第3話坂道発進

横断橋の信号が点滅し始めた。いよいよ、信号は青になる。後部車両は観光バスだ。

坂道発進が失敗すれば、大きな問題となる。

中野は脇から、額から汗が吹き出た。

半クラッチでギアを繋ぎながら、アクセルをゆっくり踏み、サイドブレーキを解除すればいいのだ。

しかし、自身にそんな腕があるのか?と、中野は色んな思考が浮かびあがる。


プップッー!


後部の観光バスが軽くクラクションを鳴らす。

助手席の前田が、

「中野君、信号変わったよ!」

ハッ!と、我に返る中野。中野は慌てて、

「う、うん。ごめん」

なんまんだぶ~と、サイドブレーキを解除した。ハイエースはちょっとバックしたが前進した。

中野は、否、ハイエースの同乗者は九死に一生を得た。

ホッと、胸を撫で下ろし中野は運転を続けた。

観光バスの通れない、山道に入った。下り坂だ。

ブレーキを踏みつつ、坂を下る。

遠くに見える信号が赤になっていた。中野はブレーキを踏んだ。だが、ブレーキは効かない。

どういう事だ!

「ま、前田君、ブレーキが効かない!」

と、叫ぶ。

「えっ!信号赤だよ!落ち着いて。エンジンブレーキ効かせて、サイドブレーキで緊急停車すればいいから。後部に車いないから、落ち着いて!」


中野はギアを落としながら、信号機手前でサイドブレーキで停車した。

後部座席の連中が騒ぎだす。

「ど、どうしよう。ハイエース、故障したのかな~?前田君」

前田は至って冷静に、

「フェーブ現象だよ!」

「あっ、そっか。ブレーキのかけすぎで、油圧が沸騰したんだ」

フェーブ現象は自動車学校の学科の最初に出てくる。

1時間程、停車した。

再び、走り出すとブレーキが再び効くようになったが、出来るだけブレーキを踏まない運転を中野は心掛けた。

朝9時に会社を出発して、6時間が過ぎようとしていた。途中、ガソリンスタンドに寄り、軽く点検もしてもらった。

その間、同乗者は酒を飲み、中野と前田は缶コーヒーを飲んだ。

そこから、前田が運転することになった。

ホテルに着いたのは、夕方4時であった。

出発して、7時間もかかっていた。

先発隊は、既に露天風呂を堪能していた。

このハイエース一行は、急いで露天風呂に浸かり、夜の宴の為に早めの着替えをし、大広間に向かう。

前田が言った。

「中野君。君はこれから、すすんで運転した方がいいよ!MT車を」

「うん。君が教官になってくれたまえ」

「教習代はビールでいいよ」

「じゃ、帰りも僕が運転するね」

「えっ、いいの?明日は、夜、酒飲むの諦めていたけど。よし、決まりだ。その代わり、帰り運転してくれたお礼にご馳走するよ」

中野は破顔した。



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ドライバー2 羽弦トリス @September-0919

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