第24話「シスターズ・ハート」

 海で蠢くはしゅう──姉を取り込み模して、果ては似ても似つかぬ姿へと変態した新種の天使てき


 空を仰ぐは未知──宇宙崩壊の光を全てのみ込み、その姿を変えた姉。まだ敵か味方かは判別がつかないが、タイテイかれの手を取ったという事は味方であることに間違いはないと見受けれる。


 タイテイは仮面越しで怪訝に表情を歪ませ、魔法聖少女新たなるエネシアの姿を見据えていた。


 すると、彼女は彼の中指の第三関節に自身の人差し指をそっと置きだした。

 力の入れようを間違えればすぐにでも折れてしまいそうな、硝子ガラス線と見間違うほど華奢な人差し指はゆっくりとなぞるように移動させ、小さな指はタイテイの親指の爪を優しくトンッ、と叩く。






 刹那──


 轟爆。


 轟炎。


 轟音。



 超音速も切り裂く衝撃はブラックエネシアを支えていた部位を瞬時に切り落とし、展開していた巨大な大鎌や荷電粒子砲全てを細切れにしてしまう。


「──……ッ⁉」


 タイテイは敵の惨状を見ると、条件反射的にエネシアを見上げた。

 今の彼女は武器も握っていないし、周辺に浮遊すらしていない。

 しかし、それでも彼女がやったことに間違いはない。それ以外考えられない。

 ブラックエネシアは黒く薄汚れた血液を海に垂れ流しながらも溺れまいと足掻き、体を大きく動き出しては周囲の波を大荒れさせている。


 今度はエネシアの小指が動きだし、タイテイの小指の先と静かにくっつける。

 ブラックエネシアの巨躰はその瞬間、気圧で押しつぶされるかのように歪曲音を鳴らし、左右から挟み撃ちを食らったかのように歪な形へと変形されていった。


 先程から起きる超能力的な光景に魔法少女たちはただただ圧倒され──それでも、エネシアはコマンドを打ち込むかのようなリズミカルな指使いでタイテイの手を隅々まで撫で触っていく。


 巨躰が空中に浮き、全体に展開された何万台にも及ぶ荷電粒子砲を何億発も浴び、モーフィング変形で大鎌へと形を変更した武器が微塵みじん切り以上の細切れ具合で消し炭にし、砂粒のようにばら撒かれたブラックエネシアの破片を海風に運ばせる。


 その一連の惨殺に、目の前で見ていたタイテイも言葉を失ってしまう。


 完全なる勝利──それでも魔法聖少女は予想できた結果を当然と思いながら、極小にまで削られた敵の残骸を視線で追いかけ続けていた。


「……姉さん、これで──」

『──まだッ‼』


 忽然とエネシアの聲が脳内に駆け出し、返事をする間もなく目の前に展開された電子大盾エネルギーシールドは──勁烈けいれつな光を防護した。


 直視してしまえば失明などでは済まない高出力光線に襲われながらも、エネシアの電子大盾は全てを吸収し消滅させる。

 大盾が解除されると──空中では幾つもの綿毛のような肉片が浮いており、その肉片たちは互いに繋がり合い、一つの物へと融合しようとしていた。


「どうなってるんだ……⁉ この合体していくケセランパセランみてぇなの」

『──恐らく、攻撃ダメージを受けたブラックエネシアは修復再生リカバリーさせていくと共に第三形体へと進化を遂げようとしているのでしょう』


 ボンコイの推測に脳波みみを疑い、タイテイは声を上げる。


「それって……リリィ・ミスルトに頭を貫いてもらった時みたいにか?」

『──その通りイグザクトリィ

 恐らくあの天使は殺されれば殺されるほど、その姿を対処できる形へと変貌させていく可能性があります』


 今まで受けてきた攻撃が情報として全て蓄積されていき、そして不死鳥が如く何度でも復活する……ということは──


「俺たちを取り込まなくても最初から無敵じゃん! それもすげぇ厄介すぎる!」

『このまま戦い続ければ、戦闘の衝撃で地球が滅びかねません』

「……もっとヤバい!」


 淡々と告げられる最悪な予言に焦りを覚えるタイテイとは裏腹に、ボンコイは機械的に感情も無く語りだす。


『ですが……対策が無い、わけでもないですよね』


 声を掛けた先、ボンコイの主はタイテイに桃色の視線を合わせたまま頷きだした。


『──今から話すことをちゃんと聞いてね』


 また脳内に浮かんでくる彼女の言葉。言葉や声すらも超越し、脳波で会話を出来るようになった彼女の変化に多少戸惑いながらも今から言うことに意識を集中させる。


魔法聖少女この姿になって、あの天使と同じ亜空間の銀河から永久機関並みの力を持って来れるようになったの。さっきの攻撃も盾もそれが理由』


 淡々とおっかない事を言う。

 宇宙を理解したうえで力を利用していた彼女の理解力に恐れおののく、さすが魔道力燃料を最大限まで抑えた上に無双する魔法少女。




『まず私がここから百億光年くらい離れた所にから、それと同時に相手と一緒にワープ。作った銀河の中央にを形成してるからその中に天使を捨てて、私たちは地球に戻る。

 ──わかった?』


「…………」


 話の広大さに意識体だけが銀河にいきそうになってしまうとエネシアは感覚で俺の気持ちを感じ取り、『うーん……』と困りはてたような雰囲気を送りながらも細かい概要を紡ぎ出していった。


『えーっと……大きなブラックホールの放出で相手を飲み込んで、ずっと破壊して貰おうって思ってるの。

 そのためにも急いでエネルギーを入れて爆発させなきゃ、一億年も待ってられない』


 理解できるようで理解が追いつけぬ内容を懐疑に思いながらも、タイテイはある疑問を口にする。


「そういうのどこで知った?」

『……? テレビだけど? ……へびつかい座で起きたブラックホールの爆発って』


 テレビで身に付けた程度の知識を平然と話しても、魔法聖少女の表情は崩れず凛としてちゅうを浮いている。


「…………ふ、ふふっ、ふふふふっ」


 内外のギャップと変わらない中身に、タイテイは苦笑しながらも変化の無い彼女に安堵した。

 不自然に笑いだした彼を心配するとその真意を読み取って、エネシアはそっぽを向く。


「クククッ……あぁ、良いぜ、やろう。完膚なきまでだ!」


 弟の威勢の良い賛同に機嫌を戻し、エネシアは粒子と共に艶やかな長髪を靡かせ、片手を前へと差しだしていく。


『──銀河ギャラクシー創作完了クリエイトコンプリート

「速い」


 地球ここから遠い何処かにブラックエネシアを閉じ込める為の銀河を生成すると──エネシアは一面青白の大空に黒く膨大なワームホールを作りだす。

 もはや何でもありな域を超えて、神の領域に足を踏み入れている。


 すると再生をしていたブラックエネシアの肉片たちは、ワームホールの中へと一つ残らず吸い込まれていった。


「急いで俺たちも──……?」


 早く移動しようと提案するが、エネシアはその場で静かに立ち止まった。

 不思議そうに彼女を見つめていると少しだけ手を握る力が強まり、スーツ越しに温もりが伝わってくる。

 言葉は何もない。表情も変わらない。だから、こうやって──。

 タイテイも静かに手を握り返した。

 潰さぬよう、壊れぬよう、もう二度と放さぬように姉の手を抑える。


「行こう。足手まといにならない程度には追いついてみせるから」

『ごめん、まだちょっと手伝ってもらうね』

「俺、完全に電池みたいになってるけど……一応これフォース最強フォームだし、最後まで戦わせてもらう!」


 ──体の痛みなんて……もうとっくに忘れたッ!






 刹那、二人は間を置くことも無く様々な一点が煌めきだす黒の世界へと放りだされた。


 360度見渡しても広がるは凍えた宇宙ばかり、辺りに散らばっている光も遠くてわからないが星々たちであろう。

 そしてその中央、エネシアによって創作された超大質量ブラックホールが雄々しく君臨し、全容を捉えきれない程の膨大さがこれから起きるであろう未来を告げてくる。


「マジで遠くに来ちまったな……」

『シンちゃん、前』


 脳波で送られてきた方角に視線を向けるとタイテイは冷や汗をかき、驚愕した。


「……治るスピード早くなってないか⁉」


 目の前に広がるは悪夢。

 砂粒になるまで擦り潰し、それでも個々同士が合体を続けていたブラックエネシアの肉片たちが銀河に到着した瞬間そいつらは再生を速め、その姿は既に八割ほど修復強化を完成させている。


『──地球アースよりも外宇宙アルター・スペースの方が活発的に稼動できるのかもしれませんね、どちらにしろ興味深いインタレスティングですが……今は』

『うん。じゃあ始めるね』


 きよげとした様子で脳波を送ると、エネシアはタイテイの指の隙間に自身の指を全て通し出し、貝殻繋ぎで掌同士をくっつけた。




 二人の密接が起爆剤となり──視線上に壮麗な銀河の爆発が轟発する。

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