第十八話 凱旋の決意

 白い凍気とうきを振りまいて、氷のトライデントが飛翔する。


 いくら岩のように硬い身体でも、氷の刃で突かれれば、ダメージは免れない。




 そう確信したが――甘かった。


 刃先がジャイアント・ゴーレムに届く寸前、そいつの身体がボコボコと盛り上がり、ガチゴチに固まったのだ。


 激突した氷のトライデントは、ジャイアント・ゴーレムに刺さらず、涼やかな音色を立てて粉々に砕け散った。




「なっ……! 《硬質化ウェア・ハード》のスキルか!」




 凍らす間もなく弾くなんて、どういう強度してるんだ。ダイヤモンド加工職人にでも転職してくれ頼むから!




 などと思いつつ、次なる一手を模索する。


 と。




「あ、あんた……助けてくれたのには感謝するが、今すぐに俺達を置いて逃げるんだ。万が一にも、勝ち目はない」




 不意に、すぐ側で横たわっていた男に声をかけられた。


 全身はボロボロで、酷い有様だ。他人のことなんて心配してる場合じゃないのに……こういう人間もダンジョンにはいるのか。




 少し感心したのもつかの間。


 


「なに言ッてんだよリーダー! 助けて貰ッた方がいいッて! 俺ァまだ死にたくねェんだよォ!」




 水を差すかのように、筋肉質でいかにも粗暴そうな外見をした男が叫んだ。


 彼もまた、全身血だらけでその場に横たわっている。




「なッ、お前頼むから助けてくれよォ。俺達全員を抱えて、なんとかこの部屋の外まで出しちャくれねェか?」


「無駄だバール」




 リーダーと呼ばれた男が、淡々と答えた。




「どのみちジャイアント・ゴーレムを倒さなければ、次のステージへの扉は開かない。この最下層からは脱出できない。俺達はもう、詰んでるんだ」


「そ、そんなバカなァ……」




 絶望に打ちひしがれるバール。


 酷い顔で僕の方へすり寄ってきながら、バールは必死に懇願こんがんしてきた。




「頼むよアンチャン。俺はァまだ生きてェんだ……見すてないでくれ」


「いや、君だけでも逃げるんだ。部外者にウチのパーティの尻ぬぐいをさせるわけにはいかない」


「何を言うんだリーダー、命あッての物種じャねェか!」


「そうだけど、これは俺達の失態だ。関係ない人間も巻き込んで死なせるわけには――」




 急に言い合いを始める二人。


 この状況、本当にわかってるんだろうか。




 ジャイアント・ゴーレムを視界におさめながら、僕はいい加減うんざりして答えた。




「何を言っても構いませんけど、僕はどちらの言うことも聞きませんよ」


「な、なんだって?」




 リーダーが息を飲む音が聞こえる。




「だって僕、あなた達のパーティメンバーじゃありませんから。一人で逃げる気も無いし、全員抱えて逃げる気もありません」


「何言ッてやがんだ? じャあ、他にどうやるッてんだよ」


「全員死なせず勝ってここを出ます」


「はァ? ふざけたことぬかしてんじャねェぞ。そんなことできるわけ――」


「僕は至って真面目ですが」


「ッ!」




 とたん、バールは意表を突かれたかのように押し黙る。


 それでいい。こちゃごちゃ言われても気が散るだけだ。


 


 と、次の瞬間。


 待ちかねたかのように、ジャイアント・ゴーレムが動いた。




 巨大な拳がゆっくりと上に持ち上げられ、丸太の何倍も太い指が開かれる。


 向けられたてのひらが、僕達を覆い尽くすほどの巨大な影を落とした。


 


(今度は面積の広い掌で、一網打尽いちもうだじんに押し潰す気か?)




 そう思ったが、次の瞬間そうでないことを悟った。


 ごうっ! 音を立てて、掌に巨大な火球が生じる。


 辺りが昼間のように明るくなり、溢れ出す熱気がジリジリと肌を焦がした。




「これはまさか、《紅炎極砲フレア・カノン》っ!?」




 間違い無い。


 超威力の火炎魔法を使う気だ。あんなのを喰らったら、骨も残らず消し炭になる。




 なんとかしなきゃ!


 が、考える間もなく灼熱の炎は、僕等に向かって放たれた。




「くっ、スキル《冷却波クール・ウェーブ》―氷点下掌打ビロウゼロ・パームッ!」




 火を打ち消すには氷しかない。


 咄嗟に判断し、両手の掌に凍気を纏う。




 荒ぶる熱球と渦巻く冷気が衝突。


 氷の粒が一瞬にして蒸発し、冷やされた空気が膨張する。


 


 ボンッ!


 弾けるような音を立てて水蒸気爆発が起こり、真っ白な熱風が吹きすさぶ。


 


「くっ!」




 あまりの衝撃に耐えきれず、身体が後ろへ放り出されそうになる。


 倒れている面々もまた、為す術無く後方へ転がされていくのが視界の端に映った。




(このままじゃ僕も飛ばされる……飛ばされてたまるかっ!)




 ぎりっと歯を食いしばり、スキル《速度超過スピードアップ》の残り時間を使って、力尽くで暴風に逆らい突進する。


 3倍の加速で、辛うじて風の流れに逆らえる。




(あと、もう少し……ッ!)




 手を伸ばし、ジャイアント・ゴーレムを掴もうとしたそのとき――ガクンと身体が後ろにかしぎ、両足が地面から離れる。




 《速度超過スピードアップ》、30秒の即席強化インスタントの時間切れだ。




「まじか……ここで!?」




 驚愕に目を見開く中で、みるみるジャイアント・ゴーレムが遠ざかる。


 生身で突風には逆らえない。




 だが、このままやられるつもりもない。


 遠ざかる敵を見据え、《衝撃拳フル・インパクト》を右手に起動した。

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