第八話 新たな仲間と共に

 スキル、《サーチ》を起動し、スライムのステータスを推し量る。




◆◆◆◆◆◆




 スライム


 Lv 67


 HP 1320/1320


 MP 65/65


 STR 130


 DEF 416


 DEX 202


 AGI 127


 LUK 118




 スキル(通常) 《溶解メルト》 《拘束バインド》 《粘液ミューカス


 スキル(魔法) ―


 ランク Sクラス




◆◆◆◆◆◆




「うーわ、卑猥なスキル三点セットだな、こいつ。思春期こじらせすぎでしょ」




 はぁ、と一つため息をつきつつ、対処法を模索もさくする。




(《衝撃拳フル・インパクト》をぶち込んだのに、HPは減ってない……つまり、単純な物理攻撃は効かないってことだ)




 たぶん、スライム特有の体質のせいだ。


 ネバネバでブヨブヨだから、衝撃波を受け流すことが可能なんだろう。


 


(であれば……そのだらけきった身体を、固めてしまえばダメージも通るんじゃ……?)




 その考察にたどり着いたとき、スライムがその巨体をうねらせて突進してきた。




「い、嫌ぁっ! こっち来たよ、お兄さん!」




 切羽詰まったような少女の叫びに、「大丈夫」と返す。


 そう、大丈夫だ。きっと勝てる。




 大山がまるごと迫ってくるような威圧感にビリビリと震えながら、両足で地面を踏みしめ、待ち構える。




「さあ来い!」




 右手を引いて腰を落とし、ぼそりと呟いた。




「《冷却波クール・ウェーブ》――」




 瞬間、開いた掌に、真っ白な冷気が溜まり、周囲の温度が一気に下がる。


 氷点下を優に振り切った掌を、今まさに踏みつぶそうと迫っていたスライムへたたき付けた。




「――氷点下掌打ビロウゼロ・パームッ!」




 氷の拳打しょうだが、スライムの身体にめり込む。


 と同時に、触れた部分から真っ白な凍気とうきがスライムの全身に波及し、たちまち凍り付いて固まった。




 スキル《冷却波クール・ウェーブ》。


 MPを25消費して起動する、凍結効果を持った波動だ。


 凍結させるべき対象に触れていないと効果を発揮しないが、一度触れてしまえば、触れた先から一気に対象を凍り付かせる氷結魔法。




 その餌食となったスライムは、完全に動きを停止していた。


 真っ白な氷の山になったスライムの身体からは、白い湯気が立ち上っている。


 まるで、巨大なドライアイスみたいだ。




「さーて、いくら攻撃が効かないブヨブヨの身体でも……カチコチに凍ってれば、衝撃を受け流せないよね?」




 パキパキと指を鳴らし、ゆっくりと右手を引き絞る。


 肘から先に、オレンジ色の光がほとばしり――




「これは、女の子をはずかしめた報いだ。地獄の果てまで飛んでいけ! 《衝撃拳フル・インパクト》ォッ!」




 掛け声と共に、拳を撃ち放つ。


 衝撃が渦を巻いて、スライムの身体を粉々に打ち砕き、今度こそ跡形もなく四散した。




「……よし、完了」




 相変わらず「レベルアップしました!」の音声が大量に頭の中へ流れ込んでくるが、もう慣れてきた。




「ありがと。お兄さん!」




 手で胸元を隠しながら、少女が近寄ってきた。




 改めて少女の顔を見ると――なんともまあ、恐ろしいくらい美少女だった。


 見た目の年齢は、15歳くらい。


 ゆるりと伸びる小豆色あずきいろの髪と、キラキラとした黄色の瞳が眩しい。言いようによっては貧相とも言えてしまう身体も、滑らかで美しく、健康的で溌剌はつらつとした彼女のイメージに添っている。




 あられもない姿に恥じらいつつも、少女は笑顔だ。


 結構元気みたいで、少し安心した。




「どういたしまして。というか君、なんで一人で最下層にいるの? もしかして、仲間とはぐれちゃったとか?」


「ううん、いないよ。私一人だよ?」


「ひ、一人?」




 思わず目を丸くした。


 こんな場所で、女の子一人。一体、何を考えているんだろうか?


「助けて!」と叫んでいたし、自殺志願者ということもないだろう。




「なんで、一人でこんな場所にいるの? ここが、どんな場所かわかってる? 超強いモンスターが蔓延はびこる、ダンジョンの最下層だよ!?」


「そんなこと言われても……目が覚めたらここにいたし、よくわからない!」




 満面の笑みで、少女は答えた。




 目が覚めたらここにいたって、どんな罰ゲームだよそれ。


 冗談でも笑えない。僕と同じように、仲間に裏切られて、知らず知らずのうちに落とされたとか……そんな感じだろうか。




 それにしては、少し陽気すぎるというか、楽観的というか、底抜けのバカという雰囲気が否めないのだが。




「よくわからないって……不思議な奴だな。ここ、普通一人で来るような場所じゃないよ」


「じゃあなんで、お兄さんは一人なの?」


「そ、それは……」




 首を傾げる少女の前で、押し黙る。


 「仲間に裏切られて、落とされたんだ!」なんて、恥ずかしくて口に出せない。


 


「ま、まあ。いろいろとあったんだよ」 


「ふーん、そうなん……へくしゅっ!」




 唐突に、少女はくしゃみをした。




「うぅ~寒い」




 鼻を啜りながら、少女は腕をさする。




「あーそうか、さっき氷結魔法使ったしね。しかも君、ほぼ裸だし」




 スライムを凍らせた影響で、このドーム内の空気はかなり冷えている。


 服を着込んだ僕でも、少し肌寒いくらいだ。




(何か、女の子用の服があれば……あ)




 思い出した。


 ついさっき、「要らんわこんなもんっ!」と言って、ゲットしたジャンパースカートを投げ捨てて来たんだった。




「そうだ。丁度女の子用の服持ってるから、もしよかったら貸すけど」


「ほんと!?」




 少女は一瞬目を輝かせる。が、すぐに非難するかのようなジト目になった。




「……けど、なんでお兄さんが女の子用の服を持ってるの? もしかして変態さん?」


「ちゃうわ! さっき偶然たまたまゲットしたの!」


「そんな偶然ある?」


「あったの! ちゃんと!」




 とりあえず大声で誤解を押し切る。


 まったく。こうなるから、女の子用の服なんてドロップするだけ厄介やっかいなんだ。




「まあ、とにかく。向こうに置いて来ちゃったから、取ってくるね」




 入ってきた洞窟の方を指さして、少女に告げた。




「う、うん。……あのさ、お兄さん」


「なに?」


「名前は、なんていうの?」


「僕はエラン。君は?」


「たぶん……クレア」


「た、たぶん……?」




 自分の名前が「たぶん」なのか。


 さっきから、いろいろと素性が謎だ。




 ただ、仮称クレアは眉根をよせて、本気で困っている様子だ。ここは、詮索しないでおこう。




「わかった。よろしく、クレア」


「うん、エランくん!」




 クレアは満面の笑みを向けてくる。


 その笑顔を見つつ、僕は、置いてきた服と荷物を取りに向かった。




 ――このときの僕は、まだ知らない。


 彼女との出会いが、近い将来僕の運命を大きく変え、ダンジョン世界の破滅を導くことを。


 最下層を無事脱出し、ウッズを見返してやる――もとい、復讐してやることくらいしか頭になかった自分が、まさかダンジョンの制覇者になるなんて。

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