第34話 森の主

ダァン!


思ったより近くから聞こえた音にビクッとなりながら、ロバートとアイコンタクトをし、そちらの様子を伺う。

目線の先にはトリケラトプスからエリマキを取ったような、サイを大きくして鳥のようなくちばしにし、頭から二本、角を生やしたようなモスグリーンの生き物が崖に体当たりをしていた。


森の主スフェーン?!」


ロバートが驚きの声を上げる。

あれが森の主スフェーン?あれに吹っ飛ばされたの、俺……


森の主スフェーンの周りには、森の主スフェーンを一回り二回り小さくしたような生き物も居て、時々森の主スフェーンと一緒になり崖にぶつかりに行っている。


「ロバート、あの少しちっさい森の主スフェーンって何?森の主スフェーンの子供?」

「あれは通常の森林竜シルワドラコ森の主スフェーン森林竜シルワドラコの中で、内包魔力が飛び抜けて多い、森林竜シルワドラコのボスだよ」

「ドラコ……?ドラゴン?!」


改めて森の主スフェーンを見る。

森の主スフェーンは相変わらず勢いをつけて崖に向かっていた。かなりの勢いでぶつかっているにもかかわらず、傷一つ負っていない頑丈な身体のようだ。

そしてその森の主スフェーンは、継続して崖に体当たりを繰り返している。

既にヒビが入り始めていて、なんだか崖が崩れ落ちそうだ。


「なぁ、あれヤバくないか?てか森の主スフェーン何やってるんだろ」

「あんな行動、俺も今まで見たことないよ」

「あの崖、崩れそうだし止めた方がよさげだけど、俺たちじゃどうにもならないよな?」


熊にすら手が出ないのに、ドラゴンなんて俺は戦力外もいいとこだ……


「俺、戻って隊長とか呼んでくる!ハヤテはここで森の主スフェーンの行動見張ってて!」

「なんか行動し始めたら?!」

「それでも手は出さないで!何をしたかだけ見て、報告してくれればいいから。絶対一人で手は出さないでよ?前は吹っ飛ばされた時に運良く生き残れたけど、普通は森の主スフェーンに体当たり食らったら即死んでるからね?」

「……わかった」

「じゃあちょっと行ってくる」


風のようにその場から消えたロバートを見送り、視線を森の主スフェーンへ戻す。

森の主スフェーンは崖に体当たりを食らわし、ふんふんとその辺りの匂いを嗅ぐとまた崖へと体当たりをしている。なんか匂いでもするのかな?

崖をよく見ると、穴の開き始めたヒビの向こうが空洞のようだった。もしかして、どこかに繋がってる?

頭をぎったのは、緑珠の祠。

俺の知ってるこの辺の洞穴はそこしかない。

……だとしたら不味くないか?!

とりあえずもっと近くに……

そっと近寄った時、近くにいた森林竜シルワドラコ森の主スフェーンが一斉に崖へ向かっていった。


──ドガァン!!


今までの中で一番強い衝撃音がし、ガラガラと崖が崩れ落ちる。

そこには森の主スフェーンですら余裕で通れそうな大きな穴が開いていた。


グオォォォォォォォン!!


大きく雄叫びをあげると、森の主スフェーンは前足で、地面を蹴り始めた。あれ、牛とかが突進する前によくやってる奴じゃないか?!このままだともしかして森の主スフェーン穴の中に入ってっちゃう?!


思わず身体が動き、風を纏った最高速度で森の主スフェーンの元へと駆け出し、その背中へと飛び乗った。

その直後、森の主スフェーンは勢いよく穴へと向かう。

俺は振り落とされないよう咄嗟に森の主スフェーンの角を掴んだ。

森の主スフェーンが顔を振る度に振り落とされそうになりながらどうにかしがみついていく。

洞穴はかなりの広さで道が続いていて、その中を真っ直ぐ森の主スフェーンは進んでいく。

時々分かれ道が出た時は、ふんふんと匂いを嗅ぎ、迷わず片方の道を選んで進んで行った。

森の主スフェーンが行き着いた先は、大きな地底湖だった。水も蒼く透き通り、こんなに綺麗な湖は見たことがなく、俺はしばらく見とれる。

頭上は青空が広がっており、緑珠の祠と同じような、吹き抜けの構造になっていた。


「何だ、水が飲みたかったのか……」


森の主スフェーン森林竜シルワドラコ達は地底湖のほとりへ向かうと、ぴちゃぴちゃと水を飲み始める。

ただ喉が乾いてただけ、ということに安堵した途端、俺も喉が渇いてきた。

……これ、飲んで大丈夫なんだよな?


危害のなさそうな小さめの森林竜シルワドラコの横に行き、手ですくって水を飲む。


「……うまい!」


湧き水のようなひんやりとした水は、身体に染み渡る美味さだった。

しばらく水を堪能し、そして思い出す。


「やべ!動くなって言われてたんだった!!」


ちらりと森の主スフェーン達を見れば、大人しく水を飲んでいるのでここへは水を飲みに来たんだろう。とりあえずもう暴れてなさそうなので、俺はロバート達に森の主スフェーン達の行動を報告するべく、慌てて外の崖下へと戻った。

外へ出てみると、既にロバート達はここへ来ていたようでみんなで慌てて崖崩れが起きた時の岩を掘り起こしている。


「何してんの?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


後ろからロバートに声をかけてみれば、幽霊にあったかのような叫びを上げられた。

いや、ビビって叫びたかったのこっちですけど?!


「なんっ……」

「ハヤテー!!!」


がば!っと抱きつかれ、他のみんなも走り寄り羽交い締めにされる。


「苦しいー!」

「あ!ごめん!」


全力のおしくらまんじゅうから開放されると、ロバートに頭を引っぱたかれた。


「いてぇー!」

「もう!動くなって言ってたでしょ?!戻ってきたら崖は崩れてるしハヤテはいないし、もしかして崖崩れに巻き込まれてこの岩に埋もれてるのかと思って心配したんだからね!!」


あ、だからみんなで岩をどかしてたのか……


「わりぃ」

「無事だったなら良かったよ。てかどこに行ってたの?森の主スフェーン森林竜シルワドラコはどこ?」

「あ!そうだった!隊長!森の主スフェーン森林竜シルワドラコですが、体当たりを繰り返したあとこの崖に穴を開けて、この奥へと入っていきました!」


森の主スフェーンの行動を、慌てて隊長に報告をする。


「この奥に?崖の中にこんな洞穴があったんだな。で、これはどこに続いてるんだ?」

「はい!この洞穴はかなり奥まで続いていまして、途中分かれ道も何本かあります。その度に森の主スフェーンは匂いで道を辿っていき、最終的に地底湖へ向かうと、そこで水を飲んでいました!」

「地底湖?そんなものがあったのか……」


報告を受けて隊長とライアンとジェシカは何やら相談を始める。


「この中に入っていった森の主スフェーンの後をハヤテはついて行ったの?良く道に迷わなかったね」

「いやー、俺森の主スフェーンに乗っかってたから……」

「え?!」


あ、やべ。

思わずポロリと吐いた言葉にロバートの表情は邪悪な笑みに変わっていく。


「どういうことか説明をしてもらいましょうかね、ハヤテさん……」

「……ハイ」


有無を言わさぬその圧に、俺は冷や汗を流しつつ頷くしかなかったのだった。

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