第8話 紅一点


「そういえば最初からハヤテ回復魔法に興味持ってたよね。じゃあお楽しみの回復魔法やってみようか。回復魔法これの回復量は込める魔力量によって変わるんだ。ただ個人個人持ってる魔力量は違うから治す時の最大値は使用者の魔力の最大値に左右される。例えばハヤテと会った時、俺がかけたやつはハヤテが森から出るくらいまでの怪我と体力を治したけど魔力量の多いライアンがかけたとしたら怪我全快した上で、ハヤテは森を出ても倒れることなく全力でここまで走ってこれるくらい回復するかな」

「え、それライアンさん最強じゃん!」


俺が驚くと、


「と、思うだろ?なのにあいつ回復魔法使えないんだよ。だから必ず誰かと一緒に行動するか、もしもの時は薬草とか薬頼みだな」

「あれめちゃくちゃ飲みにくいからアタシ苦手なのよね」


そう言って、マシュー先輩とジェシカが遠い目をしていた。

薬草と薬……薬ってよく聞くポーションとかかな?後でそれ実物見せてもらおうっと。

でもそれ持ち歩かなきゃなんないなら大変だ。なくなったら命に関わるってことだもんな。


「そんな感じで使えない人もいるけど、多分ハヤテは大丈夫だと思うからやってみよう!まず俺がその手の傷治すから見てて」


そう言い俺の手を取ると、傷が見えるよう手のひらを上に向けロバートが言葉を紡ぐ。


傷を癒やせヒーリング


ぬるま湯に浸かるような温かさが手のひらを包むと傷はみるみる消えていく。

おお……!手をグーパーして握ったり開いたりしてもチクチクしていた痛み共々傷は癒えていた。

無言の感動に打ち震えていると、ロバートが俺の肩を叩く。


「って感じかな。はい、次ハヤテの番。さっき他にどっか怪我したとこある?」


怪我……あ、そうだ。尻もちついた時結構痛かったんだよな。あれ多分痣になってるからそのままにしとくと恥ずかしいかも……


「打撲とかにも効く?」


思い出した尻の痛さのせいか少し貧血のようにふらふらしてきた。


「効くよー。何?どっか打ったの?」

「うん、落ちた時結構強めにケツから落ちてさー。これ治してみる!傷を癒やせヒーリング


俺が唱えた回復魔法は柔らかい光を放ち、尻の痣のあたりを温かく包む。

と同時に俺の意識はブラックアウトした。


──たん、たん、たん……


安定感のある心地よい振動が背中を伝う。

そっと目を開けると、ぼやけた視界の中で心配げに覗き込むロバートと目が合う。そして安堵の表情を浮かべそのまま歩き出した。


「あ、ハヤテ起きた?よかった、急に倒れるからビックリしたよー……多分魔力切れ起こしたんだね」


あれ?景色が動いてる……?

次第にはっきりしてきた意識の中でとんでもない状況になっていることに気づいてしまった。

そう……俺は今いわゆるお姫様抱っこをされている……っ!

視界の端に、肩を震わせてこちらを見ようとしないマシュー先輩が映る。あれ、絶対笑ってるな……!?


ロバートとマシュー先輩の間を歩くジェシカ。そのジェシカに俺はお姫様抱っこで運ばれていた。

恥ずかしさから、思わず手で顔面を覆うと怖がってると思われたのか、ニッコリ微笑まれた。


「あ、落としたりしないから安心して運ばれてていいわよ」


姐さん……っ!!

確かにめちゃくちゃ安定感あるけども!

ジェシカ姐さんの腕の中で悶えていると目的の場所に着いたらしい。

ドアを開け中を覗き込むとロバートが奥へと声をかける。


「ヘンリーせんせー、いるー?」


その声に応えるように、奥から返答があった。


「あら、ロバートじゃない。ヘンリーなら今ちょっと森の方行ってるわよ。なんかあった?」

「ソフィアさん、せんせーいないの?魔力回復薬もらいたかったんだけど」

「魔力回復薬?珍しい、ロバートが魔力切れ起こすなんて」


肩までの髪にメガネ美人の白衣の女の人が奥の部屋から顔を出す。


「いや俺じゃなくてこっち」

「ど、どうも……」


姐さんの腕の中から気まずげに片手をあげる。この初めましては恥ずかしすぎる!

そろそろ降ろしてもらえないかと見上げてみるも、ニッコリと笑顔で拒否をされた。


「今日から入ったハヤテ。魔力量の限界を確認しててさっき倒れちゃったんだ。とりあえずベッド貸してもらって、魔力回復薬飲ませてあげたいんだけど」

「あ、そーゆーことね。初めましてハヤテくん、私はソフィア。ここの回復医よ」


回復医?


「回復を専門にしてる人だよ。さっき言ったライアンみたいに回復魔法使えない人もいるからさ」

「ああ、なるほど」


てか声に出さなくても色々答えてくれるようになったな、ロバート……

そんなに顔に出てるのかな、俺。


なんとなく頬をむにむにして顔のマッサージをしておく。そしてジェシカがそっとベッドに降ろしてくれたのでそのまま腰掛けた。やっとお姫様抱っこから解放された!

ほっ、と胸を撫で下ろしているとソフィアさんが棚から瓶を取り出して「はい、これ。魔力回復薬」と俺に渡した。

十センチほどの瓶の中には真っ青な液体が入っている。なんかブルーハワイのかき氷のシロップみたい……

え、これ飲むの!?


「飲めば早めに魔力回復するから。初めてだと辛いでしょ、魔力酔い」


魔力酔い……そう言えばさっきからちょっと目眩してたんだけどこれが魔力酔いかな?

これが治るなら少し勇気を出してみようか。男は度胸!


ぐい、と一気に青い液体を口に流し込む。

うえー、これ、まんまブルーハワイのシロップの味だあ。氷にかけたら美味しそう!けどシロップだけで飲むもんじゃない!!


甘いだけの薬に顔を歪めているとジェシカが「ぷっ」と吹き出した。


「薬って甘すぎるわよねー。薬草は苦いだけだしアタシできればどっちも飲みたくないわ」


大袈裟に肩をすくめるジェシカに俺は激しく同意する。甘いのも苦いのも遠慮したい。

魔力不足で倒れて、また魔力回復薬のお世話にならないよう早く自分の限界値を確認しなくちゃな。


「薬飲んだら少し横になってるといいよ。多分魔力回復薬慣れないとすごい眠気来るから。夕飯になったら俺また呼びにくるからさ。その間にハヤテの部屋、片付けておくね」

「え、ハヤテ、ロバートのところに住むの?」


さっきから人の顔を見るたび笑いを堪えているマシュー先輩が、一瞬笑うのを忘れて驚く。そして「ずるいー」と言い出した。


「オレもハヤテと一緒に住みたい!オレの家に来いよー、なんか色々面白いことやらかしそうだからずっと見ていたい!」

「ちょっと!だったらアタシの家がいいわ!気づくと新しいこと生み出しそうだから楽しそうだもの」


いやいや、マシュー先輩の家はまだしも姐さんの家はダメでしょ……

みんなのやりとりを見ていたソフィアさんがイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「なら私の家に来る?」

「ちょっと、ソフィアさんも参戦しないで……ハヤテは俺のとこくるの。てかヘンリーせんせーが大変なことになるからヤメテ……」


何故か俺の争奪戦が始まる。モテ期到来!?なんか嬉しくないけど……


「そうよー、ヘンリーってば男はみんなソフィアのこと狙ってると思ってるんだから。溺愛もそこまでいくと迷惑よね」

「普段は穏やかなのにソフィア関わると人が変わるもんな。いくら緑珠守護団ウチの紅一点って言ってもみんな人妻には手を出さないってのー」

「そもそも男全員がソフィアにちょっかい出すと思ってるって失礼よね!アタシもいるのに」

「いや、それはない。まあ、ソフィアさん確かに美人だから心配する気持ちはわからないでもないけど、俺たちに対する信頼が足りないよね」

「みんなごめんなさいね、うちのヘンリーが私のこと好きすぎて……」

「ソフィア……惚気ぶっ込んでくるのやめてよ……」


わいわいと盛り上がっているとこアレなんだけどちょっと待って……?


「ジェシカって緑珠守護団ここの人じゃないの?」

「へ?」

「だって今、ソフィアさんが緑珠守護団ここの紅一点って……」


ぽかん、とこちらを見ていたみんなが一斉に噴き出す。

マシュー先輩はとうとう腹を抱えて笑い出した。


「おま……っ!そっか、そうだよな!わざわざ言ってないもんな!」

「俺たち見慣れすぎてもう気にしてなかったから言い忘れてたね」

「ほらー、アタシ美人ってことじゃない。ハヤテ、アタシは美人な、オニイサンよ」


薬の眠気がきたのか、ジェシカ兄さんの衝撃が強すぎたのか、俺の意識は再びブラックアウトした──


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