第十話 その頃、ウッズは……

《ウッズ視点》


 ちょうどその頃。




 ここは第7階層最奥にある《水晶の部屋》。


 正八角形に切り取られた空間のあちこちに、半透明の水晶がある、ダンジョンの宝物庫のような場所だ。




 攻略者ギルドで金貨と交換できるのは、何も魔鉱石だけじゃない。


 水晶や通常の宝石、一部のアイテムも取り引きの対象となる。そんな場所で……俺は、信じられない現実を前に狼狽ろうばいしていた。




「な、なんで……《水晶の部屋》の番人が、Bクラスのモンスターなんだよ!!」




 目の前に立ちはだかるのは、人の背丈の二倍はある、犬に似た漆黒の魔獣、深墨犬ディープ・ハウンド


 こんな上層にいるのは、せいぜいクラスCまで。




 クラスB以上は、二桁を超えないと現れない。――だというのに。




「どうしてさっきから、高クラスのモンスターばかり居やがんだよ!」




 俺は、剣を構えながら叫んだ。


 深墨犬ディープ・ハウンドの四つの赤い目が、俺を射貫く。


 剣の切っ先は震え、視界が歪んで見える。




「ど、どうしようリーダーぁ!」




 ついさっきも聞いたような台詞が、横に並び立つリシアの口からこぼれた。


 リシアは、金髪と紅玉こうぎょく色の大きな瞳をもつ、17歳の少女だ。ウチのパーティの中では魔法スキルの使用に長けた、前線要員である。




 その割にメンタルが弱く、不測の事態が起こるとすぐにあたふたし出すから、しょっちゅうイライラするが。




「知らねぇよ、俺だって!」


「ウチ、もう魔力残ってないよぉ! めっちゃピンチだよぉ!」


「俺だってHPが一割切ってんだ……クソが!」




 周りを見まわせば、アルクもセシルも、ジースにカメルも。皆額に脂汗を浮かべ、絶望に天を仰いでいる。




「HPとMPを回復するポーションがあれば……っ! 誰だよ、持ってるヤツは! 早く出しやがれ!」


「も、持ってるのは確かエランさんのはずだよ! でも、あのデッカイモンスターと鉢合わせした辺りから、姿を見てないの」


「ちっ、あの野郎か!」




 とことん使えないヤツだ。


 よりによって、HPとMPを回復するポーションを全部持ったまま、下に落ちたとは。




「くそっ……あいつさえいれば、目の前にいるバケモンなんか……!」




 うん? あいつさえいれば……?




(はっ? 何言ってんだ俺は……要らないから、役立たずだから、ついさっき切り捨ててきたばかりじゃねぇか)




 この期に及んでエランの影がちらついたことに、イライラが募る。




 そうだ。


 俺があんなヤツを頼るなど、万に一つも有り得ない。




 だから、俺が欲しているのはポーションだ。アイツじゃない。


 それに、ポーションなんか無くたって、このパーティには切り札がいる。




「おい、エナ。コイツをさっさと畳んじまえ!」




 俺は、後ろに控える女に指示を出した。


 歳は俺と同じ19歳。ライムグリーンの長髪と知的な藤色の瞳を持つ、大人びたヤツだ。




 柔和な物腰と大人びた性格で、パーティのマドンナ的存在でありながら、洗練された剣捌きを見せるエースでもある。


 個人ランクは、リーダーの俺よりも一つ上のB。




 リーダーの面目めんぼく丸つぶれだから、正直あまり好きじゃないが、ここは恥も外聞も捨てて命令する場面だ。




 悔しいが、コイツがいればBクラスの犬っころなんか怖くない。


 さあ、頼む! 俺達の盾になってくれ。




 ところが。




「ごめん。私、今そんな気分じゃないの」




 エナは、小さく首を横に振った。




「は?」




 耳を疑った。


 この場を切り抜けられるのは、もうコイツしかいないのだ。




「何言ってやがんだ! リーダーの言うことが聞けねぇのか! お前はただ、黙ってこの忌々しいバケモノを倒せばいいんだよ!」


「そうやって、エランくんを見捨てたんでしょ……?」


「っ! なぜそれを、お前が……?」




 たじろいで、一歩後ずさる。


 それを聞いていたアルク達にも、動揺が走った。


 


 エランを最下層に突き飛ばしたとき、他のメンバーは脇目も振らずにサイクロプスから逃げていた。


 俺がエランを見限ったことは、誰にも気付かれてないはずだ。


 なのに、なぜ……?




「気付いてないとでも思ったの? あなたが、エランくんを苛めてたことは、前から知ってた。でも、自分たちが助かるために、エランくんを見捨てる……そんなリーダーの言うことを、私は聞きたくない」




 ほがらかな彼女には似合わない、怖い顔をしていた。


 他のメンバーも、非難めいた顔や、驚きを隠せない表情を向けてくる。




「ちっ」




 むしゃくしゃして、舌打ちをした。


 ウザい奴が、面倒なことをしてくれたもんだ。




「だが、我を通せる状況じゃないぞ。このクソッタレモンスターを攻略できんのは、お前しかいねぇだろ。今闘いたくねぇとか、そんなことは俺の知ったことじゃない。闘わなきゃ、ここにいる全員がミンチになるぞ」


「……あなた、サイテーね」




 エナは俺を親の敵でも見るような目で睨み上げて、腰にいた二振りの剣を抜く。


 それから、ゆっくりと深墨犬ディープ・ハウンドに歩み寄っていった。

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