第十四話 ペット参入!?

洞窟蜘蛛ケーブスパイダの口から突き出た鋭い毒針が、ギラリと光る。


 スキル《超跳躍ハイ・ジャンプ》を利用した瞬発力で、彼我の距離が瞬く間に詰まる。




「まったく、このブレスレットは……」




 前言撤回だ。


 僕は予備動作なしに拳を突き出す。




「ポンコツじゃないかぁあああああああああっ!!」




 絶叫と同時に《衝撃拳フル・インパクト》を発動。


 突っ込んできた洞窟蜘蛛ケーブスパイダの毒針を、拳で正面から叩き折り、頭部を殴りつける。


 そのまま、力任せに拳を振り抜いた。




 瞬時に意識を刈り取られた洞窟蜘蛛ケーブスパイダは、狭い洞窟内を幾度もバウンドしながら、遙か彼方にカッ飛んでいく。


 「レベルアップしました!」といういつもの音声が、頭の中で響き渡った。




「はぁ、まったく。期待して損したよ」


「なにが? どうして?」




 クレアが、不思議そうに首を傾けながら聞いてくる。




「このブレスレット、この階層じゃ全く使い物にならないからさ」


「え、そうなの?」


「うん」




 自身の左腕に付けた、オレンジ色の宝石を繋げて作られたブレスレットを触る。




 最下層である89階層には、S~SSクラスのモンスターしかいない。


 つまり、Bクラスまでのモンスターにのみ効果のあるこのブレスレットは、この階層ではただのお飾りに成り下がる。




「上層ではかなり使えそうだけど、最下層じゃ意味ないな。さすがに、Bクラス以下のモンスターがいるわけないし」




 そう呟いたとき、また暗がりの先に何かの気配を感じた。




「またなんかいるし」


 


 目をこらしてよく見ると、そいつは何やらスライムのような形をしていた。


 溶けたアイスのような半透明の身体に、二つのつぶらな瞳。頭のてっぺんからは、アホ毛みたいなものが飛び出ている。大きさも、さっき倒したやつとは比べものにならないくらい小さく、子猫くらいの大きさしかない。




「な、なんだこいつ。なんか凄く……弱そうなんだが」


「うわ~可愛い! なにこの子!」




 クレアは目を輝かせて、スライムの方にすっ飛んでいったかと思うと、スライムに抱きついて不定形の頭を撫で始めた。




「ちょ!? 何してんの! 可愛い見た目してるけど、そいつはたぶんめっちゃ危険なモンスターのはず! 不用意に触ったら――」


「でも、何もしてこないよ」


「……へ?」




 目を疑った。


 さっきからクレアはしきりにスライムの頭を撫でたり、ほっぺたをつんつん突つついているが、反撃どころか威嚇いかくする素振りすら見せない。




「あれぇ、おかしいな」




 不思議に思いつつ、スライムのステータスをチェックする。




◆◆◆◆◆◆




 クリアスライム(小)


 Lv 12


 HP 146/220


 MP 32/32


 STR 18


 DEF 34


 DEX 10


 AGI 13


 LUK 37




 スキル(通常) 《粘液ミューカス》 《回復リカバリー


 スキル(魔法) ―


 ランク Dクラス




◆◆◆◆◆◆




(は? ランクD?)




 モンスターランクの中で最弱はE。要するに、その次に弱いランクだ。


 


(それがどうしてこんなところに……ランクEのモンスターは、どんなに深くても20階層までの上層にしか生息していないはず)




 もしも30階層あたりに居たならば、誤って紛れ込んだのだろうと納得できるが、ここは最下層の第89階層。


 いくらなんでも、納得できない。


 男湯に一人女性が混じっているような状況である。




「なんでこんな場違いなやつが……」




 クリアスライムの方に近づくと、つぶらな瞳がこちらに向けられた。




 か、可愛い……




 襲ってこないのはたぶん、《魔除けのブレスレット》のお陰だ。


 モンスターを寄せ付けない・または大人しくさせるという効能だったはず。今目の前に居るクリアスライムは、正常な個体より大人しいのだ。


 


「ねぇ、エランくん」


「なに?」


「この子飼ってもいい?」




 クレアは目をキラキラさせながら、ぶにぶにとしたクリアスライムの身体を持ち上げて見せつけてきた。




「だーめ」


「ナンデ!?」




 とたん、クレアは涙目になって暴れ出した。




「いーじゃん別に! ちゃんとご飯上げるから! お世話は全部私がするから! ねーえーっ、お願いっ!」




 服の袖をぐいぐいと引っ張りながら、懇願してくる。




 捨て猫拾って親にすがる時のリアクションやめろ。


 半分呆れながら、淡々と理由を告げる。




「単刀直入に言うと、そいつは未知数なんだよ。本来ここにいるはずのない低ランクのモンスターだ。どうやってこんな場所に紛れ込んだのか、見当も付かない。それに、今はブレスレットの影響で大人しいけど、もし効果が切れたら暴れ出す可能性もある。だから飼っちゃダメ」


「えぇーそんなぁ……ひどいよぉ」




 がくりと肩を落とすクレア。


 応じて、クリアスライムも少し形が崩れた。くりりとした瞳が僕を見上げ、小さな声で『きゅー』と鳴いた。




 こ、声も可愛い……




(なんだこれ。なんか急に罪悪感が湧いてきたんだが……)




 こ、これってもしや、二人を悲しませることしてる!?


 さ、流石に気まずい! 気まずすぎる!




 僕は、どうすればいいんだ!?


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