第3話

「おまえ、顔色大丈夫か」


 友人が次々と俺のまわりに集まってはそう聞いてくる。うるさい。黙れ。そう怒鳴り散らしたい気持ちを堪え、俺はただうなずく。


――やっぱヤバい? それがさあ、昨日カノジョに浮気されてたんだよ。


 そうやって流せよ。


 軽く笑って、何でもない事みたいに流して見せろよ。藍沢。


 そうすれば、友人は笑うだろう。そしてこのことは笑いのうちに幕切れとなる。


 早く笑うんだよ。笑え。


 そうすれば、楽になれるぞ、藍沢。


 しかし、俺の口角は、頬は、鉄板でも入れられたかのように強張ったままだった。

 



 陽菜とすれ違った。


 友達に囲まれてきゃあきゃあと笑いあう彼女は、やっぱり今日も憎らしいほど可愛かった。こんなに可愛いひとを、俺は知らない。


 手放していいのか。


 浮気されていたとしても、何でもない顔して付き合い続ければいい。そうだろ?


「あっ、慧」


 陽菜が立ち止まり、底抜けに明るい笑顔をこちらに向けて来た。


「おはよう。ってあれ? 顔色悪くない? ちゃんと寝てる?」


 陽菜が心配そうな顔をして、俺の手に触れる。

 吐き気がこみあげてきた。


 その手で触るな、汚らわしい。さっさと振りほどけ。

 あの男と抱き合った身体で近づかせるな。


 俺の脳がそう訴えている。


 けれど、彼女に触れられることが嬉しかった。まだ俺の方を見てくれる。俺の目を見て話してくれる。それだけで十分だ――。


 心が叫んだ。


「保健室、行った方がいいんじゃない? 一緒に行こう」


 陽菜が俺の手を引っ張った。ほら怒鳴れ。


 昨日、あの男と何してたんだよ。あの男誰だよ。答えろよ――。


 そうやって問い詰めろ。こいつが泣きながら崩れ落ちるまで。




「――いいや、大丈夫」


 しかし俺の口からもれたのは、弱々しい声だった。





―――――――――


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