ハンカチ

 「そうだ。結構乾いてきました。本当にタオルありがとうございます」


 「いえいえ、お気になさらず」

 

 「あ、そしたら自分、これを洗って返しま」「大丈夫、もらうわ」


 最後まで言わせず、タオルを受け取った。書庫の鬼と恐れられているシャーリー女史に、後日タオルを返すなんてことになったら、彼がかわいそうだ。それに、久しぶりに自分を知らない人と普通に会話ができて、嬉しかったのもある。「シャーリー女史」だと知られたくない。


 「では、ご機嫌よう」


 そして、くるっと振り返りながら、東屋を後にする。雨はもう止んで、暖かな日差しで外は明かるい。


 「あ、ありがとうございます」


 「あ、あと髪の毛、お気をつけて」

 

 そういって髪を指さすと、頭に手をやった彼がはっとしたような顔をし、赤面した。


「内緒にしておきますよ」


 「重ねがさね、お見苦しいところを……」


 「いえいえ、お仕事頑張ってくだいさいね」


 そして今度こそ、イザベラは足を踏み出した。キラキラ光る芝生の水滴を踏みしめながら歩き出す。久しぶりの会話に未練を抱えないように、爽やかな気持ちで。

 

 イザベラは振り返らなかった。だからこそ気づかなかったのだ。

 赤面しながらイザベラを見送っていた彼がハッと何かに気づいたような顔をしたことに。

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