第2話しどろもどろ

会社の駐車場を出たハイエースは名古屋環状高速に乗ってから岐阜方面を目指す。

まだ、環状線に乗る前に下の道を走ってると、

「中野君が車運転してるの、久しぶりだね?いつも、若い頃は中野君か俺しか運転手いなくてさ。このハイエースも古いよね。皆、AT車ばっかり使うからさぁ~」

中野は話どころじゃなかった。

「信号よしっ!横断歩道、歩行者あり。一時停止。確認、左折します。巻き込みよしっ!」

「な、中野君」

「……」

「ねぇ~」

「信号停車」

「ねぇ~」

「な、何?」

「中野君。ペーパードライバーじゃ無いんだから」

「ぼ、僕は9人の命を背負っているんだ。あっ、高速乗るとき、ETCカードどこに挿すの?」

「中野君。もう、ETCカードはセットしてあるよ!」

「り、了解!」

中野は、汗だくになっていた。冷房をつけようとしたら、ワイパーを動かした。前田が冷房を入れた。しばらくすると、涼しくなった。

「何で、このハイエース、カーナビ付いて無いんだ?」

と、中野がぼやくと、

「この車、もう、用無しで旅行が終わったら引退さ。だから、道を知ってる俺が運転手だったのさ」

「運転、交代しない?」

「……いや、辞めとく。事故ったら俺は逮捕される」

「ぼ、僕の方が事故りそうだよ。しかも、この車のハンドル重い」

「だろうね」


中野が運転するハイエースは環状高速道路に乗った。

こっからは、渋滞してない限りブレーキを踏む事はない。

ずっと、走行車線を走っていた。

すると、後部座席の久野さんが、

「中野!そんなバス、追い越しちまえっ!」

と、叫ぶ。

周りも、

「そうだ!そうだ!このクソ観光バスが!」

中野は追い越し車線に車線変更した。バスを追い越すとすぐに走行車線を走った。

「オイオイ、追い越し車線走れよ!」

と、ウイスキーを飲んだ久野さんが中野に絡む。

「久野さん。ずっと追い越し車線走ると、走行車線違反で覆面パトカーに捕まるんですよ!」

「ウソだ!」

「まぁまぁ、皆、秋の山々を眺めながら、ドライブしましょうよ」

と、前田が久野さんと、後ろの能天気な若者をなだめた。

「前田君、サンキュ」

「まぁ、ゆっくり走りなよ」

「うん」

ハイエースは岐阜方面に走っている。岐阜に入ると山ばかりだ。赤や黄色の紅葉を周りは楽しんでいた。

中野は、運転に集中している。周りを見る余裕はなく、また、運転手は運転だけに集中しなくてはいけない。高山に着くと、高速を下りて山道を走った。

奥に進むごとに、道は細くなり、昇り坂が多くなった。

そこで、信号が赤に変わりハイエースは停車した。

中野は後続に観光バスを確認した。変な汗が吹き出した。

そう、坂道発進をしなくてはいけない。

停車時、サイドブレーキを上げた。

「中野君は、坂道発進の時サイドブレーキかける派なんだね。半クラッチで待たないんだ」

中野はそんな、上級者ではない。ただの、ペーパードライバーなのだ。自動車学校でも、1回しか坂道発進は成功していない。失敗すれば、観光バスと事故だ!こっちの過失は10ー0だ。

横断歩道の青信号がパカパカし始めた。信号が青に変わるのは間も無くだ。

中野は小さく震えていた。

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