第16話 本気の鬼ごっこ

「軽くストレッチしたらまずは俺の風魔法見せるね。俺の使い方、ジェシカとはまた違う使い方だからさ」


準備運動後、


「始めるから見てて」


と、川の上流を指さす。


「あそこにちょっとした崖があるでしょ?あそこまで行って帰ってくるから」


開けたこの川岸はところどころに大きめの岩があったり木が生えていたりと、森と比べたら視界は広いけど、動き回るには難しそうな地形だった。ロバートはどう風魔法使うんだろう?


ふわり、と風を纏うとロバートは目にも止まらぬ早さで走り出した。


「え?」


見えない風に押されているかのように、ありえないスピードでみるみるロバートの姿は見えなくなっていく。

姿は見えないが、時折風で木々が揺れるので通り過ぎたことが分かる。

一瞬崖のそばにロバートの姿が見えたと思ったら、すぐにこちらに引き返し、目の前に風が届く。

吹き飛ばされるのを堪えながら目を開けると、目の前にはロバートが立っていた。

……え、俺こんな速さで走ってたロバートについて行ってたの?!


「まぁこんな感じ!後ろに風を出して押してもらうイメージだよー」


ジェシカが上に進むのに特化した風の使い方だとすると、ロバートは横移動に特化した風の使い方だった。

てか、簡単に言ってるけど俺、魔力調整まだちゃんと出来ないからね!


「ふぅーー……」


深呼吸して意識を集中する。


風を纏えウイング


調整、したつもりだったけどちょっと強かったみたいで、思ったよりも勢いよく前に突き飛ばされる。

着地と同時に一回転し、落下の衝撃を和らげた。これはロールと呼ばれ、パルクールの技のひとつで受け身のようなものだ。

パルクールを始めた時は、まずはこれを極めろ、とばかりに毎日転がってたから、落ちた時の着地の際はついつい出ちゃったけど助かった!

あのまま落ちてたら絶対怪我してたもんな……

気を取り直してもう一度、


風を纏えウイング


風を纏い、駆け出した。

今度は上手く調整できたみたいで、やや強めの追い風に押されている感じ。

慣れてくればほんとに身体が軽くて、まるで体重を感じない。岩や低めの枝が行く手を遮っていれば飛び越え、壁のような岩が道を塞げば乗り越えていく。ヴォルトやキャットリープ……既に懐かしいパルクールの技たちがこんなところで役に立つとは……

次々と現れる障害物を乗り越え崖にたどり着くとすぐさま引き返し、また全力で駆けていく。

……た、楽しいぃぃぃ!!

普段パルクールの練習で使っているジムや公園でも、ここまで全力で技を出しながら駆け抜けることはあまり無い。

どうしても市街地だと、通行人に迷惑を掛けないよう気をつけなくちゃいけないから。

でもここは気にする対象がいないから凄く走りやすい。

ロバートよく来るって言ってたし、俺も今度から一緒に来ようかな……

ロバートが片手を上げて待っていたので、そこにハイタッチをしてゴールを決めた。


「おかえりー!いい走りだったよー」

「やべー、超楽しかったー!」


ごろん、と地面に大の字に転がる。

風の魔法を纏ったおかげか思ったより体力は消耗していないけど、体力ではない何かが減ってる感覚がある。もしかしてこれが魔力?

あれ?だとすると俺もしかして魔力の量、ゴミじゃね?


「なぁロバート、魔力の量ってどうやったら増やせる?」

「魔力の量?そりゃ体力と一緒。使えば使うほど最大値は増えてくよ。まぁライアンみたいに初めからアホみたいのもいるけど」

「使えば使うほど、か!よし、そしたら俺もう1回走ってくる!」


転がったまま、反動をつけてピョンっと起き上がると、俺は再び助走をつけて走り出そうとした。

するとロバートに、待って、と止められる。


「まだ自分の魔力の量の把握出来てないでしょ?どこで倒れるか分からないから、今度は俺も行く。て言うか俺も走りたい!」


身体を動かしたくてうずうずしている、と顔に書いてあるぞ。


「おっけー、じゃあ鬼ごっこしようぜ!」

「オニゴッコ?」

「あれ?こっちには無いのかな?追いかける人と逃げる人に分かれて、追いかける人が逃げてる人を捕まえたら逃げてた人の負け、次はその逃げてた人が追いかける人になって……っていう子供の遊び」

「あぁ、子供の頃やってた!『狩人と獲物』のことかー!やるやる!そしたらあの崖まで行って、ここに戻ってこれたら逃げてる方の勝ちね。じゃあ俺まずハヤテ捕まえる方やるよ。ハンデつけて少し時間置いてから追いかけるから頑張って逃げてね?」


余裕の笑顔に見送られ、俺は風を纏い走り出した。

後ろを見る余裕はなくて、夢中でさっき走ったルートを走る。崖まであと一歩、というところでロバートに追いつかれ、捕まってしまった。

悔しいー!

二人でまたスタート地点へ戻り、今度は俺がロバートを追いかける。

すぐに追いかけていいよ、との言葉に甘え、ロバートが駆け出したすぐ後に俺もあとを追った。


「ハヤテ、頑張ってー!」


余裕があるのか、ロバートは時々振り返って応援してくる。くそー、やっぱり森で追った時のように中々追いつけず距離が縮まらない。

崖の折り返し地点でも捕まえられず、Uターンして必死にあとを追う。

もう少しでロバートが逃げ切ってゴールしちゃう、と思ったその時。


──ピリリリリリリリ……ッ!!!


森に笛の音が鳴り響いた。

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