第36話 最悪の事態

森の主スフェーン!!!」


隊長が森の主スフェーンの元へ飛び出していく。

すると森の主スフェーンは咆哮をあげた。


──グオォォォ……ッ!!


その声を聞いた途端、身体が金縛りにあったように突然動かなくなる。


「威圧……」


横で同じように固まっていたロバートが呟いた。


「威圧?」

「鳴き声に魔力を乗せて、相手を怯ませるんだ。力の差があるほど、相手は動けなくなる。森の主スフェーンが威圧を使ったら誰も手が出せないよ……普段は使わないのに……」


──グオォォォォン!!


念押しのようにもう一度、威圧を乗せた咆哮をあげ、こちらが動けないでいるうちに森の主スフェーンはくるりと身を翻し、その巨体からは想像もつかない速さで森の奥へと走り去って行ってしまった。残されたのは、緑の宝珠がなくなった切り株のみ。

緑珠は森の主スフェーンに奪い取られてしまった。

しばらく全員固まっていたが、ようやく動けるようになった頃には辺りから森の主スフェーンの気配は消えていた。


「……宝珠が……」


ロバートが膝をつき、緑珠のあった場所に手を伸ばす。


「痛っ!」


そして慌てて手を引っ込めた。


「どうした?ロバート」

「いや、欠けてるところで少し指を切っただけー」

「なんだ、脅かすなよ……回復魔法かけるか?」

「や、そんなたいして大きな怪我じゃないから大丈夫。ほら」


目の前に差し出された手の指先には、針で刺した時のようにぷくりと血が滲んでいた。


「これなら舐めときゃ治るってー」


そう言って指を口に含むとロバートは隊長たちの方へ向かう。


「隊長、どうしますか?一斉捜索で森の主スフェーン捕獲しますか?」

「そうしたいのは山々だが、威圧を使われるとな……俺たちだけでは対処しきれん。一旦詰所に戻って、王都に応援要請を出す」

「了解っす」


そのまま俺たちは一言も言葉を発さず詰所へ戻った。


「お、隊長おかえりなさい」


出迎えてくれたのは一足先に戻っていたマシュー先輩と、王都に行っていたニコラスだった。


「そうか、そろそろニコラスたち戻ってくる予定だったな」

「ケイレブたちは明日着く予定です。嫌な予感がしたんで俺だけ一足先に戻りました……火炎熊イグニスウルススの群れが出たんですって?」


あ、マシュー先輩が伝えておいたのかな?そういやあの時はまだ火炎熊イグニスウルススのトラブルしか起きてなかったもんな。


「全員、ちょっと席に着いてくれ。今後の話し合いをする」


隊長はそう言ってマシュー先輩とニコラスを席につかせる。他のみんなもそれぞれ席へ着いた。俺も空いている席へ座ろうとしたところ、


「ハヤテ、すまないがヘンリーとソフィアも呼んできてくれないか?」

「了解です!」


隊長の指示に従い、直ぐに二人を呼びに行く。

ちょうど二人揃ってヘンリーせんせーの調薬室にいたので、連れて食堂へと戻った。


「全員いるな?緊急事態だ。森の主スフェーンが緑の宝珠を飲み込んで持ち去ってしまった」


マシュー先輩たちに緊張が走る。


「捕獲するにも、普段使わない威圧を使ってくるため近寄れない。とりあえず明日ちょうどケイレブが戻ってくるので、ヤツには悪いが直ぐに王都に戻って、応援を呼んできてもらう。緑珠が動かされたからと言って明日すぐに疫病や災害がどうこうなる訳じゃないが、そんなに悠長にも言ってられんだろう。しばらくは森の主スフェーンの動向を探り、行動パターンから罠を張って捕獲の準備をしよう。森の主スフェーンを傷付けないよう細心の注意を払って罠を設置してくれ」

「まずは今森の主スフェーンがどの辺をナワバリにしてるか探らないとな。アイツ、気分で住処変えやがるからなぁ……」

「罠もある程度増やさないと。倉庫にあるのは基本普通の魔物用だから丈夫にしないと森の主スフェーンには使えないわ」


みんなが意見を出し合う中、俺はロバートに耳打ちする。


「ロバートあのさぁ、なんで森の主スフェーン捕まえるのに傷つけちゃダメなんだ?」


思い返せば、森の主スフェーンに隊長が向かった時、手に武器は構えていなかった。

単純に武器を振り回すには狭いからだと思ってたけど、もしかして森の主スフェーンを傷つけられないからなのかな?


「前に、森の主スフェーンは魔力が多いって言ったでしょ?」

「あぁ、確か森林竜シルワドラコの中でも飛び抜けて魔力があるからボスみたいな感じなんだろ?」

「そう。それだけ魔力を抱えてるとね、ちょっとの刺激で魔力の爆発が起きることがあるんだ」

「爆発?!」

「うん。なんて言えばいいかな?内側に徐々に魔力が溜まって膨らんでいって、そこに外から刺激をすると、バーン!って弾け飛ぶ感じ」


つまりパンパンに膨らんだ風船に針を刺すようなもんか。

そりゃ迂闊に手は出せないよな……


「だからなるべく刺激を与えないように捕まえたいんだけど、そうすると森の主スフェーンに気付かれて逃げられちゃう。どの程度までこちらも手を出して平気か分からないし、かと言って手加減なんかしたらこっちがやられちゃうし」

「確かに手加減は出来ねぇよなー」

「しかもだよ。まず捕まえる。でもその後、森の主スフェーンを傷つけずに緑珠を取り出さなきゃならない」

「そんな方法あるのか?」


ロバートは大きく肩をすくめる。


「その方法すら見当もつかないよ。さらにあんまりのんびりもしてられない」

「八方塞がりじゃねぇか」

「まいったねー……」


解決策の目処も立たぬまま、とりあえず倉庫内の罠の整備と改良をし、日付が変わったところで今日のところは解散となった。

家へ戻ると、明日の森の主スフェーン捜索と罠設置に備えて早めに寝ることにする。


「おやすみハヤテ」

「おう、ロバートおやすみ」


ベッドに入ったものの、今日一日の情報量が多すぎてなかなか眠れず、どうにか眠れたのはかなり時間が経ってからだった。

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