第25話「勝利への翼」

 一つの衝撃は一瞬にして周囲に存在していたエネシア製星を吹き飛ばし、星たちは尋常ではない速度でビリヤードのように弾けだしてゆく。

 想像を絶する圧巻、もはやそれ以上の光景がたった数秒のうちで起こりだし、二人はエネシアが展開する無色透明なフィールドによって衝撃を防いでいた。


「これでブラックエネシアも潰れてれば良いんだけど……」


 淡い願いを祈りながら視線を下ろすと、落胆とした声色を吐いてしまう。


「……やっぱそうもいかないか」



 ブラックエネシアは、ブラックホールの周囲に展開された光の輪──“降着円盤”に巻き込まれながらも、その姿を治し完全修復を遂げた。

 降着円盤から見える物質の渦は、光速同士の摩擦熱で尋常ではない温度を放出しているというのに、そんな環境下でも修復を完了させたブラックエネシア天使とは言い難き怪物にタイテイは奥歯を噛み締める。

 するとブラックエネシアが忽然と姿を消しだし、急いで辺りを見渡した。


 ──まさかブラックホールに吸い込まれた⁉ いや、そんなはずは……そんな簡単に死ぬやつじゃ……!


 次の瞬間、何かを感じ取ったエネシアはタイテイごと光速で移動すると──先回りをするかのように、ブラックエネシアは彼女らの前に姿を現した。


 もはや早地球のサイズを超えているのではないのかと錯覚するほどの巨躰が、まるで瞬間移動をしたかのように此方こちらを睨みつけている。


 ──まさか、敵も瞬間移動を⁉


 ブラックエネシアは躰に何百本もの腕を生えさせると先端を大鎌に変え、二人を切り刻もうと降り下ろすが──魔法聖少女エネシアによって全てを微塵に切り落とされる。


 ──こいつ、まだ姉さんを狙って……ッ⁉


 されど自分の最高活動水準地であるこの銀河で敵の躰は瞬時に再生し、新たな力を得ていく。

 光も無く、動作すらもない、攻撃は二人の方へと予兆も無くやってくる。


「グッ‼」

『──……ッ!』


 エネシアの力でそれを防ぐことは出来た。されど、この見えない衝撃は二人の腕を痺れさせる。

 微かに感じる痛覚、技の衝撃、この全てを考えても。


『──間違いありません。ブラックエネシアは我が魔法少女マスターの攻撃をコピーしてきました』


 やはり、というべきか。力はまだまだ未熟だがそれでも精密な再現をしている。

 エネシアはすぐさま敵の攻撃を予見し──タイテイを連れたまま瞬間移動を繰り返すと自分の分身体に多くの荷電粒子砲を展開させ、一気に射出させた。


 しかし、それでも無意味と言わんばかりに敵は、更なる姿へとその身を延々と変えていく。


『ダメ、キリがない! ブラックホールに追い込めない!』

『──なかなか厳しいストリクトですね』


 ブラックエネシアは二人の周囲全域に何十もの目玉を持った大鎌の大群を展開し、一気に追い詰めていく。




「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 切れろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ‼」


 男の咆哮と同時に撃ち出された光弾は気色の悪い大鎌群を全て溶かし、無惨に消滅させた。

 シューティングモードのガンの銃口が赤から鉄色へと戻り、タイテイは召喚し手に持ったランスを槍投げの要領でブラックエネシアに投げ、貫通していく。


ぜろ‼」


 荒げられた声に反応し、ブラックエネシアの内側から何本ものランスが突き上げてくる。

 魔法聖少女の影響で無意識のうちに強化されていたタイテイの力、しかしそれ持ってしても敵は再生を繰り返す。


「クソッ! だが、まだまだだ! 姉さん!」

『…………うん! シンちゃん』


 繋がれた手は離れない、離れる事を知らない、この戦いが終わるまで繋がれた手はお互いに力を与えていく。


 二人で串刺し、焼き殺し、瞬間移動で攻撃をし、攻撃を弾き返し、爆発させ、星同士で挟み撃ちをさせ、降着円盤に擦りつけていく。

 様々な攻撃を繰り返し、永遠とを待ち続ける。






「はぁ……はぁ……はぁ……往生際が悪いぜ」


 それでも、奴は倒せない。

 何度でも二人の前に立ちふさがり、死ねない体はもはや生命とは言えない。


『──既に敵の姿は第“五三九八四〇”形体です』


 既に数える事すら忘れていたブラックエネシアの撃破回数を聞き、途方に暮れかけるも気を取り戻して敵を鋭く睨みつけていく。

 勝機はいつか来る。終わりのないオフェンスなど存在しない。






『──シンちゃん、集中して』


 エネシアは『好機』と言いたげに脳波を送ると、全身の煌めく粒子を周囲に散布したままタイテイと片足同士をくっつけた。

 すると、サイズの違う二つの脚に突如機械が生成されだし、二人三脚のように繋がれた脚の中央は合体し、一つの巨大な剣へと変化する。

 互いに握り合っていた二人の手も機械に繋がれ、決して離れぬ手を更に固定させていく。


 エネシアが突如合体させた今の自分たちを見て、タイテイは既視感を覚える。


 ──このキックの体制は……昔見ていた特撮の……。


 彼女を無意識に一瞥すると、艶やかな双眸は無言のまま此方を凝視して目の前へと方角を変えた。

 それに合わせて前を見返すと、銀河を浮遊する邪神と化したブラックエネシアが視界に映り、このを感じ取ると──タイテイは仮面越しに笑みを溢していく。


「あぁ……やろうぜ! 姉さん‼」

『うん』

「『これでッ‼』」


 作戦も聞かず教えぬまま二人の躰は光をも越えた神速を出し、吸い込まれ崩壊していく銀河の中で一つの流星となっていく。


 先端は二人の片脚が繋がる剣、突き刺すは一点。

 徐々に距離は縮まっていき、周囲に放出されていく熱と魔道力燃料マナがブラックエネシアの攻撃を弾き返す。

 異次元や亜空間などからの攻撃も通じず、エネシアが発動した固定能力によってただ攻撃を受けるだけのつまらない的となってしまう。


 実際、決着などアニメや漫画みたいに面白いものではないが──その射線に乗った以上はつまらない死に方で死んでもらい、姉弟こちらはカッコよく倒させてもらう。


黒孔こくくう極熱衝撃破……」

『インフィニット・ダブルスラッシュ……』




 二人の言葉は交差し、そして邪神を閉じ込める為の姉弟さいごかぎとその身を体現させる。






「『インパクトォォォォォォォーーーッ‼』」






 突き刺すは脚先のやいば。貫かれるは有象の悪、人類の敵。

 天使それを真っ二つにする。などと馬鹿の一つ覚え的思考はせず、このまま──






「行けぇえぇェェェェェェェ‼」


 押し切る。


 その先へ、先へ、先へ、先へ、先へ。

 降着円盤よりも、吸い込まれていく星々よりも、放出され光の壁となる宇宙ジェットよりも、遥かその先へ──






「『ぶち当たれェ‼ 真っ直ぐド真ん中にィィィィィィィッ‼』」


 太陽質量の何兆倍もある灼熱の奥へと、ブラックホールの中央に天使を叩きこんでいく。


 全身が焼かれようが二人の雄叫おたけびは全銀河へと響き渡り、突き抜ける。

 永遠に回復するなら、永遠に焼かれていく地獄に追いやればいい。

 相手の動きや技を学習するのであれば、一つの現象ブラックホールに脱出手段など持ちあわせていない。


 しかし、この戦いはまさに捨て身の消耗戦。

 エネシアとタイテイの周りに宇宙ジェット同士の強烈な摩擦がめぐり逢い、魔道力燃料のフィールドを徐々に破壊しようとしていた。


「踏ん張るぞぉ‼」

『……うん‼』


 熱を直に受け、躰は熱さに悲鳴を上げだす。もはやビッグクランチなど遊びになる程度の痛みが全身を駆け巡り発狂寸前へと追い込んでいく。

 






「『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお‼』」




 宇宙ジェットの強固な壁を突き破り、ブラックエネシアは遂に中心部へと到達し激突──その衝撃はブラックホールの軌道を微小にズレさせる。





『──ばいばい』


 繰り出される追撃の一刺しに、衝突した全てが純白へと包み込まれていく。






「Oooo御oooo御御oooooo御oo御oooooooooooo御御oooooooooooooo御oooooo御御御御御御御‼‼‼」




 十年も掛かった天使との決着。

 エネシアはその事実を噛み締めながらも弟に悟られぬよう、光の中一人微笑を浮かべていた。

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