第7話 ミ乃参号

 娼館の地下へ降りて行くと、鉄格子の扉が付いた石造りの牢屋が幾つかあった。


 中を覗くと、エルフの子供が二人、猫人キャットヒュームの子供が一人、別々の牢屋に入れられている。


 この子達を憲兵隊に見つけさせる事ができれば、店の者は逮捕され人身売買の証拠も出てくる筈だ。


 ※この世界に奴隷制度は無い、人身売買は犯罪です。しかし地方の領主や金持ちが、闇ルートで人を買い、奴隷として死ぬまで働かせたり、自分の慰み者にする事が有る為、人身売買をする組織は後を絶たない。


「すぐに助けを呼ぶから」


 一階への階段を上がりロビーに向かったが、隠し扉は閉められていた。


「しまった、扉がしまってる」


 僕は、幽霊のくせに物を通り抜ける事が出来ない、少しでも隙間が有れば、すり抜けることは出来るけど、この隠し扉は、かなり精密に作られていて隙間がない。


「交代の見張りがまだ降りて来て無いのに、何故閉めたんだ」

 

 このままだと、ルミリアが来てしまう、叔母の説得を受け入れて娼婦になるのを諦めたとしても、断りにここまで来るのは想像に難くない。


「クソっ、時間が無いのに」


 他の出入り口がないか、地下に戻って探していると「お兄ちゃん、どうしたの?」と猫人の子供が言っている……エルフは二人共女の子だと思っていたが、男の娘だったようだ…。


「なにか探しているの?」


 エルフは何も答えない、衰弱して喋れなくなっているのか……可哀想だが、今の僕には何もしてあげられない。


「早く助けを呼んでこなければ」


「たすけてくれるの?」


「……え!?」


 金色の瞳が、真っ直ぐ僕を見ていた、猫人の子供は、僕に話し掛けていたんだ。


「僕が、見えるの?」


「うん、みえるよ……?」


 何故そんな事を聞かれるのか、分からない様子だ。


 鑑定 

 ミ乃参号

 Lvレベル:3

 猫人キャットヒューム 幽世の魔眼

 娼婦の子供。 生まれてからずっと地下牢で暮らしている。 ユウちゃんは大事な友達。


「幽世の魔眼? これの力で僕が見えているのか……でも何で声が聞こえるんだ?」


「どうしたの……?」


 いや、そんな事どうでもいい。


「上とは別の出入り口を知らないか? 急いで外に出ないといけないんだ」

 

「しってるよ、ここ」


 ミ乃参号が、ベッドの横を指差す。


 中に入って指差した場所を見ると、子供が通れる位の小さな穴が空いてる。 


「ついて来て」と、ミ乃参号はその穴の中に入って行った。


 穴を抜けると、古い地下道に出た、暗かったが牢屋の光と、奥の方から差し込んでる光で、なんとか見える。


「こっちだよ」 ミ乃参号は奥の光に向かって走っていった。


 後を追って光の先に行くと、そこは廃墟になった教会だった。 教会に繋がる地下道…昔の王族の避難路だったのか?


「ここでユウちゃん見つけたの」

 

 ボロボロになった勇者人形を、嬉しそうに見せつけてくる、明るい所で見て初めて気づいたが、ミ乃参号もボロボロだった、手入れされてない黒髪はバサバサ、頬は痩けて、身体にはアザがある。 この子は先に憲兵に保護してもらおう。


「君も一緒に来るんだ」


「エルとケイは? 一緒じゃないの?」

 

 地下牢にいたエルフ達か……。


「あの二人は、一緒に連れていけないんだ、後で必ず助けに行くから、今は君だけが来るんだ」


「うん、わかった」


 ミ乃参号はコクンと、大きく頷いた。


 教会を出て現在地を確認する、どうやらここは、娼館通りの一本隣の通りにある場所のようだ、向こうに表通りが見える。 

 

「よし、行こう」

 

 ミ乃参号が娼館の奴らに見つかったら大変だ、あたりを見渡しながら慎重に進んで行く。 そんな僕の後ろから、楽しそうにペチペチと足音をたてながら、ミ乃参号が付いてくる、石畳を踏む音がお気に召したようだ。 見てるとほっこりする。


 こんな時に変な話だが、この娘といると心が安らぐ、この世界で初めて、を見てと話をしてくれた人、だからだろうか? それにこの娘の声、以前どこかで聞いたことがあるような……そんな事を考えてるうちに、表通りにたどり着いた。


 表通りは、馬車が行き交い、多くの人々で賑わっていた。


此処までくれば一安心、あとは宮殿に向かって行くと、目的の憲兵隊本部が有る。


「あと少しだから」


 後ろを振り向こうとした時だった、太い腕が視界を横切り、ミ乃参号を張り飛ばした。


「こんな所で何やってやがる! どうやってここまで来た? あぁん? こら!」


 娼館のロビーで酒を飲んでたピカールだった。 張り飛ばしたミ乃参号を掴み上げ、子供相手にアクセル全開でイキってやがる。 


 油断してた、人目に付く所でこんな事をしてくるとは夢にも思わなかった……でもここはスラムへの入り口、こんな光景珍しく無いんだろう、通行人は見て見ぬふりで足早に通り過ぎていく。


「クソっ! 離せこのハゲ、離しやがれ!」


 ハゲの顔を思いっ切り殴ったが何も感じてないみたいだ、サングラスをかけてるから小石で目を潰す事もできない、通行人に憑依するのは…止めた方が良い、ソイツの命に関わる事態になりかねない。


 クソっ!クソっ!クソっ! 僕が何も出来ないことを、改めて痛感させられる。


 襟首を掴まれ連れて行かれるのを、黙って見ているしかなかった……いまは見送るしか無い、憲兵隊を娼館に連れていく方が良い、それであの娘を助けられる……。


「こんな汚い人形、後生大事に抱き締めやがって、鬱陶しい!」

 

 ピカールが、ユウちゃんを奪い取り地面に叩きつけた。 何をそんなにイラついてるのか知らないが、もう大人しく連れて行ってくれ、これ以上、ミ乃参号に何もしないでくれ……。


「かえして、お願いします、わたしのともだちなの、ユウちゃんがいないと一人ぼっちになっちゃう、だからおねがい…ユウちゃんを助けて」


「!!」


 金色の瞳は僕を見ていた、涙を溜めながら真っ直ぐに。


「クソッタレがあぁぁぁぁぁ!!」

 

 ここから先は、よく覚えていない、ただ無我夢中だった。


 何故か目の前に落ちてた、親指くらいの大きさの尖った石、『念動』で動かすのは無理なサイズのその石を、ピカールのふくらはぎに突き立てていた。


「ギャァァス」 ピカールがキモい叫び声

をあげた。

 

 汚い手から解放されたミ乃参号は、慌ててユウちゃんの所に行き優しく拾い上げてニッコリと笑った。


 今のうちにミ乃参号を連れて逃げようとしたが「こんな所で、何やってんだバカヤロー」とアゴラがやってきて、あの娘は連れて行かれてしまった。


 あの言葉……この世界に来る直前にヘッドセットから聞こえてきた声! とにかくあの娘達を助けなきゃ。 早く憲兵隊本部に行くんだ、いざという時の為に、ピカールに突き刺した石をアイテムボックスに入れようと思ったが、ばっちいピカールの血が付いてるから捨ててしまった……。




 ……というのは冗談で、石と思っていたそれは、ユウちゃんが持っていた、布で作られた剣だった。 何故こんなフニャフニャな物が、人に突き刺さるほど固く尖っていたのか謎だったので、一応アイテムボックスに入れた……ばっちいけど。



 


 

 

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