第16話 魔素注入実験
研究員 リチャーズの手記より
星光歴1319年 8月4日
明日の実験用に子供が連れてこられた、何でも魔族の子供とかで頑丈な檻に閉じ込められていた。
俺はその子に食事を持っていくよう命じられて、パンと豆のスープを持って研究所の地下へ降りていった「まさか俺が食われたりしないよな……」
子供に食事を渡すと美味しそうに食べていた、相当腹が減っていたのだろう皿まで食べそうな勢いだった、こんな粗末な飯をここまで美味そうに食べるなんて、今までろくな物を食べさせて貰えなかったに違いない。
「これも食うか?」不憫に思った俺は酒の肴にしようと隠し持っていた干し肉を差し出した。
「いいの?」と恐る恐る聞いてきたので、黙って頷くと「ありがとう、おじちゃん」と干し肉を受け取り、目をキラキラ輝かせながら頬張っていた。
「怖くないか?」何故そんな事を聞いたのか俺にも分からなかったが、子供は「怖いけど、終わったらお母さんに会えるから」とニカッと笑ってみせた。
同僚から言葉を交わすと呪われるなんて
8月5日
あの子は薬で眠らされてから、魔素発生装置なる怪しい機械が取り付けられたカプセルに入れられた。装置は所長がアルキノとかいう旅商人から仕入れたそうだ。
実験内容は単純で、カプセル内を魔素で充満させて子供の変化をモニターするだけだ。普通の人間が魔素を吸えば魔素中毒症になり死に至るが、魔族の場合どう反応するか知りたいと思うのは研究者の性だろうか。
「これより実験体621422号の魔素吸収実験を行なう、魔素発生装置起動」
「魔素発生装置を起動します、出力50%……70%……90%」
出力が上がるにつれ勢いを増しながら黒い靄がカプセルに送られてくる、長年研究者をやってるがあんなに濃い魔素を見るのは初めてだった。
装置の出力が100%になるとカプセル内は真っ黒に染められて子供の姿を視認出来なくなった、計器は一度だけ針を揺らしたがそれ以降は何の変化も見られなかった、そのまま十数分が経過し内圧にカプセルが耐えられなくなった所で実験は終了した。
魔族は子供であっても魔素の影響は受けない……下らない結果だったが、あの子が無事で少しホッとしたのには自分でも驚いた。
8月6日
実験から丸一日が経った、カプセルは子供が入ったままの状態で放置されている。というのも「浄化のアーツを使っては中の子供にまで影響を及ぼすかもしれん、正確な実験結果を出すために魔素濃度が自然に低下するのを待つ」そう所長が指示を出し今に至った。
「そろそろ良い頃じゃろう、実験室に行くぞ」所長の号令で地下へ降りていった。カプセル内の魔素は薄くなり中の状態はハッキリと見える様になっていた……なっていたからこそ自分の目を疑った、少年が消えていたのだ。
不思議なことに計器は子供を繋いだ時と同じ数値を表している、カプセルが開けられた痕跡も無い、たとえカプセルを開けて出たとしても、実験室には三重の結界が張られていて解除しない限り部屋から外に出ることは疎か中に入ることさえ出来ない。
「なんたる事じゃ、まさかこんな結果が出るとは、お前カプセルを開けて中を確認しろ、お前はデータを取り漏らすんじゃないぞ」所長がテキパキと指示を出していく、下らない結果に終わったと思っていた研究員達も色めき立っていた。
遠隔操作でカプセルが開けられ中に残っていた魔素が漏れ出てきた、俺は実験室の魔素濃度が安全基準であることを確認してから結界装置を止め中に入った。
カプセルの中を覗き込むと何かが凄い勢いで俺の横を通り過ぎて行った「何だ?」後ろを振り向くと朱に染まった化け物が一緒に実験室に入った同僚を喰っていた。
「まったく酷いヨネ、一日中こんなところに閉じ込めてご飯も食べさせてくれないんダカラ、お腹が空いて仕方なかったヨ」
その化け物は高濃度の魔素を吸って究極進化したあの少年だった。不可視化の能力を持ったそれは返り血を浴びた事で輪郭が浮かびやっとそこに居る事を視認出来た。
「他の人は皆んな食べちゃうケド、干し肉をくれたおじちゃんだけは殺さないから安心してイイヨ」
奴は宣言通り俺を放置してモニター室に行こうとしたが結界に阻まれた、咄嗟に結界装置を再起動した研究員が「お前はそこから出さねーよ馬鹿が!」と中指を立てていた。ここにいた魔族がコイツだけだったらモニター室に居た研究員達は死なずに済んだのかもしれない。
「食事の邪魔をしてはいけないんだねぇ」
所長が……いや、所長の皮を被っていた化け物が結界装置を破壊した。ここから先の地獄のような光景は二度と思い出したくない。
8月10日
俺は裁判にかけられた、罪状は「所長及び研究員全員を生け贄にして悪魔を呼び出した」というものだ、魔族の子供の事も、魔素発生装置の事も「そんなものは存在しない、記録にもない」と俺の証言は何一つ信じて貰えず、俺の死刑が確定した。
8月30日
明日、俺の刑が執行される。今思えば軍のトップは俺一人に罪を負わせ、自ら強力な魔族を生み出したという失態を闇に葬りたかったのかも知れない。
俺は眼前に迫った死に抗うつもりは無い、只あの装置が二度と使われ無い事を切に願う。
――――――――――――――――――――
星光歴1500年 8月6日 第一実験室
研究所の所長サイモンと第一皇子アルフォード・ヴ・リシャールが話をしている。
「ご覧ください皇子様、こちらが改良型魔素発生装置を使用して作り上げた『超高濃縮魔素』のアンプル剤で御座います」
「うむ、早速実験を開始しろ」
「あの、アンプルの説明などをさせて頂きたいのですが…」
「その必要は無い。余は忙しいのだ、早くその娘に注射しろ」
(チッ、若造が偉そうにしよって)「これより実験体722545号の魔素注入実験を行なう、注入開始」
「注入を開始します。10ml……20ml」
魔素が注入されミコトが苦悶の表情を浮かべる
「30ml……40ml」
「ガァァァ!!」
ドス黒い靄を出しながらミコトの体は魔族化していく。
「50ml……これ以上は危険です!」
ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ
「くそっ! 遅かったか」
僕等が実験室に辿り着いた時にはミコトの姿は以前よりも
禍々しい物へと変貌していた。
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