君の案は優れている

TK

君の案は優れている

「・・・以上の項目を設けたスコアリングシートを導入することで、リスクを綿密に評価した融資を実行できます」


よし、上々のウケだ。

俺は現在、銀行の融資課で働いている。

今日は「新しい融資の形」なるものを、各行員がプレゼンするよう上から求められている。

今までの古いやり方では、リスクを正確に評価できなかったり、融資先の幅が狭まったりする問題があり、

その問題の解決策を見出すことがプレゼンの目的だ。

自分で言うのもアレだが、俺は説明が上手い。

「なぜリスクを正確に評価できないのか?」という問題点を整理した上で、

正確なリスクの評価には新たなスコアリングシートが必要である旨を、簡潔に分かりやすく説明した。

このスコアリングシートの作成にあたっては、ある程度無能であっても使いこなせるよう配慮した。

つまり、俺のように優秀じゃない行員でも使えるということだ。

また、俺は説明が上手いから、よく上司から会議に使う資料の作成を求められる。

俺の作った資料は要点がわかりやすくまとまっており、周りからの評価は高い。

それに、自慢じゃないが、俺はフラッシュ暗算も得意だ。

3桁の数字であれば、10口ほど0.5秒感覚で表示されても正確な答えを提示できる。

つまり、俺はわかりやすく簡潔な資料を作成できる上に、頭の回転も早いという典型的なデキる人間なのだ。

他にもプレゼンをする奴がいるのだが、ハッキリ言って時間の無駄だ。

どうせ俺の案が採用されるんだからな。

特に、次にプレゼンをする同期は、熱意はあるものの抽象的で正確性に欠ける提案が多く、まず採用されないと断言できる。

どうせ今回も、バカバカしい提案をするに違いない。


「じゃあ、次は君だね」


「はい!よろしくお願いします」


「私は、社長の夢を理解することが重要だと考えます。融資先の社長が事業を通じてどんな夢を実現しようとしているのか。その想いを我々は、ちゃんと汲み取ってあげるべきなんです。単なる数字や担保で融資の可否を判断するのではなく、その夢への熱意を評価することが、新しい融資の形になると私は思います」


「ゆ、夢への熱意ね。ありがとう、わかりました」


「・・・」


バカじゃないのか?コイツは。

「夢への熱意」ってなんだよ。全く具体性がない。

そんなものを評価基準にしたら、理論上どんな会社でも融資が可能になるじゃないか。

たとえどんなに財務内容がボロボロだったとしても、「夢に共感しました!だから融資します」と言えばいいんだからな。

話にならない。いくらコイツでも、もう少しマシなプレゼンをすると思ったが・・・。

俺はコイツを、まだまだ買いかぶり過ぎていたようだ。

コイツは真性のバカだった。

早くこの不良債権を処理しないと、銀行の存続に関わるぞ。

「では、今日のプレゼンはこれにて終了とします。結果は後日ご報告します。お疲れ様でした」


―1週間後―


「君、ちょっといいかな?」


「はい、なんでしょうか?」


「この前のプレゼンで言ってたスコアリングシートだっけ?あれをさっそく実用化してほしいんだ」


「はい!承知しました。採用して頂きありがとうございます!」


「うん、よろしく頼むよ」


やっぱりな。俺の案が採用された。

他にもいろんな資料作成を頼まれている最中だから、こりゃ忙しくなるぞ〰!

「やっぱりお前の案が採用されたかー」

熱血漢の同期が、嫌味のない笑顔を携えながら俺に話しかけてきた。

「まあな、運が良かっただけだよ」


「いやいや、運とかじゃないよ。お前の提案はめちゃくちゃわかりやすいもん。おめでとう!」


「お、おう。ありがとう」


クソッタレが。


なんで負けたお前が満面の笑みを浮かべていて、勝った俺がこんな卑屈な感情を抱いているんだ?

コイツはいつもそうだ。

周りの奴が高い評価を得ると、まるで自分のことのように喜びやがる。

しかも、その喜びに一切の皮肉や嫌味が無いから余計にたちが悪い。

お前は負けたんだ。だから、少しくらい汚い部分を曝け出せよ。

俺はお前のことをこんなにも見下しているのに、そのことに一切気がついていないどころか、俺のことを戦友とすら思っていやがる。

お前みたいな奴がいるから、俺はいつまで経っても肯定できないんだ。

自分の無様な性根を。


***


それからというもの、俺は相変わらずわかりやすく簡潔に、合理的な提案を述べ続けた。

その度に俺の案が採用され、評価はどんどん高まっていった。

そしてコイツは毎回のように案が不採用になるものの、俺の成功を喜んでいた。純真無垢な笑顔を携えて。

コイツは間違いなく、俺より仕事ができない。

なのに、周りからはなぜか好かれていた。

気づけばいつもコイツの周りに、人の輪ができている。

一方俺は、仕事を頼まれまくるものの、周りからの愛情は一切感じない。

周りの奴らは俺という人間を頼りにしているんじゃなくて、“俺の能力そのもの”を頼りにしているようだ。

どう考えても、おかしくないかこれは?

なんで優秀な俺が惨めな扱いを受けて、無能なコイツが周りから愛される?

・・・勝てば勝つほど卑屈になっていく。こんなのあんまりじゃないか。


***


「では、今日のプレゼンはこれにて終了とします。結果は後日ご報告します。お疲れ様でした」

今日のプレゼンも完璧だった。

どうせ俺の案が採用されるだろうが、それに喜びを見出すことなどできそうもない。

まあただ、結果的に俺は優越感を得ることはできる。

そしてこの優越感が、今にも折れそうな俺の心をなんとか支えているみたいだ。

カッコ悪くたって醜くたって、優越感は優越感だ。無いよりはマシだろう・・・。


―1週間後―


「君、ちょっといいかな?」


「はい、なんでしょうか?」


はいはい、今回も俺の案を採用するんだろ?まあ任せてくださいよ。


「今回は、君の同期の案を採用しようと思う。残念だが、君の案は不採用だ」


「・・・え?どういうことですか?私の案は明らかに優れていましたよね?」


「おっしゃる通り、君の案は優れている。だけどね、なんて言うのかな。合理的過ぎたんだよ君の案は」


「・・・合理的すぎた?」


「君の案は非常に筋が通っており、実現性も高い。ただ、もうそれは人間がいちいち考えなくていいことなんだ」


「・・・?どういうことでしょうか?」


「君も知っているだろうが、我が社は1ヶ月前に“ユウシ君”というAIを導入した。このAIのおかげで、随分と業務は合理化されたよ。つまり、言いにくいんだけど、君の能力はAIに代替されたということだ」


「・・・」


「一方、君の同期は常に“人間の内面“というAIじゃ評価できそうもない要素を重視していた。例えばこの前のプレゼンなんて、社長の夢を融資の評価基準にするべきって言っていたよね。最初は「何言ってんだ?」と思ったよ。でも、彼のそういった熱意が実ったのか、ここ最近取引先の業績が好調なんだよ。もちろん、好調なのは彼の担当している会社だ。彼は心の底から各会社に寄り添っていたからね。彼を失望させるようなマネはできなかったんだろう。やっぱこれからの時代は、彼のような青臭い人間が必要なのかもね」


「で、でも、アイツの案は曖昧な部分が多すぎます。実現性がまるで無い!」


「そう、彼の案は間違いなく実現性に乏しかった。だから、今までは採用できなかった。だけど、今はユウシ君がある。曖昧な部分は、ユウシ君が完璧に補完してくれるはずだ」


「・・・」


「話は変わるが、今後君に資料作成を頼むことも無いかもしれない。見やすくて簡潔な資料はナントカGPTとかいうAIが作成してくれるからね。今までありがとう。」


「・・・そうですか」


「うん。あと、これは来月の話なんだけど、早期退職を募るみたいだ。ユウシ君の導入に伴って “不要な人材”が出てくるだろうからね。まあ誰とは言わないけど。自分がそれに該当すると思った人が、応募すればいいのかなって感じだね。特にこっちから声を掛けることはしないよ」


「・・・」


「君は今までたくさん貢献してくれたから、退職金はそれなりに貰えそうだね。まあ応募したらの話だけど・・・」


***


こういう日が来ることは、なんとなくわかっていた。

だって、俺じゃなくて“俺の能力”が頼りにされてたんだからな。

人格から切り離された要素なんて、代替可能に決まっている。

一方アイツは、人格を引っくるめて周りから頼りにされていた。

人格なんて数値化できないし、合理化できるものでもないからな。

そりゃ、AIがいくら発達してもゴミ扱いされないよな。

・・・いや、AIが発達すればするほど、アイツのような人間の価値が上がると言った方が正確だろうか。

・・・いや、そうじゃなくて、俺のような不要な人間が浮き彫りになると言った方が正しいか。

つまり、端的に言うと、不良債権とは俺のことだったようだ。

上司は暗に、というかほぼ直接的に、早期退職に応募するよう言ってきた。

もちろん、言われなくたって辞めるつもりだ。この会社に俺の居場所はない。

最近じゃ、自分の経歴や能力を入力すると、自動的に企業とマッチングしてくれるAIがあるらしい。

もちろん、このAIによって多くの人間が労働から開放された。

ホント、便利な世の中になったもんだ。

「さてと、俺に合いそうな会社はどこかなっと。・・・え?あなたに合う会社はゼロ!?り、理由はなんだ?」

理由を確認するとそこには”あなたの能力は全てAIで代替可能”と記されている。


「納得したよ」




俺はマンションの屋上へ行き、



そして、



深淵の闇に身を委ねた。

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君の案は優れている TK @tk20220924

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