第9話 ヘンリーせんせーと薬草


今日何度目かの意識の浮上を果たすと、先ほどの保健室みたいなところのベッドに寝かされていた。ロバートの姿は見えないのでまだ夕飯の時間にはなってないのかもしれない。

賑やかなほど騒いでいたみんなの姿は見えず、室内はしん、としている。

身体を起こして隣の部屋へ続くドアを開けると、そこには白衣の男の人が。この人が、ヘンリー先生?

ドアを開けた音で俺に気づいたのか、こちらを振り返ると、眉を下げてクシャッと笑う。


「おはよう、ってもう夕方だけど。眠気は覚めたかな?」

「おはようございます。あ、俺ハヤテって言って今日からここでお世話になります。よろしくお願いします」

「うん、ロバートから聞いてるよ。僕は緑珠守護団ここで薬師をやってるヘンリー。よろしくね」


手を差し出されたのでこちらも右手を差し出し握手する。


「薬師……さっき魔力回復薬貰ったんですけどあれはヘンリー先生が作った薬って事ですか?」

「そう。向こうの畑で薬草を育てていてね、それを使ってここのみんなの薬を作ってるんだ」


畑?もしかして……


「その畑ってもしかして詰所とロバートの家の間くらいにあります?」

「あれ?よく知ってるね、そうだよ。あとは詰所の裏庭にもあるけどね」


さっき見た畑、作物じゃなくて薬草畑だったのか!ってかめちゃくちゃ広かったけど……

それだけ大量に育てておかないと薬草すぐなくなっちまうってことか?まぁ回復出来なかったら死んじゃうこともあるだろうし……


「薬草気になる?見てみるかい?」

「え、いいんですか?」

「いいよいいよー!興味あるならどんどん見てって。なんだったら僕の弟子になって将来薬師になってみてもいいんだよー?」


冗談か本気かわからない事をニコニコしながら言い出すヘンリー先生。とりあえず必殺愛想笑いで誤魔化しておく。

弟子云々は冗談だったようで笑顔のまま、俺がさっきまで寝ていた部屋とは別の部屋へ案内された。


「ここが薬を調合したりする部屋。薬草の種類によって色んな回復薬とか作れるけど、緑珠守護団ここでは主に傷の回復薬と魔力の回復薬と体力の回復薬を作ってるかな。ほかの薬は配給品でとりあえず足りてるから」


ヘンリー先生は棚を開け数種類の葉っぱを取り出すと、それをすり潰す器具のようなものの中へ入れゴリゴリすり潰し始めた。

結構水分の出る葉っぱなのか段々と水っぽくなり、葉っぱがすり終わった頃には青汁のようになっていた。うわ、緑色~……


「この状態が回復薬の素の状態。ここに用途に応じた種類の花を入れて混ぜると各種回復薬になるんだ。赤い花なら体力回復薬、緑の花なら怪我に効く回復薬、青い花なら魔力回復薬って感じにね。花を丸ごと使うから、各花の蜜の味が回復薬の味になるよ。ただ、不思議なことに直に花の蜜を舐めると全部の花が同じ味なんだよね」


舐めてごらん、と赤い花から垂れる蜜を指先に少し垂らしてもらい舐める。あ、これあれだ。メープルシロップみたいな感じ。美味い!

「そしてこれを……」と、その赤い花を先程すり潰した青汁もどきの中へ入れ、グルグルと混ぜ合わせる。

するとどんな現象なのか、青汁は徐々に赤くなっていき、今目の前にはかき氷のイチゴシロップが置かれている。


「これも舐めてみる?」


すっ、とスプーンにすくわれた赤い回復薬を渡されたので、それを受け取ると手のひらに垂らし、舐めてみる。

思った通りかき氷のイチゴ味!

ちょっとなら美味しいけどあの量飲むのはやっぱ辛いな……なるべくお世話にならないようにしよう……

頷いている俺を見てヘンリー先生が笑っている。


「舐める程度ならいいけど、飲むのは辛いよねー」


あれ、俺また顔に出てました?!


「色々飲みやすいように改良したいとは思ってるんだけどなかなか上手くいかなくてねー。ハヤテくん、新しいこと思いつくの得意なんだって?さっきロバートが言ってたよー。なにか思いついたら教えて」


ロバート……何言ってるの?!なんか期待に満ちた目でヘンリー先生に見られてるんだけど……


「ぜ……善処しマス……」

「よろしくねー。あ、夕飯までまだ少し時間あるから裏の畑も見てみる?」

「行きたいです!」

「じゃあこっちついてきて」


裏口のようなドアを抜け外に出ると、辺りは夕日に包まれていた。まだ若干空は蒼く、建物の隙間から微かに見える地平線は蒼からオレンジ色のグラデーションになっている。


「おお、綺麗……なんだっけ、この時間帯のことを……あ、『逢魔ヶ刻おうまがどき』だ」


独り言のように呟いた俺の言葉を拾ったみたいでヘンリー先生が振り向く。


「『逢魔ヶ刻おうまがどき』?」

「俺の故郷の言葉でこれくらいの、昼と夜の間の時間帯を指す言葉、だったかな?薄暗くなってきて、人ならざるもの……魔物たちに出会いやすくなる……みたいな?」

「ああ、なるほど。確かにこれくらいの時間から魔物たちの活動が活発になるから出歩かない方がいいね。ハヤテくんの故郷は粋な呼び方をしているねー」


まぁ俺の故郷、魔物とかいませんけど……鬼とか幽霊とかとの遭遇率上がるぞ的な感じだったと思うけど……

でもそっか。日本じゃ迷信だけどここは実際に魔物がいるから夜に出歩いたらあっという間にあの世行きだよな。

……怖っ。

てか……あれ?

俺がトラックに突っ込まれたのってこれくらいの時間じゃなかったっけ?でもここで気づいたの昼くらいだったような。てことは俺めちゃくちゃ長い時間起きてるじゃん。途中気絶して寝てなかったら今頃寝落ちしてたな。

そんなどうでもいいことを考えていたら畑に着いたようでヘンリー先生が色々説明をしてくれている。


「──で、このあたりにあるのが各種回復薬の花。結構綺麗だろう?」


先ほど部屋で見せてもらった花は摘まれた後の花の部分だけだったので、生えているところは初めて見る。すずらんのように鈴なりに咲いていて、ヘンリー先生に許可をもらって触ってみたところ、花にしては少し硬めだった。指でつついてみるとしゃらしゃらと音がする。

うわー、やっぱり見たことない植物だよなー。


「さっきハヤテが言っていたロバートの家の近くの畑は主に薬草を育ててるんだ。こっちの畑は回復薬の花とかレアな植物、効能を研究中でまだ結果が出てないものとか植えてるんだよ」


この葉っぱは噛むとスッとするよ、とか、この葉っぱは触るといい匂いがするんだよね等説明を受けていると、さっき部屋から出る時に使ったドアが開く。

顔を出したのはロバートだった。


「なんだ、ここにいたの。ベッドにも部屋にも誰もいないから焦ったー」

「悪いねロバート。ハヤテが目を覚ましたからここの畑案内してたんだ。ほら、弟子には色々教えてあげないと」

『弟子!?』


俺とロバートの声がハモる。ロバートがこっちを見たので俺は無言で違う違うと手を振る。

てか弟子、冗談じゃなかったのか。


「ヘンリーせんせー、ハヤテ勝手に弟子にしないでよー」

「いやー、だって薬草に興味持ってくれたからさ。ここのみんな『回復薬ならまだしも葉っぱには興味ない』って言って全然話聞いてくれないんだもの」

「あー、ね……」


目を逸らすロバート。さては心当たりあるな?


「ヘンリー先生、薬草は気になるけど弟子はちょっと無理かなあ」

「えー、弟子にならない?一日中薬草潰して回復薬作ったりするの楽しいよ?」

「えっと、身体動かす方が好きなので……」


一日中座ってるのはキツいのでご遠慮願うと、残念そうに「そっかー……」と呟くヘンリー先生。ごめんなさい、たまにだったら手伝うからさ……


「薬草のことで気になることあったらいつでも聞きにきてね。いくらでも教えるから。それより夕飯呼びに来たんだろう?ご飯食べて今日はゆっくり休みなさい。魔力回復薬よりも効き目があるのは食事と睡眠だよ」

「あ、そうだ、夕飯呼びに来たんだった。ヘンリーせんせーは今日は家で食べる日だよね?」

「うん、そうだよ。だから僕はこのまま家に帰るね」


ヘンリー先生と裏庭で別れ、俺とロバートは一旦正面へ回り、玄関へ向かう。


「食事の時にライアン紹介しようと思ってたんだけどなんか隊長と、あとさっき詰所に行ったニコラスとハッサンとで出かけちゃったんだって。戻ってきたら紹介するね」


ガチャ、と玄関を開けてもらう。

と同時に隙間からいい匂いが漂ってきた。その匂いに反応したのかお腹がグーーー……と鳴る。

うわー、なんか急に腹が減ってきたー!!

ご飯、どんなんだろー!?




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