第22話 お隣さんと湯豆腐

「おーう、邪魔すんぞー!」


 俺は今日も酒を引っ提げてお隣さん家に上がり込む。

 勝手知ったる他人の我が家だ。


「ちーす、誰かいるかー?」


 俺はコタツ部屋のドアを開いた。


「うむ、コタローか」

「あ、コタローさん! こんにち、じゃなくて、……うむ、コタローか」


 コタツ部屋にはマリベルとシャルルがいた。

 姉妹の女騎士だ。


「おう、マリベル、シャルル。アンタら二人だけか?」

「ああ、ハイジアはまだ寝ている」

「つか、もう昼過ぎなんだが、ってまあいつもの事か。んで、フレアは?」

「フレアさんなら召喚陣の所にいましたよ、……じゃなくて、いたぞ。何だか忙しそうにしていた!」

「そっか」


 俺は炬燵に座り脚を放り出す。


「あー、あったけー。つか、やっぱ冬は炬燵だよなぁ」

「ああ、炬燵は神器。神ならざるこの身には過ぎたものではあるがな」

「ほんと暖かいのです。わたし、こんな凄い神器があるなんて初めて知りました。ビックリなのですよー」


 妹騎士シャルルは、ぐでーっとコタツテーブルに身を投げ出した。


「んじゃ、今日も酒でも飲みますか!」

「うむ!」

「え? 何なのですか、じゃなく、えっと、何なのだ? 飲むって?」

「おう、今日もいい酒持ってきたぞ!」


 俺はコタツテーブルにドンと一升瓶を置いた。


「今日の酒はな、『呉春ごしゅん』だ」

「ほう、これはどんな日本酒なのだ?」

「まあ、まずは自分で飲んでみろよ」

「うむ、そうだな」

「……え? お昼からお酒飲むんですか?」

「マリベル、ほら、グラスだせ。シャルルもほら」

「頂こう!」

「え? はい。あ、え?」


 俺は二人の女騎士に日本酒を注ぐ。


「おう! じゃあ、かんぱーい!」

「うむ、乾杯!」

「あ、はい、か、乾杯!」


 俺たちは杯を掲げ合う。


「んく、んく、んく、ぷはぁ! うめー!」

「ぷはぁ、うむ! これはなかなか!」

「んく、……はぁー。こ、これ! 美味しいのです!」


 俺たちは熱い息を吐いた。


「お、シャルルもいい飲みっぷりじゃねーか」

「はい! このお酒美味しいですね! わたし、結構お酒好きなんですよー、じゃなくて、好きなのだ!」

「ふふん、どうだコタロー。シャルルに酒を仕込んだのは、何を隠そうこの私だ!」

「おう、やるじゃねーかマリベル! もう一杯いっとくか?」

「ああ、頂こう!」

「あ、私にも下さ、私も頂こう!」


 今日もお隣さん家での飲み会が始まった。


「なんか、コタツ部屋で飲むのも、久しぶりな気がすんなー」

「そうか?」

「おう、そうだ。つか、こないだの異世界飲み会がガツンと印象に残ってるから、余計にそう感じるのかも知れん」

「私にはよく分からんな」

「そっか、まあいいわ。それはそうと二人とも、『呉春』はどうだ?」


 俺は二人に今日の酒の感想を聞いてみた。


「ああ、旨い! この酒は何というか、しっかりとした旨味があるのに、自己主張をしない酒だな!」

「あ、分かるのですそれ。すごく美味しいのに、呑み込むとスッと喉の奥に消えていく感じなのです!」


 俺は酒飲み二人の笑顔に嬉しくなる。


「おう、アンタら分かってんなぁ。この酒はな、辛くもないし甘くもない。香りも抑えてる。ちょうどニュートラルな酒なんだよ」

「うむ、言われてみれば確かに」

「だろ? かといって旨味がないわけじゃない。むしろ旨味は強い!」

「そうですねー、じゃなく、そうだな! あ、わたし、もう一杯下さい!」

「おう、シャルル。グラスだせ!」


 俺はシャルルに酒を注ぎながら話す。


「で、だ。……こういう酒にはな、コイツだ!」


 俺は今日の肴をコタツテーブルにドンと置いた。


 マリベルとシャルルが興味津々といった様子で肴を見つめる。

 我慢しきれずにマリベルが口を開いた。


「お、おい、コタロー。この肴はなんだ?」


 俺は勿体つけてマリベルに応える。


「おう、こいつはな、……『湯豆腐』だよ」




 クツクツと土鍋に張った湯が煮立つ音がする。

 透き通った鍋の底には大きな一枚の昆布が沈められていた。


「なあ、コタロー。まだか?」

「おう、もう少しだけ待て」

「何だかわたし、待ちきれなくてソワソワするのです」

「ははは、シャルルはマリベルみたいだな」

「わ、私はソワソワしたりなどせん!」

「いや、つかアンタはよくソワソワしてるからな」


 鍋の具は、豆腐としいたけ、それだけだ。

 俺たちは湯豆腐に熱が通り切るのを待つ。


「んー、つか、もう少しかなぁ」


 俺が湯豆腐の具合を確認していると、


 ――――ピンポーン


 と、玄関ドアのチャイムが鳴った。




 ドアベルを鳴らした来訪者は、応待も待たずに玄関ドアを開く。


「こんにちわー、杏子あんずですー。お邪魔しまーす!」


 来客はコスプレ好きの女子大生、杏子だ。

 杏子は真っ直ぐコタツ部屋へとやって来てドアを開いた。


「こんにちわー!」

「おう、杏子ちゃん!」

「うむ、よく来たアンズ」

「え、えっと、こんにちは!」


 俺たちは挨拶を交わす。


「あ、湯豆腐じゃないですか! 美味しそー! 私も混ぜてもらっていいですかー?」

「おう、もちろんだ!」

「やったー! じゃあ着替えて来ますね!」


 杏子はコスプレ衣装の入ったバッグを掴み上げ、自慢げに掲げる。


「今日から新しい衣装なんですよ!」

「ふむ、どんな衣装なのだ?」

「えへへー! ビックリしないで下さいよー! なんと尻面騎士団けつめんきしだんの副団長、閃光のアス、……ってあれ? そちら様はどちら様ですか?」


 杏子がシャルルに気付く。


「あ、これは申し遅れまして。わたしは、……じゃない、コホンッ、……あーあー、ん、我は聖リルエール教皇国、破邪の三騎士団が一つ、聖騎士マリベル様が率いる聖騎士団の副団長、騎士シャルルである!」


 シャルルが高らかに名乗りを上げた。


「え、えっと、シャルルさん?」

「あ、はい。シャルルなのです」

「アンズよ。シャルルは私の妹だ」

「あ、そうなんですか」

「うむ」

「で、シャルルさん?」

「はい、なんですか、……じゃなく、なんだ?」

「シャルルさんって騎士団の副団長さんなの?」

「はい、聖騎士団の副団長です!」

「……えっと、本物の?」

「はい! 本物の副団長なのです!」

「あ、あはは、……そうなんだー」


 杏子は掲げたコスプレ衣装を床に下ろした。

 杏子は何やら「うあー、キャラ被ったぁ!」と項垂れている。

 俺は杏子に声をかける。


「おう、杏子ちゃん! 俺と大家さんから杏子ちゃんにプレゼントがあるぞ!」


 杏子が項垂れていた顔を上げた。


「プレゼント、ですか!?」

「ああ、トイレ脇に置いてるから持ってってくれ」

「ありがとうございます!」


 杏子はトイレの方へと嬉しそうに駆けて行った。




「おう! 面子も増えた事だし改めて乾杯すっか! じゃあ、かんぱーい!」

「うむ、乾杯!」

「乾杯なのです!」

「…………かんぱーい」


 俺たちは杯を掲げ合う。


「ん? つか、杏子ちゃん、どうした? 元気がないな?」

「……そんな事ないですよー」

「いや、そんな事あるだろ。どうしたんだ?」

「別にどうもしませんよー」


 杏子は唇を尖らせる。

 やはりどうも何やら不貞腐れているようだ。


「いやどうもするだろ。……つか、ブハッ! 似合ってねーな、その格好! うははは!」

「……」


 杏子が押し黙る。


「くっ、いや、笑うでないコタロー。駆け出しの冒険者などは、くはッ、こ、この様なものだ」

「あはッ、そ、そうなのです。似合ってますよ、アンズさん!」

「……も、もう慰めないで下さい!」


 杏子は革の鎧とアイアンヘルムを装備していた。


「みなさんが異世界に行っていたのは、お父さんからきいていましたけど、どうしてお土産が革の鎧とアイアンヘルムなんですか!」


 杏子が声を上げた。


「あ、もしかして土産気に入らなかったか? ……つか、なんかすまん。あれだ。何なら脱いでいいんだぞ?」

「着ますよ! 私がお土産の衣装を着ない筈がないじゃないですかー!」

「お、おう。なら何をそんなにムクれているんだ?」


 俺はひょっとこ顔で拗ねる杏子に尋ねた。

 杏子は応える。


「どうして異世界に行ったのにお土産がこんなのなんですか! もっと色々あるじゃないですかー!」

「ほう、例えばどんなだ?」

「例えばそう! ビキニアーマー、あぶないみずき、バールのようなもの!」

「お、おう」


 杏子が嘆く。

 俺は杏子に酒を勧めた。


「まあ、なんだ。よく分からんが、これでも飲んで機嫌を治してくれ」

「え、あ、はい。ありがとうございます!」


 杏子はグラスを傾ける。


「んく、んく、んく、ぷはぁー! 美味しいですねー、これ!」


 杏子の機嫌が治った。

 チョロいもんだ。


「なあ、おい、コタロー。さすがにな、もう良いのではないか?」


 マリベルがソワソワし始めた。


 土鍋を見ると、豆腐と椎茸が旨そうにクツクツと煮えている。


「おう、そうだな! すまんすまん!」


 俺はマリベル、シャルル、杏子に熱々の豆腐と椎茸をごそっと取り分けた。


「熱いから気をつけてな!」

「うむ、頂こう!」

「はい、頂きます! じゃない、頂こう!」

「やったー! いただきまーす!」


 みんなが湯豆腐に飛びついた。

 ハフハフと息を吐きながらも、みんなの箸は止まらない。


「ハフッ! 熱ッ! けど旨ッ! つーかやっぱ湯豆腐最高だわ!」

「寒い日の湯豆腐は、アフッ、おいひいでふねー!」


 俺と杏子は夢中で湯豆腐を食べる。

 俺はみんなの小皿にジャンジャン湯豆腐を取り分けていった。


 マリベルが例の如くワナワナと震えている。


「あ、マリベルさん、いつものですかー?」

「おう、そうだろうな」


 俺はマリベルに尋ねた。


「どうだ? 旨いか?」


 するとマリベルは首をぐりんッと俺の方に向ける。

 正直ちょっと怖い。


 マリベルはカッと目を見開きながら叫んだ。


「当たり前の事を訊くなコタロー! 旨いに決まっているだろう! いや違うな、より正確にこの感動の味わいを言い表すならば『旨い』ではなく『美味』! 湯気を立てる熱々の豆腐を頬張れば芯からの温もりと共に感じらる柔らかな昆布の旨味! 一緒に似た椎茸からも旨味が染み出し、湯豆腐の優しい味わいに奥深さまでが加味されている! この湯豆腐は言うなればパステルカラー! 曖昧な輪郭の内側に確かな味わいが閉じ込められている!」

「それだけじゃないよ、お姉ちゃん! この湯豆腐の優しい味わいは呉春と合わせる事でより際立っているんだよ! 自己主張をしない、けれども確かな旨味を内包した呉春は、言わば寡黙な熟練の職人の有り様! そこにそっと寄り添う湯豆腐の優しい旨味との姿はまるでおしどり夫婦!」

「さすが我が妹シャルル! この湯豆腐の優しさは正に人としてのある種の到達点! 私は向後湯豆腐の様な有様であることをこの鍋に誓う!」


 妹騎士シャルルがマリベルに同調して叫ぶ。

 なんかアレなのが増えていた。


「聞いているのか、コタロー!」

「コタローさん!」

「……お、おう」


 俺は、姉妹騎士が唾を飛ばしながら、湯豆腐を熱く語る姿に若干引き気味になる。


「つか、なんだ。気に入ってくれたなら良かったわ!」

「うむ、最高だ!」

「はい、最高なのです!」

「おう、杏子ちゃんも負けずに喰ってくれ!」

「はい! いただきまーす!」


 俺は笑顔になり、笑いながらみんなに酒を注ぐ。

 今日もいい酒だ。


 もうじきハイジアも起き出してきて、フレアもやってくるだろう。

 アイツらは湯豆腐食ったらどんな顔を見せてくれるんだろうか。


 俺はそんな事を楽しみにしながら、酒の入ったグラスに手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る