かんかったわ!」

「キィキューイ!」

「おう! キュキュットもな! アンタらも酒飲むか?」

「ニャニャーイ!」

「キィキキュー!」


 俺は猫と蝙蝠にも酒を注ぐ。


「ねえ、アンズ。その赤い衣装可愛いわねぇ。あたし赤って好きなのよねぇ」

「あ、そうそう。これ、私と杏子からのお土産だよ! クリスマスケーキとローストチキン!」

「うわぁ! 丸太みたいなケーキなのです! 嬉しいのです!」


 俺はいそいそと炬燵に入る大家さんと杏子に、スパークリング日本酒を注ぐ。


「大家さん、外は寒かっただろー?」

「ああ、ありがとう虎太朗くん」

「ほら、杏子ちゃんも!」

「ありがとうございますー! そうそう、外はもう雪が凄いですよ! ホワイトクリスマスですよ!」


 俺たちの会話にお隣さんが食いつく。


「その雪というものは何なのだ?」

「貴様は無知じゃのう、マリベル。雪というものはな、空から降る雲の雨なのじゃ!」

「貴女、伊達にいつもテレビばかり観てる訳じゃないわねー」

「く、雲が!? 凄いのです! 見たいのです!」


 ふむ。

 異世界では雪というものは珍しい物の様だ。

 俺は「なら」と提案してみる。


「ならベランダに出てみるか?」


 お隣さん家の間取りなら、リビングを通らずともベランダに出ることは可能だ。

 みんなが俺の誘いに賛成した。




「うわぁ! 本当に雲が空から降ってきてるのです!」


 ベランダに出た俺たちは深々(しんしん)と降り積もる雪を眺める。

 シャルルが欄干から身を乗り出してはしゃいでいる。


「見て、見て、お姉ちゃん! これが雪だって!」

「ああ、見てるぞ、シャルル。なんとも綺麗なものだな、雪とは」

「ほんとねぇ。赤のあたしとは、正反対の性質だけど、あたしは好きだわ、この雪って」

「この調子で降り積もるなら、明日は一面の銀世界になるんじゃないかい?」

「そっすね、大家さん。なあハイジア、明日は俺と雪だるまでも作って遊ぶか?」

「貴様、コタロー! 妾を子供扱いするでないわ! ……だ、だから、ちょとだけじゃぞ?」


 俺は少しの間、押し黙って雪を眺める。


 そんな俺に倣ったのか、みんなもいつもみたいに騒がしくはしていない。

 聖夜に相応しい厳かな雰囲気だ。


「…………少し冷えてきたかな」


 誰かがそう言った。


「……おう! じゃあ、あったかい炬燵で、飲み直すか!」


 俺はその声に応える。


「はーい! 私、クリスマスクラッカーを持って来たんですよー!」

「ああ、中からお菓子が出て来るアレの事だね?」

「ほう、アンズよ。妾にそのクラッカーを鳴らさせるのじゃ!」

「あ! ズルいのですハイジアさん! わたしも鳴らしたいのです!」

「私はそれよりも、熱燗が飲みたいな」

「マリベル、貴女は相変わらずオッさん臭いわねぇ」


 俺の声を皮切りに、俺たちはまたいつもの騒がしさを取り戻した。


 こうして今日もまた騒がしい聖夜がふけていく。

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