鬼のシャーリー女史

「こことここ、完全に様式が違います。マークスさん、前回もお伝えしたかと思いますが、報告書はミスがないようにしてください。これでは記録とならず書庫に保管できません。」


イザベラは、できるだけ感情を込めずに淡々と述べた。目の前のマークスの顔が歪む。

「シャーリーさん、気にすることないよ。あなたは職務を真っ当にやっているのだし」


 「今度はワシらが対応するでな」


 書庫の上司――おじいちゃん達が、わらわらと寄ってくる。優しいみんなの手を煩わせたくないし、彼らは彼らで、長年の経験を生かして、蔵書の整理や編纂も行っている。私がしっかりしなくちゃ……。


 「少し、お昼の休憩に行ってきますね」


 一度心落ち着かせなきゃ。いつも、こういう対応は慣れない。


 回廊の角を曲がろうとしたその時、


 「わ、経理部のマークスさんが激怒してる、何があったんだ」


 「あー、あれじゃね、鬼のシャーリー女史に当たったんじゃない?はは」


 「鬼のシャーリー?」


 3人目の声を聞いた時、私は顔から血の気が引いた気がした。

 ベンだ…。


 「え、ベン知らないの?書庫の鬼、シャーリー女史!どんなに時間かけた書類も冷たく突っ返す、まさに鬼!」


 「いや、知らなかった。怖いな」

 

 怖い……ベンにとって私は怖いのか。せっかく仲良くなれたと思っていたのに。


 近づいてくる声に恐れをなして、私は、回廊の横に広がる芝生の庭園に飛び出した。


 「あ、鬼のシャーリー女史!!」

 

「え、あれが……ってイザベラさん!?」


何か声が聞こえるような気がするが、私は気にせず、無我夢中で走り出した。タイミング悪く雨も降り出したが、とにかくここから離れたくて、自分でもわからないまま、どんどん走っていく。

 


 辿り着いたのは、あの東屋だった。


 

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